13.僕が言わなくても
「俺んちの風呂、三人で入らね?」
「あー、いいね!」
翔太の家の風呂に入ることになったのだが、翔太が何やら変なことを言い出し、なぜか晴もそれに同調した。
「は、はあ⁉ 流石に狭すぎない⁉」
とかツッコみながら、俺は顔を赤らめる。昨日は銭湯だったから何とか入れたが、人んちの風呂で三人で裸になって入るとか、流石に恥ずい……。そもそも俺、裸の付き合いとかそういうのあんまり好きじゃないし……。
「え、三人くらい入れるでしょ」
翔太がけろっと言う。そういうことじゃなくて……。
俺が言いづらそうにしているのを察したのか、翔太は晴の方を向いて言った。
「じゃあ俺たち二人で入るか‼」
「おう、そうだな‼」
「どうしてそうなった⁉」
まあ、晴と翔太の二人で入るんなら、別にいいか……。
+++
「りゅうくんって、昔になんかあったの? 」
パスタブの縁に肘を預け、僕は横で湯船に浸かっている翔太に訊いた。午前の隆太の重苦しい顔が、心の中でずっと引っかかっていた。
「あー、りゅうくんから聞いてないか。ま、そりゃ話したくはないか」
翔太の方を向くと、翔太は天井を見上げ、今まで見てきたどの表情よりも違う真剣な表情を一瞬だけ僕に見せた。
「もちろん、りゅうくんは転校が多かったことは知ってるよね?」
「うん」
「それで、りゅうくんって大勢の人とつるんだりするのが苦手でさ、大勢の人に注目されて心が疲れたりとか、色々あって。ある時りゅうくんが図書室で恐竜図鑑借りてるの見て、話しかけたらめっちゃ優しいしカッコいい奴でさ、そっから友達になったんだよね」
翔太の優しいトーンが、一気に重たいものへと変わる。
「中学に入って、りゅうくん、俺と一緒に野球部入りたいって言ったんだよね。今までそんな感じしなくてびっくりしたんだけどさ、りゅうくんがやりたいならって思って一緒に入部したんだよね」
翔太が、忘れていたかのように少し息を吸った。
「でも実際、部の雰囲気に馴染めなかった。馴れ馴れしい先輩に怯えたり、口の悪い友達の言葉一個一個に傷ついたりとかさ。りゅうくん頭いいから、野球自体はそこまでできなかったわけじゃなかったんだけどね。その場の雰囲気一個で、りゅうくんから笑顔が消えちゃってさ、俺、りゅうくんと相談して、退部したらって提案したんだけど、顧問の先生にバリバリに怒られて、逃げられなかったんだよね。お前はそんな壁も乗り越えずに逃げるのか、って、なんかずれた事を言われちゃって。りゅうくんの言葉一つも聞いてくれなくて、その先生、クラスの担任でもあったから、余計に学校の生活が苦しくなって。最終的にその年で青森に転校が決まって、自動的に部活から逃れることはできたんだけどね……」
僕の嫌いな人間関係のいざこざが、頭の中で繰り広げられて、その中にりゅうくんを当てはめて、僕はその想像を振り払った。
「りゅうくん、そのことが今でもトラウマなんだと思う。だから、あの顧問の先生が辞めた後だったとしても、今日学校に行くのが嫌だったんだろうね」
昨日と今日で、見てきた仙台の景色が、ただの景色から誰かの生活の景色へと変わっていく。他人のものだった景色が、他人事じゃなくなっていく。誰からも他人である僕は、その感触があまり好きではなかった。それでも、りゅうくんが一体どんな気持ちでこの地を訪れたのか想像してしまう僕がいた。
部屋に戻るとベッドに背中を預けてスマホを弄っているりゅうくんがいた。りゅうくんは俺をジト目で見上げる。
「なんでボクサーパンツ一丁なの……」
「着替え持ってくるの忘れたから」
と言って、僕はりゅうくんのバッグに入れていた服をがさごそと探り始める。
「翔太君は?」
「トイレ行ってるよ」
なんだか、りゅうくんの過去を知ってから、会話がぎこちない……。
なにか、言うべきだろうか。
「りゅうくん……」
「ん、何?」
りゅうくんの顔が、見えない。
「今日の事、あんま気にしなくていいからね」
それは、僕じゃなくて、翔太が言うべき言葉じゃないか。少なくとも、僕が言わなくても、状況は何も変わらない。
「うん、ありがと」
服を取り出してりゅうくんの方を振り返ると、りゅうくんは優しい笑みでそう言った。
今日で、このお泊り会も終了だ。
りゅうくんがどうして、何のために旅をしているのかはまだよくわからないけど、僕はりゅうくんのことをもっと知りたいと思った。
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