繋ぐチャンス!

自陣でのフェイスオフ


ラインズマンがフェイスオフスポットに着くと、俺は呼吸を整える。


『パンッ』


落とされたパックは相手に取られてしまう。


相手のCFが引いたパックは相手DFの元へ。


自陣でのフェイスオフにおいて、これは最も失点の可能性が高くなる。


相手DFはポジションを整えることもできるし、そのままシュートを打つこともできる。


「海斗!DFマーク!」


雄司さんの指示が飛ぶ。


すぐさま海斗が飛び出したが、逆サイドのDFにパスが渡ってしまう。


ブルーラインより少し内側、中央で相手DFがレシーブする。


「まずっ・・・朝陽!」


ゴール前にいる朝陽に、同じくゴール前にいる相手FWのマークを託す。


「ミヤ!そっち!」


マークを託したはずなのに、朝陽に俺が注意された。


「えっ・・・?」


パックに気を取られ過ぎてしまった。


周囲を見渡すと、俺のマークするべき選手がいない。


いや、正確には、後方45°くらいから目の前に切り込んできた。


「くっそ・・・・!」


身体を入れてきた相手FWに負けじと、こっちもスティックを出しなんとか妨害しようとする。


「負けるかよ!」


相手FWの小野田律が負けじと身体を入れてくる。


競り合いの中、DFからのパスをなんとかダイレクトで打ち込んだ。


しかし、体勢が不十分だったことと俺が打つ瞬間にスティックを押したことで、威力の弱いシュートとなった。


『ボフッ』


雄司さんがレガースに当てる。


リバウンドコントロールされたこともあり、コーナーへパックは流れていった。


すかさず龍がパックを取り、45°に待っている太一にパスを出す。


しかし太一にはピッタリ相手DFがマークしている。


「っ・・・くっそ・・・」


レシーブの瞬間スティックを上げられてしまい、そのままパックは相手エリアへ流れていった。


『ピーーーーッ』


ラインズマンの笛が鳴る。


「はぁはぁはぁ・・・・」


全員の息が上がっていることは、傍目でも明らかだった・・・


「絵真さん?あんなにみんな疲れているのになんで後退しないんですか?あ、相手は交代してるのに。」


亜里沙は絵真に質問した。


「しないんじゃないの。できないの。アイシングしたチームは交代しちゃいけないの。」


「あいしんぐ?」


おかしなイントネーションで亜里沙が復唱した。


「そう。レッドラインより手前側から誰にも触れることなく向こうのゴールラインを越えた時がアイシング。また自陣からフェイスオフだし交代もできないの」


絵真から説明を聞いた亜里沙の顔が曇る。


「えぇぇ・・・?ひどすぎません?じゃあレッドライン手前からゴールラインまでパックが流れたら、絶対にアイシングなんですか?」


何か抜け道がないのかと亜里沙は考えた。


「ん〜、1つは相手がパックを取れるのに取らないか、相手の体に触れた時かな?もう1つは相手より前に出ることくらいしかないかな?」


「えぇぇ・・・?厳しすぎる・・・」


そういうと、不安そうな顔をして亜里沙は選手たちを見つめた。


「あ、それから・・・」


絵真は気づいたように話を続けた。


「この状況、一番ピンチかも?こっちは疲れているけど相手は体力回復しているし、こっちが3セット目に対してあっちは1セット目だしねぇ・・・」


言われた途端、亜里沙は泣きそうな顔になっている。


「みんなぁ・・・・」


亜里沙は祈るような気持ちで試合を見つめていた。


アイシングで戻されたフェイスオフ直前、セット全員が朝陽に呼ばれた。


「やってみるしかない・・・・いいな?」


朝陽がそう言うと、全員頷きながらフェイスオフスポットにつく。


『パァン』


今度は龍がパックを引いた。


そのパックは朝陽の元へ行く。


朝陽はフェンスを使って前方へ大きなパスを出した。


「あわわ・・・またアイシングじゃ・・・」


亜里沙はさらに祈った。


「FW!チェンジ!!!」


海斗と太一がすぐにベンチへ戻ってきていた。


彼らは朝陽がパックを取ると同時に、ベンチへ駆け出した。


光さん、佳樹さんが勢いよくリンクへ出ていく。


しかし、朝陽の放ったパックに追いつかない。


相手DFが必死になって朝陽の放ったパックを追っている。


いや、追っているのはパックではなかった。


俺だった。


フェイスオフ前に、朝陽は全員に作戦を話した。


「龍は俺のほうにパックを引け。引いたことを確認したら海斗と太一は交代に戻る。パックは見なくていい。そしてミヤはフェイスオフと同時に前に走れ。あとは俺がパスを出してやる」


