第32話 頼みごと・1

「魔物!?」


 思わず声を上げた千紘たちに向けて、リリアと村長は簡単に説明をしてくれた。

 要約するとこういうことだ。


 行商人が来なくなってから、時々タフリの村人が「今日こそは来るのではないか」と、バルエルの塔の入り口まで様子を見に行っていたのだという。

 もちろん行商人が来ていることはなかったが、ある日村人がその入り口から魔物らしいものが出てくるのを見たそうだ。


 それが一週間ほど前の話らしい。


 その村人は、魔物に見つかる前にすぐさま逃げ出したので無事だった。また、タフリ村は塔から少し距離があるからか、今のところ村で魔物の被害というものも出ていない。


「ちょっと待ってくれ。この大陸には魔物なんてほとんどいないんじゃなかったのか?」


 途中で話をさえぎった千紘が、納得のいかない表情を浮かべる。隣の秋斗も同じような状態だった。


 二人が疑問に思うのも無理はない。

 以前リリアから、「このルークス大陸には魔物はほぼいない」と聞いていたからだ。


 しかし、リリアは首を振って小さく嘆息した。


「まったくいないとは言ってないわ。ここ数百年の間に目撃情報がないから、いないと考えられてるの」

「じゃあ『いるとしても人間の立ち入れない場所』っていうのは? そんなことも言ってたよな?」


 千紘がさらに尋ねる。これもリリアが前に話していたことである。


「それは言ってみれば伝説みたいなものよ。人間が入れないってことは、もし魔物がいたとしても実際に見ることができないってことだから」

「なるほどなぁ」


 秋斗が納得したように膝を打つ。千紘も無言で頷いた。


 律はといえば、少しは今の状況に慣れてきているようだったが、これまでの話はほとんど黙って聞いているだけで、ほぼ蚊帳かやの外だ。


 リリアはさらに続けた。


「あと、この大陸には『ルークスの加護』と呼ばれる結界みたいなものがあるのよ」

「ルークスの加護?」

「そう。魔物から大陸を守るためのものなんだけど」

「あれ? そんなすごいものがあるのに、魔物がいる可能性もわずかにあるのか?」


 秋斗が首を捻る。


 確かに、ルークスの加護で大陸を守っているはずなのに、魔物が完全にいないと言い切れないのはなぜなのか。


 千紘も不思議に思いながら、リリアの言葉の続きを待った。


「さすがにルークスの加護も、大昔からこの大陸に存在しているドラゴンや強い力を持った魔物には効果がないらしいのよ。そこまで万能じゃないってことね。新しくこの大陸に入ってこようとする弱い魔物に対してのものみたいだし」

「ドラゴンなんているのか!? どんな感じの奴!?」


 途端に秋斗が興奮した様子で、テーブルに両手をついて身を乗り出す。しかし千紘は「いいから、少し静かにしろ」と、その肩を引いてまた座らせた。


 そして、渋々ではあるがおとなしく腰を下ろした秋斗を見届けてから、改めて口を開く。


「じゃあ弱い魔物はいないけど、ドラゴンや強い魔物はどこかにいるかもしれないってことか。それこそ伝説ってやつだな」

「そうね。そもそもドラゴンなんて誰も見たことがないからいるのかすら謎なんだけど、絶対にいないとも言い切れないのよね」

「へー、そうなのか」


 秋斗はきちんと座ったまま、熱心にリリアの話を聞いていた。

 先ほどドラゴンの名前が出た時は随分とテンションが上がっていたが、今は少し落ち着いたらしい。


 律も時々頷きながら、しっかり話を聞いているようである。

 もちろん、千紘も真面目に聞きながら、頭の中で情報を整理していた。


「で、タイミングの悪いことに、少し前からそのルークスの加護が弱まってるって噂があるのよ。だから、この村では『バルエルの塔から魔物が出てきたのもそのせいじゃないか』って話になってるの」

「それなら魔物が出るのも納得がいくってことか」

「そう。正確には『出る』じゃなくて、隣の大陸から海を渡ってきて『上陸している』可能性が高いってことなんだけど」

「海ってことは、まさかさっきのナロイカ村か?」


 顎に拳を当てた千紘が思わず唸るように言うと、リリアは静かに頷く。


「そうなのよ。ナロイカ村は隣の大陸に一番近い場所だから、もし魔物が本当に隣の大陸から来ているんだとしたら……」

「ナロイカ村に上陸してるかもしれないってことか」

「ええ。バルエルの塔に魔物が出るって話も、それなら説明がつくのよ。ナロイカ村に上陸した魔物がバルエルの塔まで来ているって考えられるもの」


 そう言って、リリアは疲れたように一つ息を吐いた。


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