第5話 リリア

「お前こそ誰だよ」


 ようやく気を取り直した千紘が少女に向けて、訝しげな視線を投げる。

 けれど、秋斗はそんな千紘に構うことなく、真っ先に手を上げた。


「おれは深見ふかみ秋斗あきと! 秋斗でいいから! よろしく!」


 相変わらずの明るい挨拶だった。いつもの元気な秋斗だ。

 わずかにではあるが、場の空気が和んだような気がした。


 秋斗のこういうところはちょっとだけ羨ましいかもしれない、と千紘はごくまれにだが思うことがある。今もほんの少しではあるが、秋斗がいてよかったかもしれないと思った。


「ほら、千紘も!」


 促されて、千紘も渋々ながら自己紹介をすることにする。


「……俺は、相馬そうま千紘ちひろ


 正直、千紘にとってはいちいち自己紹介をするのもめんどくさいのだが、別に正体を隠しているわけでもないし、それくらいはしておかないと、相手の少女も素性を明かすことはしないだろうと考えたのである。


 我ながら無愛想だとは思う。仕事の時はできるだけ笑顔で振る舞っているつもりではあるが、本当は普段から秋斗のようにもっとフレンドリーにできればいいのかもしれない。

 だが、二十年と少しの間この性格でずっと生きてきたのだから、今さらすぐに変えろと言われても無理な話だ。


「そう、アキトとチヒロね。私のミロワールを壊したあんたたちのこと、しっかり覚えたわ。……私はリリア。リリア・クレメントよ」


 何かを嚙み砕いて飲み込むように何度も頷いた後、リリアと名乗った少女は千紘と秋斗を交互に見やった。


(こいつ、しっかり根に持ってる……)


 また何となく不穏な空気になりかけた時、秋斗が再度声を上げる。


「そうだリリア、ここってどこなんだ? おれたち階段から落ちたはずなんだけどさ、目が覚めたらここにいたんだよ」


 そうだよな? と顔を向けられ、千紘も頷いた。

 現状を確認するのがまだだったことに、今になって気づく。


「ここはタフリ村よ」

「タフリ?」


 二人は揃って首を傾げる。聞いたことのない地名だった。


「シュリベール王国のタフリ村」

「シュリベール王国?」


 さらに深く首を捻る。やはり聞いたことがない国名だ。


「……ルークス大陸」

「ルークス大陸?」


 これもまた知らない大陸名である。


「…………アンシュタート」

「アンシュタート?」

「……はぁ」


 最後には、とうとうリリアが額に手を当てて首を振り、盛大な溜息を漏らしてしまった。


「い、いや、知らないものは知らないし! 千紘だって知らないよな!?」


 何だか悪いことをしてしまった、とでも言いたげな顔で、秋斗が慌てて両手を左右に振る。


「……まったく聞いたことがないな」


 確かに、千紘もこれまで出てきた名前には一つも心当たりがなかった。どれかは地理の授業やニュースなどで聞いていてもいいはずなのに、だ。


「…………」


 どうにも話が嚙み合わない三人は一斉に黙ってしまう。

 重い沈黙がしばらく続いた。


 だが、そんな重苦しい空気を最初に破ったのはリリアだった。


「……どうやら、私の召喚術であんたたちをこの世界に呼んじゃったみたい」


 小声で紡がれた言葉に、千紘と秋斗が瞠目どうもくする。互いに顔を見合わせた。


「悪い、もう一回言ってもらえる?」


 聞き返したのは千紘だった。


 それもそのはずだ。『召喚』なんて言葉は、フィクションの世界でしかそうそう聞くことがないのだから。

 スターレンジャーの世界でも『召喚』などといった言葉は、現時点では存在していない。


 しかも目の前のリリアは、自分たちを『この世界に呼んだ』と言った。『この世界』とは一体どういうことか。さすがにこれを聞き返さない方がおかしい。


「だから! 私がこの世界、アンシュタートにあんたたちを召喚したって言ってるのよ!」


 またリリアが怒り出す。この少女はかなり沸点が低いらしい。


 アンシュタートとは先ほどリリアの口から出てきた名前だ。リリアの言葉を鵜呑うのみにするとすれば、つまり自分たちは地球からこのアンシュタートという世界に召喚された、ということになってしまう。


「召喚……? ってあれ? これもしかしてドッキリ?」


 秋斗が目を瞬かせると、


「いや秋斗、よく聞け。これは多分ドッキリじゃないと思う」


 千紘は自身にも言い聞かせるように、首を横に振った。


 ドッキリだと思いたくなるのはよくわかる。自分だって一瞬同じことを考えた。けれど、目の前のまだあどけなさが残る少女が嘘を言っているとも思えなかった。


 だからこそ、もう一度しっかりと尋ねる。


「どういうことか説明してもらえる?」


 千紘としてはイケメン俳優としての爽やかな笑みを精一杯作ったつもりだったが、


「千紘! 顔、顔!」


 秋斗に肘で突っつかれて、自分の笑顔が引きつっていることに気づいたのである。


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