第7話 異世界召喚とミロワール・2

「あー……」


 千紘と秋斗は同時にそれだけを零し、うなだれる。なるほどな、と妙に納得した。


 召喚するのにミロワールが必要だということは、帰すにもそれが必要だということ。そしてそのミロワールは割れてしまって、今は使い物にならない。つまりそういうことだ。


「そういうことなの! わかった!?」


 リリアに突っぱねられてしまった千紘は途方に暮れながら、その場にへなへなと崩れ落ちた。


「じゃあどうすれば……」


 そして頭を抱え、唸る。

『絶望』、そんな言葉が千紘の中に生まれた時、これまで黙っていた秋斗が静かに口を開いた。


「……直せればいいんじゃないか?」

「それだ!」


 一瞬で『絶望』という言葉が搔き消え、『希望』という言葉が新たに生まれる。


 秋斗にしては珍しくまともな意見だった。

 普段がいい加減というわけではないのだが、この時の秋斗はいつもよりずっと真面目な、頼りになるイケメンに見えたのだ。


 これならどうだ、とでも言いたげに、挑戦的な視線をリリアに投げた秋斗に、


「よくわかったわね、その通りよ。これが直ったらちゃんと元の世界に帰してあげるから協力しなさい。もちろん、あんたたちが壊したんだから拒否権なんてないけど」


 そう答えたリリアは、すっとその場で立ち上がった。色白の細い足首が、長いスカートの裾から覗く。

 リリアは手を腰に当て、千紘と秋斗を睨みつけるように見下ろすが、二人は困ったように顔を見合わせた。


「協力って言われても何をしたらいいのか……なあ?」

「だよなぁ」


 やれやれとでも言うように両手を上げ、首を振ったリリアが、同じ場所にまた座り込む。


「このミロワールに使ってるものと同じ鉱物、ターパイトって言うんだけど、それを洞窟から採ってくるだけよ。あ、もちろんこれより大きめの結晶ね。子供のお使いより簡単でしょう?」


 手の上に乗った、青い石の欠片かけらを指差した。


「いや、子供のお使いの方が断然簡単だと思うんだけど」


 思わず千紘が反論する。


 子供のお使いとは、近所でちょっとした買い物をしてきたりするもの、と千紘は思っている。秋斗ともきっと意見が一致するはずだ。


 その辺に転がっている石を持ってくるのであれば、子供のお使いよりも簡単かもしれない。だが明らかに洞窟で石を採ってくるのは子供のお使いとは違う。違いすぎる。


「文句をつけるなら帰さなくてもいいけど。私は困らないし」


 リリアがわざとらしく、ぷい、と顔を背けた。


「それは俺たちが困る」


 千紘がきっぱり告げると、リリアはまっすぐに千紘を見据える。


「じゃあさっさとターパイトを採ってきなさい!」


 そして対抗するように、同じくきっぱりとそう言い放った。


 唐突に下された命令に、千紘ががっくりと肩を落とす。

 確かに言いたいことはわからないでもない。洞窟はリリアが行くには危険だろうこともわかる。でもなぜ自分が行かないといけないのか。


 しかしそこまで考えを巡らせた千紘は、ふとあることに気づいて声を上げた。


「俺が壊したわけじゃないんだから、別に俺は行かなくてもいいだろ?」


 そう、壊したのは秋斗だ。もっと正確に言えば、秋斗の膝。

 だから自分が行く必要はないのではないかと思ったのである。


「えーっ! せっかくなんだから千紘も一緒に行こうぜ! 楽しそうだし!」


 当の秋斗はすでに行く気満々だった。もはや自分が壊したから、などという理由すら不要らしい。


 この様子なら、やはり自分が行く必要はないだろう、と千紘はあぐらをかいていた足を組み直す。


「めんどくさいから行きたくない。そもそも壊したのは秋斗だし」


 だいたい、秋斗と一緒に、というのが気に入らなかった。絶対面倒ごとに巻き込まれるに決まっている。それはめんどくさいことこのうえない。


 しかしリリアは千紘の言葉に納得するはずもなく、また大声を上げる。


「あんたたち仲間でしょう? 連帯責任で一緒に行ってきなさい! じゃないと、アキトだけ帰すわよ! 私だってこんなに頼んでるんだから!」

「それは『頼んでる』じゃなくて『脅迫』って言うんだよ……ものすごく理不尽だ……」


 千紘の運命はすでにリリアが握っていた。


 秋斗と仲間なのかどうかは、自分ではよくわからない。まあ、リリアから見ればそうなるのだろうな、とは思う。正直なところ、あまりそう見られたくはないのだが。


 しかも連帯責任にされた挙句、協力しないと自分だけ帰してもらえないなんて理不尽もいいところだ。


 だが、秋斗と協力してターパイトとやらを採ってくれば一緒に帰してもらえる。


 それならば、選ぶ道は一つしかない。


「……はぁ……」


 千紘はうなだれながらも、了承するしかなかったのである。


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