そう言われ、各自朝陽の作戦に乗ったのだった。


一歩抜きに出た俺は相手を追い越すことができた。


ここからはパックを取れるかどうかの問題だ。


「っっっっっっっくっそ・・・抜かれるわけにはいかねぇ!」


相手DFの北条洋介が必死に追いかけるも、少しのところで追いつかない。


ブルーラインを越えたあたりでパックに追いついた。


しかし、体勢を整えてシュートを打つには北条洋介が邪魔だった。


俺はそのままゴール裏を回ろうと差し掛かった時だった。


「ミヤ!」


交代してすぐに飛び出してきた光さんと佳樹さんがゴール前に入ろうとしているところだった。


「佳樹さん!」


俺は北条洋介にスティックで邪魔されながらも、手前側の佳樹さんにパスを出すことができた。


「っしゃ!ミヤナイス!」


そのまま佳樹さんは低めのシュートを打つ。


「こっちだろ?見え見えなんだよ!」


井口翼がしっかりシュートに合わせてバタフライスタイルでついてくる。


『ボフッ』


リバウンドコントロールされたパックはフェンスの方へ流れていく。


『パァン・・・・』


『ピーーーーーーーーーーーーッ』


レフェリーの笛が鳴った。


「なっ・・・・」


井口翼が固まっている。


パスを出した後倒れ込んだ俺は、起き上がるとパックはゴールの中にあった。


「っっっっっっっっっっしゃぁぁぁぁぁ!!!!!」


光さんがガッツポーズで吠え、佳樹さんが抱きついている。


「えっ・・・?」


何が起こったかわからないが、俺の方に向かってきて抱きついている。


「あれ・・・入った・・・んすか???」


呆気に取られている俺の頭を光さんがバシバシ叩きながら


「ミヤ!ナイスダッシュ!ナイスパス!お前すげぇよ!朝陽もすごかったけど!!!」


「え・・・あ・・・・おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


やっと実感が出てきた。


3人で抱き合いながら喜んでいるところに、後ろから井口翼が話しかけてきた。


「おい!えっと・・・最後シュート打ったやつ・・・なんて脚力してんだよ・・・次は絶対止めるけどな」


そう光さんに言ってゴールへ戻っていった。


試合中であれば話しかけにいくと乱闘かと思いレフェリーが止めにくるが、練習試合ということもありそのまま見ていた。


「ミヤにアシストついたな〜。お前ほんとよく走ったな!でかしたでかした!」


光さんと佳樹さんに誉められているところ、後ろから


「うかれんなよ。戻るぞ」


と朝陽に声をかけられた。


そう、全ては朝陽の計画があってこそ。


その計画によって、龍はパックを引き、海斗と太一が必死でベンチに戻り、朝陽が絶妙なパスを出してくれたから生まれたチャンス。


1年全員で掴んだチャンスだ。


「朝陽、ナイスパス!ナイス作戦!」


そう言うと少し照れながら


「本来お前はレッドライン越えたところでダンプイン・・・つまり放り込んで後退に戻るんだぞ?」


「わかってるけどパック取ったのが深い位置だったからさ。素直に喜べよ!」


そう言いながら朝陽の背中を叩くと


「ただ次はこんな簡単に点数を取らせてもらえねぇよ。翼さんは・・・」


そう。


今回はうまく光さんが死角に入れたことと、光さんが瞬間的にトップスピードに乗れたから。


さらには実質3-0の場面だったので取れた1点だ。


そのことを肝に銘じて、俺はベンチへ戻った。


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「お〜お〜、憧れの人は大活躍ですねぇ?綾愛さん?」


客席で見ていた紅音が綾愛をからかう。


「おぉぉぉ!ミヤやっぱすげぇな!な!」


紅音のスマホ中継で試合を見ている蒼は大興奮だった。


「ほんとホッケー馬鹿だよね〜・・・ってあれ?綾愛?」


綾愛は震えている。


「あれれれ?綾愛もしかして泣いてる?」


紅音がそう尋ねると、震えた声で


「うるさい!馬鹿紅音!なんていうかその・・・だって・・・」


言葉に詰まる綾愛を抱き寄せ、紅音は言った。


「多分だけど・・・中学全道でのミヤはせっかく今日みたいにチャンスを作っても誰もついてきてなかった。けど今回は違った。だよね?」


紅音に抱きしめられた綾愛が必死で頷く。


「中学でも仲良くやってたかもしれないけど、高校ではしっかりついてきてくれる仲間がいる。ミヤが今まで以上に活躍できるってことだもんね。」


そう。


中学時代はミヤが攻めるとそのフォローに着いてこられる仲間はあまりいなかった。


しかし、今回はチャンスを作ってくれる仲間がいて、チャンスを活かしてくれる仲間がいるのだ。


「さ、残りの試合もしっかり見るよ〜」


綾愛の肩をさすりながら、紅音はガッツポーズを作りながら試合に熱中していくのであった。

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