第33話 頼みごと・2

「それなら早くナロイカ村に助けに行かないと!」


 秋斗が声を荒げ、立ち上がろうとする。しかし村長がそれを止めた。


「まあ、待ちなさい。まだ話は残っておる」


 村長のさとすような言葉に、秋斗が黙って椅子に座り直す。

 それを確認したリリアは、また話し出した。


「とりあえずタフリ側としては、またナロイカ側から魔物が出て来られたら困るから、バルエルの塔の一部を岩で塞いだの」

「そのおかげか、こちら側で魔物の目撃情報は聞かなくなったんじゃ。だがそれは一時しのぎにしかならんしなぁ」


 村長が心底困った様子で息を吐くと、リリアがさらに続ける。


「そんなものは遅かれ早かれ魔物に壊されるだろうし、塞いだことで行商人はほぼ確実に来られなくなったのよ」

「なら、ずっとこのままだとタフリ村も困るんじゃないのか?」


 秋斗の言葉に、リリアは素直に頷いた。そして今度は千紘たちに向けて指を突きつける。


「そこであんたたちの出番ってことよ」

「まさか、魔物退治でもしてこいって言うんじゃないだろうな?」


 千紘がいぶかしげな視線をリリアに投げるが、リリアはそれを気にすることなく、またも大きく頷いた。


「その通りよ。塔に住み着いたかもしれない魔物を退治して、ナロイカ村まで行ってきて欲しいの」

「あちらの状況の確認と、塩の買い付けをしてきて欲しいんじゃ。とりあえず塩だけで構わん。海産物より塩を最優先で頼みたいんじゃ」

「何で自分たちの世界の話に異世界の人間を巻き込もうとするんだよ。そんなの自分たちでどうにかするもんだろ」


 呆れた口調で言いながら、千紘はリリアと村長を交互に見やる。


 千紘としても助けてやりたいのは山々だが、魔物が絡むとなると話は変わってくる。

 ただ塩を買いに行くだけなら引き受けても問題ないだろうが、さすがに魔物退治は無理があるのではないか、と考えたのだ。


 突き放そうとする千紘の言葉に、リリアが神妙な顔でうつむく。ややあってから静かに口を開いた。


「……それはそうなんだけど、この辺りの人間は冒険者ですらない一般人なのよ。戦うことに慣れていないから無理なの。塔の階段を塞ぐので精一杯だったのよ」

「まあ、この大陸で魔物に遭遇することなんてほぼ皆無に等しいからのう」

 

 村長も同じようにうつむく。


「だからって俺たちをわざわざ召喚して頼むことじゃないだろ。俺たちだって一般人だぞ」


 千紘は不満そうな表情で腕を組むと、大げさに溜息をついてみせた。


「でも、あんたたちは前回あれだけの怪我をしながらでもちゃんとターパイトを採って帰ってきたじゃない」

「まあ、あれはなぁ」


 すごい大変だったけど、と秋斗が苦笑する。当時のことを思い返しているようだ。


 当然、いい思い出などではない。

 実際に死にかけたのだ。千紘はもう振り返りたくもない、と思っている。


「だから、私たちよりずっと戦えると思ったのよ。この大陸には魔物がいないせいもあって戦える冒険者なんてほとんどいないし、もしいても依頼料が高すぎてこの村じゃ頼めないの。チヒロとアキトなら適任だと思って」

「つまり、俺たちならタダで使えると思ったのか?」


 途端に低くなった千紘の声に、リリアと村長はびくりと肩を震わせた。どうやら図星らしい。


 実際に冒険者を雇うとどれくらいのお金がかかるのかはわからないが、自分たちを召喚して頼んだ方が早くて、金銭的にも安く済むのだろう。


(確かに常に魔物を相手にしてる冒険者だったら、魔物がいないっていうこの大陸にわざわざ来ることもないんだろうな)


 冒険者が少ないという話は何となく理解できなくもない。魔物がいない平和な大陸だと認識されているのならなおさらだ。

 きっと観光目的で大きな都市に来る程度のもので、小さな村になんて用事がなければ来ることはまずないだろう。


 そんなことは容易に想像がついた。と同時に、


(って、まさかそれで……)


 ここに来る途中で出会った村人たちの視線を思い出す。


 自分たちに向けていた期待に満ちたような視線。あれはきっと、魔物退治と塩の調達に対してのものだったのだ。


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