準備と不安
「おぉぉ・・・このでっかいホテルが宿舎かぁ・・・・」
蓮がバスから身を乗り出して建物を見上げた。
「小学生かよ・・・笑」
駿がすかさず突っ込む。
全道大会は市の代表ということもあり、かなりの補助金を出してくれているらしい。
そのため、宿泊するホテルも一流というわけだ。
「先輩達!これが最後の大会になったら泣けてきますね!」
一つ下の加藤昇(かとうのぼる)が冗談混じりで声をかけてきた。
その瞬間、3年生全員の鋭い目つきが昇に突き刺さる。
「あ・・・ぁ・・・す・・・・すいません・・・・」
昇は3年生の目線に負け、なんとか出ない声を出して謝ってきた。
以前から先輩後輩の中はそこまで厳しいものではなかった。
しかしやりすぎた場合、今回のように無言の圧力で後輩達を黙らせてきたのが俺たちの学年がやってきたやり方だった。
旅行ならホテルでのんびりしたいところだが、到着してすぐに公式練習があるので荷物だけ置いてリンクへ移動となる。
リンクへの道中で蓮が口を開いた。
「俺らの相手って東豊市の2位チームだろ?けっこー強いって話だよな?」
東豊市はアイスホッケーが盛んなことで有名で、プロ選手も多数輩出している有名な市だ。
その言葉を聞いて気持ちで負けていると思った俺は
「全道って言っても全国大会みたいなメンツだし、全国出るならどこにも負けてらんないじゃん?」
と、蓮に言い放った。
「けど俺ら、中学に入ってから他の地区とあんまり試合してないよな?実力わかんねぇよ」
蓮が珍しく弱気になっているように見えた。
「けど小学校の選抜でやった時はいい勝負だったじゃん?こっちもサボってたわけじゃないんだし、大丈夫だって。」
俺は蓮の弱気を打ち砕こうとして、できるだけ説得力があるように事実を述べようと必死だった。
「そうかぁ・・・。」
しかし、蓮はいまいち納得していない様子だった。
蓮のポジションでもあるCFは、全体を把握してFWとDFの橋渡しを行うのが主な仕事だ。
そのポジションからなのか、蓮が物事を見る時は多方面から冷静に捉えることが多かった。
しかし、そんなことを気にしていては目標である全国は遠い。
今は少しでも全国に近づくために気持ちを保たなければならないのである。
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バスがリンクに着くと、それまで聞こえていた話し声が消えた。
試合を行うリンクは、去年できたばかりの市が運営するリンクだ。
プロの試合も行えるよう、外観はもちろんのことだが観客席も多い。
北海道で1番のリンクと言っても過言ではない。
控室に入った俺たちは、軽いアップを済ませて着替えを始めた。
「すげぇな!こんなとこで試合できるのかよ!」
樹が興奮して騒ぎ始める。
「明るすぎてパック見えないんじゃないか?笑」
駿が樹をからかう。
「何言ってんだよ!お前らのシュートなんてパックに蚊が止まるかってくらいしっかり見えるわ!」
それを聞いた敏樹が
「そんなこと言うなら今日の公式練習で全部止めてみろよ?」
さすが、チームのエースの言うことは違う。
「今日だけじゃなく、明日も止めてやるよ!」
樹が得意気に言った。
樹の言葉は嘘ではなかった。
軽い練習ではあったものの、プレイヤーとキーパーの1VS1を全て止めて見せた。
「明るいほうが止められんだよ!」
自信たっぷりの樹のもとに、3年生全員が集まり
「明日も頼むぞ!」
俺は調子の良さに対する信頼と望みをかけて樹に言葉をかけた。
「おう。その前にDFのミヤが止めてくれんだよな!?」
このやり取りを3年間続けてきた。
どちらも、信頼があってこそだった。
公式練習を終えた俺たちは、ホテルに戻ったがなんだか緊張した雰囲気を全員が抱えていた。
「おいおいおい!今から緊張してんのか?あ!?」
敏樹が全員を馬鹿にした口振りで罵った。
しかし、敏樹が全員を奮い立たせる時にはいつもこんな感じで絡んでくる。
「緊張じゃないよ。今から明日に向けて集中してんだ。」
駿が冷静に、敏樹をなだめるように言った。
「今から集中してたら持たないって!大丈夫!全員で勝とうぜ!」
敏樹の陽気キャラには何度となく助けられた。
「そうだよ!明日は全国に向かう第一歩!やることきっちりやってこうぜ!」
俺は何か得体の知れない不安から逃れるように、その言葉を放った。
昼間、蓮に言った言葉を自分に何度も言い聞かせていたのかも知れない。
うちの中学は、全国はおろか全道だって蒼にぃちゃんが卒業してから一度も出場していなかった。
蒼にぃちゃんの背中を追って、少しでも追いつきたい一心でここまでアイスホッケーを続けてきた。
まずは全道出場ということで少しだけ追いついた。
このまま全国出場まで突っ走ってやる!と思いながら・・・
しかし、蓮の言っている「しばらく試合をしたことがない」という点だけが気になった。
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