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氷室冴子は四十五歳で、警視庁副総監にまで登りつめた。警視庁副総監は警視庁の長である警視総監を助ける、警視庁ナンバー2の役職である。
彼女は東京大学を主席で卒業した。それから警察組織に入り、馬車馬のように働いた。
彼女は出世をするために手段を選ばなかった。権力者に媚びへつらい、自らの美しい肉体を躊躇なく差し出した。出世のため、たくさんの男たちとベッドを共にした。
彼女は美しく優秀なだけの女性ではなかった。男社会の現実というものを、誰よりもよく理解していた。
そしてこの男社会である警察組織で、トップに近いところまで登りつめた。
簡単に体を許してくれる美しい彼女は、権力を持つ男性たちからひどく可愛がられた。
彼女は常に感じの良い笑顔を浮かべている、誰よりも愛嬌のある女性であった。しかし彼女の本当の素顔には、男たちは誰一人気づいてはいなかった。
冴子がまだ十歳のときである。
早朝に日課のウォーキングに出かけた母親が、帰ってこなかった。そして夜になってから、父親が警察に捜索願いを出した。
そして翌日、母親は死体で発見された。母親はさんざん強姦された末に殺害され、山林に遺棄されていた。
犯人は三十二歳の男性。
犯行時には大量の薬物を服用していたとのことだった。そして一時的な精神的な不安定による犯行であると判断され、犯人は執行猶予つきの懲役七年の判決を受けた。
犯人は刑務所には行かず、少しの間だけ精神病院で過ごして、すぐに釈放される。そういう内容の判決であった。
犯人は有力な政治家の息子であった。そしてその政治家は息子の刑を軽くするため、色々と根回しを行っていたようであった。
幼い冴子は父親に連れられ法廷に行き、犯人の顔を見た。犯人は冴子を見て、ニヤリと笑った。その表情からは、反省の色はまったくうかがえなかった。
犯人の味方をする弁護士は、極めて優秀な人間なように思えた。それに比べ検察官の方はいかにも無能に見え、裁判官も酷く不誠実な人間なように思えた。
大人たちのやり取りを見ていた幼い彼女は、何かとんでもない不正が行われていると感じていた。
父親は犯人の弁護士から多額の慰謝料を受け取った。そして裁判の結果には到底納得できなかったにも関わらず、父親は上訴を取りやめた。
(権力者は何をしても許される……)
一連の出来事を見た幼い冴子は、そう思った。
大好きな母親が性犯罪者に殺された。しかし犯人は刑務所に送られることもなく、のうのうと生きている。
冴子はこの汚い世界と、卑劣な性犯罪者を憎んだ。
(こんな世界では生きていたくない……)
彼女はそう思った。
そしてこんな世界を変えたいと思った。この汚い世界を変えないことには、どうしても我慢ができなかった。
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