第10話 千紘と秋斗の能力とは・2

「決まりね。じゃあ持っている能力を調べるわ」

「そんなことできるのか」


 すごいな、と千紘が感心したように言うと、リリアは少し照れ臭そうに頬を掻き、頷く。


「まあ、ね」

「おれ、最初に調べてもらっていい!?」


 秋斗が興奮したように、勢いよく手を上げた。


「いいわよ」


 そう答えると、リリアは静かに秋斗の額に手をかざし、瞳を閉じる。


「……」


 秋斗も同じように目を閉じて黙った。


 そして数秒。

 リリアの薄いピンク色の唇がゆっくり動く。


「……水属性の魔法ね」

「マジで!? やったー!」


 秋斗は望んでいた魔法の能力があることがわかって、大きな歓声を上げた。


(魔法……ね。俺も家事以外の能力だったら魔法がいいかな……。スターレンジャーの時みたいに前線で戦うこともなくて楽そうだし。ま、ここで戦うことなんてないと思うけど)


 喜ぶ秋斗を隣で眺めながら、千紘はそんなことを考える。


 スターレンジャーでは主役のレッドとして自ら前線に立ち、剣を振り回して戦っている。あれは演技だからまだいいが、もしこの世界でも同じだったら、と思うと寒気がする。


 ちなみに、秋斗が演じているスターブルーは銃を武器としていて、後衛での援護が多く、千紘は性格設定だけでなく、その点においてもブルー役の秋斗が羨ましいと常々思っていた。


「次はチヒロね」


 リリアが秋斗から千紘へと視線を移す。千紘は一瞬どきりとした。緊張しているのだということはすぐに自覚できた。


(さすがに少しくらいは緊張するよな……。秋斗はまったくしてなかったみたいだけど)


 緊張しない方がおかしい、と自分を納得させるように心の中で頷く。


 リリアは、秋斗の時と同じように千紘の額に手をかざし、また瞳を閉じた。

 千紘は目を閉じることなく、リリアの端正な顔に視線を向けていた。

 まだ少し鼓動が早いまま、黙ってリリアの言葉を待つ。


 ややあって、リリアの長い睫毛まつげがわずかに揺れた。静かにまぶたが開かれ、大きなブルーの瞳が千紘を見据える。また、千紘の心臓が高鳴った。


「あんたは……魔法の能力まったくないわ」


 だが、リリアはきっぱりとそう言い放つ。


 千紘は、家事が楽になる魔法の能力だったら欲しかったのに、と思っていた。しかし「家事を楽にする」というささやかな野望はここであっさりついえてしまう。


 少なからずがっかりしてしまったが、千紘はそれを二人に悟られないように、


「だよなぁ」


 と、わざとらしく苦笑して見せた。


 落胆したのは紛れもなく事実だが、心の中では瞬時に考えを切り替え、「魔法が使えないなら洞窟は危険かもしれないし、一緒に行かなくて済むかもしれないな」などと、それはそれでいいかもしれない、と喜び始める。


 しかし、千紘の心中を知るはずもないリリアは無情な現実を突きつけた。


「……でも、剣を扱う能力がある」


 何だかとんでもない台詞が飛んできて、千紘は頭を勢いよく殴られた気がした。そのまま放心する。

 数秒後、ようやく口から出たのはとても言葉とは呼べないものだった。


「……は?」

「だから、あんたは剣が使えるってことよ」

「お、剣もかっこいいな! スターレンジャーでも剣使ってるからかな」


 追い打ちをかけるリリアと秋斗の言葉に、愕然とする。ちょっと待て、ちょっと待て、と千紘の中で瞬く間に焦りが広がっていった。


「魔法じゃなくて、剣の能力……?」


 呻くように言うと、リリアと秋斗は同時に大きく頷いた。

 その様子に、千紘はがっくりと意気消沈する。


「二人とも魔法じゃダメなのかよ……」

「こればかりはどうにもならないわよ。それにちょうど役割分担できてよかったじゃない」

「いや、全然よくねーよ……」


 唸る千紘をよそに話はどんどん進んでいく。


「じゃあアキトにはこれを。私の魔力が込められてるから、これを持っていれば魔法が使えるはずよ」


 リリアはそう言うと、手のひらに乗っていた少し大きめのミロワールの欠片かけらを秋斗に手渡した。


「へー、これでおれも魔法使いかぁ!」


 心から嬉しげにはしゃいでいる秋斗を、千紘が恨めしそうに横目で見ていると、


「チヒロ。はい、これ」


 いつの間にか具現化されていたらしい長剣を、リリアが無造作に差し出してくる。


「……」

「ほら、早く受け取りなさいよ」

「……」


 急かすリリアに無理やり背中を押される形で、千紘は無言のまま長剣を受け取った。


 リリアは二人がそれぞれきちんと受け取ったのを確認して頷くと、今度は小さく咳払いをし、眉をひそめる。

 そして静かに切り出した。


「……ちょっと気になることがあるんだけど」

「何だよ」


 あからさまに不機嫌そうな声で千紘が返す。しかしリリアはそんなことを気にも留めず、さらに続けた。


「何となくだけど、感じるの。この世界のものじゃない、だけどあんたたちでもない気配を」


 深刻な表情で紡がれた言葉に、千紘と秋斗が息を吞む。


(俺たちじゃない気配……?)


 千紘はいい加減ふてくされている場合ではないな、と真剣に話を聞こうとした。

 おそらく秋斗も同じだったのだろう。少し逡巡しゅんじゅんする様子を見せると、


「それって、おれたちと同じ世界から来た人がいるってこと?」


 いつもとは違う、落ち着いた口調で問う。リリアは表情を変えることなく小さく首を縦に振った。


「多分、あんたたちと同じ世界……だと思うけど、人間かどうかはわからない」

「随分と曖昧あいまいだけど、俺たちと同じ世界から来たなら問題ないだろ。ま、それが幽霊とかなら怖いけど」


 千紘が秋斗の方へと顔を向ける。


 同じ地球から来たのならきっと大丈夫だろう。外国人だったら会話に困ってしまうが、その時はその時だ、と考えた。


(もっと危険な、怖い話かと思ったけど、別にそうでもなかったな)


 一度は真面目に受け止めようとしたが、人間なら問題ない、と千紘は少し楽観的になる。秋斗だってきっと同じ考えのはずだ、と思った。


「そうだな」


 確かに幽霊は怖いけど、と苦笑しながら、秋斗も同意する。やはり予想通りだった。


「まあ、大丈夫だろ」

「きっと人間だって。それなら何とかなるし!」


 二人はそう言いながら、リリアを見る。


「それならいいんだけど……。とにかく、気をつけるに越したことはないわ」


 千紘と秋斗の明るい表情とは真逆に、リリアは神妙な面持ちでそう答えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る