未来がみたい
生きたいと思ったから此処に来ました。未来が見たいと…そう思ったから此処に来ました。けれど、私はどうやら死ぬみたいです。
誰もお見舞いにはこないこの閑散とした病室を私は今抜けようとしています。お医者樣が言うには延命か、自宅で過ごすかのどちらかしかないとのことです。
まるで、非力なか弱い物語の登場人物にでもなったかのように思いを巡らす。
強情だよね。私は…戦うも、守ることさえもできなかったのに…
選択肢など残されてはいなかった。余命1年…それが彼女に告げられたものだった。
死ぬとはこういう感覚なのだと否が応でも理解させられる。
それを斗架が知ったのは妹が倒れて暫く後のことだった。医者に諭され病院に来た斗架は妹(括弧仮)がそんなことを考えているとはつゆ知らず、長いことまともに話していないということを口実にして帰ろかとドアの前で立入ることを躊躇すらしていた。だが、勇気を出しドアを静かに開けるとそんな不純な気持ちは消え去った。ぼんやりと外の桜を見つめる妹の姿がそこにはあったのだ。ベッドに座り壁にもたれかかって布団に隠れたもものあたりに手を載せながら、表情を一切変えずベッドに座っている。色白な顔が透き通って見える程、とても寂しそうな、雰囲気を見て斗架もまた悲しい気持ちになった。
暫く黙っていると
「お、お兄ちゃん…」
と声をかけられる。始め真顔だった表情は斗架を見るやいなや緩み、満面の笑顔をこちらに向けた。笑窪まで出る程の笑顔。けれど、まじまじとみた莉愛の笑顔はどこか酷く苦しんでいるものに見えた。突然のお兄ちゃん呼びには少し動揺したがそんなことはどうでもよかった。それよりも笑顔の方が気になった。笑顔なんて全く見ていなかったから。
「う…うん、あの莉愛…」
「嬉しいなー、来てくれて」
背筋を伸ばす莉愛。それに対して言葉が出ない斗架。少しの沈黙が空間を包む。
「あのね…」
けれど、莉愛にとってはとても嬉しい出来事だったのには違いなくさっきの笑顔も心からのもので…
あぁもう、だからこそ話さなきゃ、何か言わなきゃという気持ちで焦っていた。
「…ごめんね、お兄ちゃん。こんなとここさせちゃって。うち…」
莉愛はもう訳なさそうに笑う。
「…いいよ。…」
「ハハ!」
沈黙を怖がってかリアは笑って見せる。
リアは笑みを崩さず下を向きしばしの沈黙の後、
「外に連れて行ってくれる」と呟いた。
花吹雪が舞う土手を車椅子を引きながらそぞろに男は歩く。
莉愛は車椅子の外を眺めながら思いにふける。
自分は年を取らないとそう思っていた。けれど無情にも時の流れというのは残酷にも誰かの意図なく過ぎていくようです。自分に何ができただろうか、何をしてるんだろうかと己の非力さが心にポッカリと穴を開ける。
男は花吹雪の舞い散るバージンロードを一歩一歩その足で噛みしめるように土手沿いを歩く。この雪の様に美しい景色が彼女への贈り物なのだと思いながら。車椅子を押し、歩くその姿はまるで演劇で最後に生き残った人が悲しげに過去を回顧しながら歩く喜劇のエピローグに相応しい。
「お兄ちゃん、ここ見たい。」
との莉愛の要望に斗架は足を止める。土手の下の様子を莉愛はまじまじと見つめている。莉愛は下の情景に魅入られていた。土手を降りた所では多くの人が賑わっている。子ども達もあれやこれやとはしゃいでいる。莉愛は感傷に浸りながらその様子を眺めていた。昔、お兄ちゃんと二人で遊んだ情景が浮かび上がったのだ。もう春か…と
舞い散る花びらを手に取り思いにふける。
私の居ない所でこれから物語は進むんだ。あの人達の未来に私は居ない。誰の記憶にも残らず私はいく。そんな風に思いながら、私はまたお兄ちゃんに押される。手に載った花びらを口で吹くとまたも思いをつらねた。
