ノアと私の崩壊世界

きびだんご先生

【零】物語の終わりで

「ごめんね。どうか幸せになってね」


手紙に書き殴られたその一言が全てだった。暗い一日がまた始まる。

あぁ、全てが終わってしまった。そうだ。………終わったんだ。

思考は巡れど実感は湧かない。鏡の前で、虚ろな目の下にできた酷いクマを見る。


「……はは…これは、なかなかキてますね」


朝食も取らないまま薄暗い基地の廊下を壁伝いに歩き、いつものように皆に挨拶をする。しかし、挨拶は返ってこない。

閑静な部屋を通り過ぎると、本日やるべき事を思い出す。


「あぁ…皆さんの容態を確認しないと」


一つ目の部屋に入ると、ラストは静かにベッドの上で枕を抱きしめ蹲っている。


「……あぁ、来たのか」


私の姿を確認すると、深く被ったフードを揺らしより一層枕を握る力を強める。……仕方の無い事だ。

横にある机を覗くと、"死者の蘇生"などと書かれた、文字通りの机上の空論がそこにはあった。


「砂上の楼閣、とでも言いたげな顔だな。……そうだな。その通りだ。……実に…!」


ギリ…と歯ぎしりをしながら顔を歪ませるラスト。どうすることも出来ずに私はしばらくラストに寄り添い抱き寄せる。


「そうか……時間か。終わりなのか。だがなノア…私を…憐れむなよぉ……!」


感情の板挟みの中で震える彼女は、ひとしきり泣いた後静かになった。私は静かにラストをベッドに寝かせると、部屋を出て次の場所へと向かう。


______________________________________


ナツは静かにベッドで横になり、布団を深く被っていた。

心労が祟ってか、ほとんど寝ている生活をしている様だ。もう居ないスタッフの話によるとたまに起きては「私は……ごめんなさい」などと呟いているらしい。


「……貴方も、同じでしたね」


今更ながら気付いてしまった。

きっとナツも、求めていたのだ。自身の運命からの解放と、あの人との幸福を。それは終ぞ訪れなかったが…。

静かに眠り込むナツ。綺麗な和服は長年の戦闘により所々ほつれていた。可憐な少女である彼女にはこの現実は辛すぎるのだろう。無理もない。


「ノア……終わっちゃったのね」


「……そうですね。もうラストは寝てます。ナツさん…次は貴方です」


「そう。良かった」


そうして私は光の無いナツの目を閉じさせる。

私は暗い部屋を出る時、静かに横たわるナツを一瞥する。


「……この現実でも、少しは救われた事を祈ります」


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最後はノーマンさんだ。偉丈夫でオールバックの髪が目立つ。組織内唯一とも言える程に精神的に成熟した大人の男性だ。


「……あぁ、ノアか」


部屋に入るや否や、暗闇に満ちた部屋の奥からカチッと音がして、ライターの灯りと共に美男子の面影を残す顔が現れる。いつもとは比較にならない程に低い声が暗い部屋に満ちる。


「ノーマンさん。大丈夫ですか?」


そう聞くと、ノーマンは酷く納得したような顔をする。


「……あぁ、そうかい。すまん……手間をかけるな」


「……いえ」


ノーマンからの謝罪に、私はそう返すしかなかった。

こういう時に、なんと言えばいいのか。教わっていなかった。励ましなど、とうに特効を失っている。


「その…ノア。残念だったが、アイツ…リーダーが死んだのは、お前のせいじゃないさ」


その言葉に、私は自身の血の気が引く感触を覚えた。ある種、暴言よりもそれは深く私の心を抉る。しかし、それで良かった。ノーマンの精一杯の励ましだ。


「もう"送り出し"は済んだのか?」


ノーマンはそう私に問いかける。震えの中で私は精一杯に己の言葉を紡ぐ。


「……はい。きっと、もう始まっている頃です」


「…はっ、そうかい。なら大丈夫だろうな」


「……ノーマンさんはっ!」


「分かってるだろ?聞くのは野暮ってもんだ」


ラルークが私の言葉を遮るように応える。

物語の顛末など、賢いこの人には分かっているのだろう。すぐ横のテーブルに置かれたライターの火に照らされた拳銃がその証拠だ。

ならば何も言うことは無い。……言えない。


「ごめんなさい…ありがとうございました。では、良いひと時を」


涙で潤んだ視界は、自身の精神状態を暗示していた。私は静かに部屋を立ち去った。


「…あぁ〜あ。全く、困った奴だぜ。クッソ、こんな命でも惜しんじまうじゃねぇか」


酒のグラスを勢い良く飲み干し、今となっては泡沫となった己の記憶を思う。ライターの火は弱々しくも煌々と自身を照らす。


「酒かぁ……まぁ、アイツとの約束は果たせなかったが、それでも俺はアイツらが大好きだぜ」


そう静かに呟くと、ノーマンはライターの火を消した。


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一つだけ決めていることがある。

私が"最後"だ。私はこの世界の顛末を知る義務がある。始まりとして、終わりとして。

そうして、誰も居なくなったダウンの司令室を見る。

あぁ、一人でも大丈夫だ。絶対にあの人が居るから。居ないけれど。


あの人の席。


先生。大好きな先生。

あの人の前では、私は笑う。笑える。先生が全てだったから。死んでしまったけど。

そうして私はその席の隣、私の定位置であった席に座る。そうして横を笑顔で見る。誰も居ないのに!

薄暗い部屋の中。きっと私は狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って狂って!!

頼りになる貴方。居ないのに!あぁ、まったくおかしいの!笑ってしまいます!

私は目の前の人に一言呟くのだ。そんな人もう居ないのに!


「それでも貴方は私の希望でしたよ。先生。おやすみなさい」


笑いながら、銃口を私の頭に向けて引く。無機質な空間に響くと、力無くあの人の椅子の手すりにもたれ掛かる。

あぁ、私はよくやれたでしょうか?


……?


これは結末。我々が迎えるであろうたった一つの結末。その万ある道の中の一つだ。

嗚呼……だから、気にしないで。


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