第21話 再戦・2

「お二人で作戦会議ですか? そんなことをしても勝てないというのに」


 ラオムは余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった雰囲気で刀をぶら下げ、仁王立ちしている。


 今攻撃をすれば自分たちを殺せるのかもしれないというのにあえてそうしないのは、そんなせこいことをしなくても勝てるという自信があるからだろう。


「それはどうだろうな。さっきも言ったけどやってみないとわかんないぜ?」

「でしたらお好きなようにどうぞ」


 マスクの下でラオムが笑ったような気配がした。


 微塵みじんも態度を崩すことのないラオムに、千紘はやはりいけ好かない奴だと思ったが、今は逆にその余裕がありがたい。

 こうして待ってくれている間に、呼吸を整え、わずかではあるが体力を回復することもできたのだから。


「ふん、今に足をすくわれても知らないからな!」


 千紘が再度、地面を蹴る。勢いよくラオムへと向かいながら長剣を構えた。


 背後では秋斗が口元だけで何かブツブツ言っているようだったが、内容までは聞こえないので、とにかく言われた通り、時間稼ぎに集中することにした。


 まずは千紘が上から振りかぶる。予想通り止められるが、攻撃を命中させなくてもいいのであれば問題ない。

 ラオムに弾き返され、反動で少しばかり体勢が崩れたところを横から狙われた。千紘はすんでのところで後ろに退いてそれをかわすと、すぐさま反撃に転じる。


 今も秋斗は戦況を見ながら、何かを仕掛けるタイミングを探っているのだろう。弱点を見つけたか、それとも別のことなのか、そこまではわからない。だが、次に秋斗が自分を呼んだ時がそのタイミングなのだろうと、千紘は漠然と感じていた。


 そこにあるのは秋斗への信頼だった。


 これまでずっとめんどくさくて苦手な奴だと思っていた。その結果酷いことを言って傷つけたのに、それでも自分のことを『仲間』だと言って助けに来てくれた秋斗。


 今、自分が生きて、すぐそばで共に戦えるのがどれだけ嬉しいことなのか。千紘はようやくわかった気がした。秋斗に言うと大きな声で笑われそうだし、言うつもりもさらさらないが、心の中で感謝だけはしておきたかった。


「くっ!」


 何度もラオムと剣を交えながら、千紘が奥歯を噛み締める。やはりほぼ互角だと思った。どれだけの時間が経ったのか、まったくわからない。ただ秋斗から託された願いのままに、長剣を振るう。


「そろそろ諦めてはいかがですか?」


 容易たやすく千紘の攻撃を避けてみせたラオムが、また嘲笑あざわらうように言った。まだまだ元気そうだ。やはり疲労という概念は存在していないようだった。


「そう簡単に、諦めるわけにはいかないんでね……っ」


 大きく息を切らしながら千紘が睨みつけると、


「でも、だいぶ動きが鈍ってきていますよ?」


 ラオムはそう言って交えていた刀を自身の側に引く。同時に、千紘の腹に思い切り蹴りを入れた。


「ぐ……っ!」


 千紘は咄嗟に少し後ろに下がることで直撃を避けたが、それでも今の一撃は重い。


(しまった……っ)


 ずっと刀しか使っていなかったから、と完全に油断していた。ドラマの中でも刀以外に体術も使っているシーンがあったことを今さらながらに思い出した。


 片腕で腹部を押さえ、その場でうずくまりそうになるのをどうにか堪える。額から流れた冷たい汗が地面に滴り落ちた。


 ラオムの言った通り、動きが鈍くなってきているのは自覚していた。それでも秋斗から声が掛かるまではどうにか持ち堪えなくては、と自分に言い聞かせ、剣を振り続けた。だがそれもそろそろ限界らしい。


 さらに動きの悪くなってしまった身体をどう使って時間稼ぎをするか。千紘は懸命に考えを巡らせる。


(一度下がって立て直す……わけにはいかねーな)


 腹の痛みを堪えて、長剣を両手で握り直す。


 秋斗はこの状況を後ろから見ているはずだ。心配を掛けるわけにはいかない、と虚勢を張ってまっすぐに立つ。

 ちょうどその時だった。


「千紘! 悪い、待たせた!」


 大きな秋斗の声が耳に入ってきて、千紘は反射的に声のした方へとわずかに視線を向ける。

 視界の端で捉えたのは、秋斗と、その手のひらに乗ったバスケットボールサイズの水の塊のようなものだ。


 秋斗は千紘に向けて何かを合図するように一つ頷くと、今度は水の塊を両手で胸の高さまで持ち上げる。そして静かに瞳を閉じた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る