後悔なら沢山ある。それを選べなかった自分が悔しい。悔恨の情をもって回顧録を脳内で巡らせると目の奥がじんわりと熱くなり自然と涙が滲み出ていた。莉愛はそれを見せまいと服の袖で拭う。聞こえないようにしないと…と思って…
けれど、思いとは裏腹に涙は止まらなかった。一緒に居ることで思い出が蘇り、気持ちが抑えられなくなっていた。
せめて、お兄ちゃんともう一度ちゃんとお話したかったよぉと理想を思う。莉愛が斗架のことをお兄ちゃんと呼ぶのはアニメとかそういったものに憧れを持っていたからであった。
斗架もまた、思いに馳せる。これが最後かもしれないという思いがそれをさらに促す。何かになるわけでもなく、けれど、どこかで何かに帰結することを願い。虚しさを胸にただひたすらに車椅子を押した。
「莉愛、僕、や俺は何も…できな、い。けど…」
「ううん、全然。だって嬉しいんだもん。いつも遊んでたでしょ。」
莉愛は斗架を見る。
「変わらないよ。思い出は…だから、大丈夫。そばにいてくれてありがとねお兄ちゃん!」
うるった目が日の光で眩しいのを避けるように目を細め微笑む。
何も言えなかった。その優しい眼差しと言葉を聞いてかえって辛くなったから…そうだった莉愛はとても優しい子だった。
春風が優しく吹き、草木が揺れ、木漏れ日私達と彼岸花を照らしている。その中を二人は先へ先へと進み行く。
時の流れるままに暫く歩いていると、空はオレンジに色へと移り変わっていた。
時の移りゆく様は誰も止めることはできない。
土手沿いを歩き、病院に戻る最中、和太鼓の音が聞こえてきた。どうやら、お祭りをしているらしい。
「行ってみる?」
斗架は黙っていた口を開いた。普段は行かないのだが、心が行くべきだと言っている気がした。精神の異常かもしれない、けれどそれに従うことにした。ただ何もせずに暮らしている僕にとってはそれすらも禁忌の冒険に思えてしまうが妹にとっては禁忌どころの話ではない。斗架もまた、昔を思い出していたのだった。鳥居を潜り抜けると、さっきの和太鼓の音の源が見え、中には屋台やらが並び、多くの人で賑わいをみせていた。
莉愛はその様子を風景でも見るかのように見つめる。
「…何か買う?」
との斗架の問に対し莉愛は何かを買ったりする気分でも無かったので、首を振り、少し離れたところにある手水舎を注文した。お兄ちゃんに水をすくってもらい手を洗う。手に触れる水、それはとても冷たく少し心が落ち着いた。莉愛は目を瞑り、繊細な表情でそれを表す。記念にと莉愛は足にも水をかけてもらい、綺麗に拭いてもらった。その後、私達は境内に行きお参りをすることにした。意味などないことくらい分かっていたが、一応、病気平癒の祈願をしようと思ったのだ。礼法に則り、二礼二拍手一礼をし、目を閉じる。
斗架は祈った。不安など無い世界を・・・子どもの頃の他愛もない夢をまたも思い出す。
莉愛も祈る。
こんなどうでも良い人間だけど、生きたいとそう思ってしまいました。未来がみたいと思ってしまいました。…もう少し生きてみたいですと小さい手に力を込めてそう願う。
催事たけなわなりし頃、私とお兄ちゃんだけが静かに祈りを捧げていた。
「お兄ちゃん、大好きだよ。またね。」
その後に言われた言葉が頭から離れない。一瞬の心の静まりの中、彼女が僕に見せたとても悲しそうな目を忘れることはできない。何かを訴えるのを必死で耐えてるような瞳を僕は…決して忘れていけない。
歪んだ顔を直し
「莉愛、明日も行くよ。…莉愛、良かったら…」
と約束を交わした。
「うん」
やっぱり
僕はこの世界が嫌いだ。…
困るんです。お兄ちゃんが苦しそうで堪らなく困るんです。…
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