第11話 ギウスの戦闘員・1

 そして現在。


「うーん、あんまりこれは必要ないと思うんだよな」


 ブツブツ言いながら、千紘が長剣をさやから抜く。刃こぼれ一つない綺麗な切先きっさきが、太陽の光を眩しく反射させた。

 リリアから半ば押し付けられるような形でもらったものだ。


 スターレンジャーの撮影時と同じように軽く振ってみる。撮影で使っている小道具の剣と重さはそれほど変わらないように思えた。


 それに何だか手にしっくりくる感じがして、「これが剣の能力ってやつなのか」などと考えた。もちろん、そんな能力はいらないと今でも思っているのだが。


「そうか?」


 意気揚々と少し前を歩いていた秋斗が立ち止まり、くるりと振り返る。


「だって、考えてもみろよ。今まで敵とか魔物以前に、まず人すらいないだろ」

「それは確かに」


 そうだな、と秋斗も頷いた。


 元々このルークス大陸には魔物と呼ばれるものはほとんどいない、とリリアが言っていたことを揃って思い返す。もしいるとしても、それはまず人間が立ち入れないような場所だから問題はない、とも言っていた。


「だろ? 魔物はいないらしいし、こんな明るい時間から、しかもこんな開けた場所には盗賊すら出ないって」


 リリアが心配しすぎなんだよ、と千紘が苦笑いを浮かべる。


 千紘が言った通り、辺りを見渡しても広々とした草原が広がっているだけで、人っ子一人見当たらない。

 街や村なんてもってのほかで、森は見えないことはないが、ここからは少し離れたところにあるくらいである。


「じゃあ魔法も使いようがないよなぁ」


 秋斗がしょんぼりと肩を落とした。きっと魔物や盗賊が出た時にでも使おうと思っていたのだろう。しょんぼり具合で、魔法を使うのをどれだけ楽しみにしていたのかがよくわかる。


 千紘は、今使ってみてもいいじゃないか、とは思ったが、あえて口にはしなかった。


「いや、水の魔法なら洞窟とかでそれなりに使い道があるんじゃないか?」


 きっと何かの役には立つだろ、と千紘にしては珍しく励ましてやると、


「あっ! こうやって冒険する時に水筒持って歩かなくていい! これってすごくないか!?」


 秋斗は何かを閃いたように、大きな声を上げる。


「水筒代わり……。まあ、それもありか……」


 少し悩む様子を見せた千紘だが、素直に頷いておいた。


 言った意味とはちょっと違う気もしたが、「そんな使い方もできなくもないか」と千紘は自身に言い聞かせる。自分と秋斗は発想が根本から違うのだ、と改めて納得した。


「ま、こんな武器なんて使わない方が楽でいいんだよ」


 そう言って、千紘が長剣を鞘に戻そうとした時だった。


 遠くの方から、何か黒い塊のようなものがすごいスピードでこちらに向かって来るのを視界の端で捉える。


「千紘! 何か来たけど!?」


 秋斗が慌てた声を上げた時にはすでに遅かった。

 あっという間に二人は黒いものに囲まれてしまっていたのだ。


「ちっ……」


 千紘が思わず舌打ちする。納め損ねた長剣が右手からぶら下がっていた。


 まずは状況の把握をしなければ、と警戒し、周りを見回す。魔物か、それとも盗賊か。いや、それ以外の可能性だってある。


 だが、その予想はすぐにことごとく裏切られることになった。


「あれ?」


 秋斗がその場には似つかわしくない明るい声を発し、安堵の息を漏らす。


「こいつら……」


 次には、千紘も秋斗の発した声に納得したように、一つ息を吐いた。


「ギウスの戦闘員じゃん」


 最初こそ魔物や盗賊の集団かと思ったのだが、間近で見ればそれはよく見知ったものだった。


 真っ黒な全身スーツをまとった怪人の団体、ギウスの戦闘員たちだ。


 ギウスとは、千紘や秋斗たちスターレンジャーの五人が戦っている悪の組織の名前である。正式名称は『宇宙化学組織ギウス』と言い、さらには『ギウス四天王』と呼ばれる四人の幹部がいたりもする。


 手っ取り早く言ってしまうと、戦隊ヒーロードラマに付きものの悪役のことだ。


「何でこんなとこに戦闘員がいんだよ」


 千紘は呆れたように言うが、すぐにリリアの言葉を思い出した。


『多分、あんたたちと同じ世界……だと思うけど、人間かどうかはわからない』


 洞窟へと出発する直前の言葉である。


 秋斗も同じことを思い出したようだった。


「そっか、おれたちの世界から来たって、戦闘員のことだったのか。やっぱりリリアの言った通りだったな。ちゃんと中身は人間だし」


 だったら別に怖くも何ともないよな、幽霊じゃなくてよかった、と秋斗がほがらかな笑みを浮かべ、千紘を見た。


「ああ、これなら放っておいてもいいな。……って、いや待て」


 千紘は、秋斗に向けて頷いた直後、すぐに顎に手を当てしばし考え込む。


「この状況じゃ放っておくというより、俺たちがどうしたもんか、って話じゃないか?」


 囲まれてるし、と付け加えながら、改めて自分たちの周りをぐるりと見回した。


 同じ世界の人間、しかも日本人だということには安心したのだが、何となく不穏な空気が漂っている気がしたし、この囲まれてしまった状況をどうしたものかとも思ったのである。


「あ、そうだ。リリアに頼んで戦闘員のみんなも一緒に帰してもらえば? ちゃんと帰してもらえるって言えば、ここだって通してくれるんじゃないか? 人間なんだからさ」

「それはそうだな」


 普段、ドラマの中では敵同士として戦っているが、見た目が怪人なだけで中にはきちんと人間のエキストラが入っている。あくまでもドラマの中でのフィクションなのだから当たり前だ。


 この世界では敵だとか味方だとかそんなことは関係ないし、今は数少ない地球出身の仲間である。きっと元の世界に帰りたいはずだ、と二人は考えた。


 千紘と秋斗は互いに頷き合う。


「あのさ、おれたちと一緒に地球に帰して——」


 もらわない? と続けようとした秋斗の声が途中で遮られた。二人が同時に目を見張る。戦闘員の一人が秋斗目がけていきなり殴りかかってきたのだ。


「ちょ、ちょっと!」


 攻撃を上手いことかわしながら、秋斗が焦った声を上げた。


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