鍵開け話

過言

開けてはいけない

じゃあ、わたしが話すから、あなたは聞く役をやってね。


いい?


それじゃあ、おほん。


世の中には、開かない鍵がある。

開かないってことはつまり、開けてはいけないってことだ。

これはその、開けてはいけない鍵にまつわる話。

本当はそんな話ではなかったんだけど。


ある日彼は、一通の手紙を受け取ったらしい。

そこにはこう書かれていたそうだ。

「あけろ」

と。

彼は、その時点では何のことだかさっぱりだったんだろう、

その手紙を、まあ当然のように無視した。

あける、っていうのが何のことなのかすらわからないのだから仕方ない。

ただまあ、既に手遅れだった。


次の日彼はまた、1通の手紙を受け取った。

内容は、

「あけてくれてありがとう」

だった。

彼はこの時、自らの過ちに気付いた。

気味悪く思った彼は、その手紙を破り捨ててしまった。


さて。

あなたも気付いていることだろう。

あけろ、っていう言葉の意味。

そう、お察しの通り、手紙の封を開けろ、手紙の封を開けてくれてありがとう、ってことだ。

なんということだ、オチが付いてしまった。

これはぜひショートショートとして、有象無象の怪談集に潜り込ませてしまおう。

しかしそうはならなかった。

そう。

この話はここで終わらなかった。


手紙を「あけ」てしまった彼だが、特に何も起こることはなく。

次の手紙が送られて来た。

内容は。

「あけさせて」

だった。

困惑しつつも彼は、一通の手紙をしたためることにした。

「あけさせる」ための手紙を。

『お手紙ありがとうございます。

 ひとつ質問があるのですが、あなたは誰なんですか?

 答えてくださらなくても結構ですが、お答えいただければ幸いです。』

こういった内容の手紙を、送ることにした。


しかし送ると言っても、例の手紙がどこから送られてきているのか見当がつかない以上、送り先の指定の仕様がない。

これはどうしたことだろう。

しっかりと封をした手紙を携え、そんなことを考えながら歩いていると、

突然、


目の前に真っ赤なポストが現れた。


……ほんとに、話をするだけで出てくるんだね。


ポスト。


こんなに暗いのに、はっきりわかるぐらい真っ赤。


一応、これでもうほとんど、わたしの目的は達成なんだけど。


どうする?続き、聞きたい?


あんまりおもしろい話でもないよ?


オチないし。


……そっか。


わかった。ここまで付き合ってくれたお礼もあるし。


じゃあ、続けるね。


目の前に真っ赤なポストが現れた彼は、直感的に、このポストが例の手紙の送り主のところへ繋がるんだろうと確信した。

しかし。

本当に、この手紙を送ってしまってもいいのだろうか。

既に「あけて」しまった彼だが、更に「あけさせて」しまうと、今度こそ何か、よくないことが起こるのではないか。

彼は迷った挙句、手紙を出すのはやめることにした。


それじゃあ帰ろうと、来た道を振り返ってみると。

顔の崩れたバケモノがいた。

素人の特殊メイクでも再現できるぐらい、安っぽい崩れ方をしたバケモノがそこに、立っていた。

バケモノは彼の行く道に立ち塞がり。

「あけさせてくれないの?」

と言った。

何かしてくる様子はない。

ただ、立ち尽くして、少し悲しげな顔で、彼に話しかけるだけ。


彼はそのバケモノを見た途端に、大きなため息をついた。

肩をすくめ、眼を細めて、額に手を当てた。

「そういうことかよ」

彼はここで初めて言葉を発した。


彼に悪いことは起こらなかった。

だから、あけちゃいけなかったんだよ。


彼はそのバケモノに向かってずんずんと歩き出した。

正面から当たりに行っても、彼とバケモノが衝突することはなかった。

バケモノの体をすり抜けた彼は、無事に自宅までたどり着き、家のポストを閉めた。


その日からも、変わらず手紙はやってくるのだった。

内容も変わらず、「あけさせて」という一文のみ。

一日一通、必ずポストに入っているそれを、彼は今でも受け取り続けている。


本来はここで終わる話だったんだけどね。


例の安っぽいバケモノは、既にわたしの目の前にやってきていた。

彼は結局、あけさせなかったけれど。

わたしは、あけさせてあげることにした。

開かない鍵を。


はい。これ。

ポストの中、入ってたよ。

あいつさ、家のポストを閉めるとき、中に入ってるこれに気付かなかったんだよ。

だから今、そのポストからこれが出てきたってわけ。

うん。君宛てだ。

鍵、かかってるね。あけられなくしようとしたのかな。

まあでも私、鍵持ってるからさ。貸したげる。


あけていいよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鍵開け話 過言 @kana_gon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