第19話 自分勝手だから

(……ああ、俺はここで終わるのか……)


 自分にはもう何もできない。できるのは、せめて目を閉じて、これから訪れるであろう死を受け入れることくらいだ。

 そう思って、静かにまぶたを伏せようとした時だった。


「————千紘ーっ!!」


 突然の絶叫に、千紘は閉じようとしていた目を反射的に見開いた。

 とても聞き慣れた、耳に馴染んだ声だった。

 次の瞬間、千紘とラオムの間に鮮やかな色が飛び込んでくる。しかし千紘がその色を認識する前に、視界は真っ暗になった。


「やっと登場ですか」


 すぐ近くにいたはずのラオムの声が、何だか遠くから聞こえるような気がする。

 自分の身に何が起こったのか、千紘にはまったくわからなかった。


(……今のは……?)


 気づけば、倒れている自分の上に何かが覆いかぶさっていたが、それが何なのか、認識するまでに数秒かかった。


「————あきと」


 どこか夢見心地で、ようやくその名を呼ぶ。


「……千紘、大丈夫か!?」


 顔を上げた秋斗が、慌てた様子で千紘の上から退けた。


 ここで、先ほどの色が何色だったのかがわかった。鮮やかな青、スターブルーである秋斗を象徴する色だ。


「あ、ああ……大丈夫……」


 千紘はまだ夢を見ているようだった。

 ここで自分は死ぬのだと、秋斗とはもう会えないのだと、そう思っていたから。


「ならよかった!」


 颯爽さっそうと千紘の前に現れた秋斗は、いつもと何ら変わることのない明るい声を上げ、白い歯を見せる。そして、千紘を背中にかばうようにしてラオムの前に立った。


 だが、千紘はそんな秋斗の右肩から血が流れていることに気づき、はっとする。自分を庇って受けた傷だとすぐに理解して、思わず声を荒げた。


「秋斗! 血が……っ!」

「こんなの大した怪我じゃないって」

「何で! 何で俺のことなんか庇ったんだよ……っ!」

「何で、ってそんなの決まってるだろ。おれは『自分勝手』だから、勝手に仲間を助けただけだよ。何か文句あるのか?」


 千紘がそう言ったんだろ? と振り返った秋斗が、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。

 その様に、千紘は気まずそうに顔を背けるが、


「……ふん。別にねーよ」


 不遜ふそんな態度は隠すことなく、小声でそれだけを返した。


 内心では嬉しいと思ってしまっている自分がいる。それは否定できないし、するつもりもない。

 素直にお礼を言えばいいだけなのはわかっているが、あんな一方的に秋斗を傷つけてしまった手前、それはどうしてもはばかられた。面と向かって言うのは照れ臭いとも思ったのである。


 それに今はそんな場合ではない。


「まさかラオムもいるなんてな。で、こいつも人間じゃないのか?」


 秋斗がラオムに視線を戻す。

 いつの間にかラオムは二人から離れた場所にいた。秋斗が突然割ってきたことで、警戒して距離を取っただろうことは千紘にもわかった。


 そういえば秋斗は知らないんだったな、と千紘がこれまでのラオムとのやり取りを思い返す。


「ああ、後で説明するけど人間じゃない」

「だったら問題ないな。千紘、まだ動けるか?」

「まだまだ行ける。今さらめんどくさいとか言ってらんねーしな」


 近くに落ちていた長剣を拾いながら、千紘も立ち上がる。


 身体はとっくに怪我と疲労でボロボロだったが、まだやれる、頑張れると思った。

 秋斗がそばにいるということがこんなにも心強い。その存在の大きさを、今になってようやく痛感した。


 そこでこれまですっかり忘れていたことを思い出す。


「そういえば、何でスターレンジャーの格好してんだよ?」


 千紘が指摘すると、秋斗はまた目を細め、ぐっと拳を握った。


「だって、こっちの方が力出るんだよ!」

「嘘くせー……」

「いや、ホントだって! 千紘も変身してみればわかるって」

「……そんなもんかねぇ」


 千紘はまだ半信半疑だったが、どうせなら最初から全力で行くに越したことはないかと考えを改めることにした。

 それに、もし本当にスターレンジャーの姿の方が力が出るというのなら、使わない手はないだろう。


 正直、ドラマの外だからあまり気乗りはしないし、少し恥ずかしい気もする。だが今は目の前の敵、ラオムを倒すことが先決だ。そんな甘いことなど言っていられない。


「……スターチェンジ!」


 千紘は大きく息を吸うと、思い切って口にした。自分を正義のヒーローにしてくれる魔法の言葉だ。


 途端に身体が薄赤色に光り始め、粒子が溢れてくる。それはあっという間に千紘を包み込むと、数秒も経たずにスターレッドの姿へと変身させてくれていた。


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