異世界"Jホラー"

棺桶六

第1話 黒い巻物

 またかよ、自警団にはさっきも話しただろうが。

 管轄が違う? 自警団じゃなくて近衛兵? 分かったよ、ぞろぞろと来やがって……。それで何を聞きたい? 一から? カンベンしてくれよ、こっちの境遇知ってんだろ。俺は、家族を……。


 名前はオルト、職業ジョブはシーフ……盗賊っていやぁカッコは付くが、やってることはこそ泥だ。とっくにギルドからも見放されてる、お前ら……いや、自警団の世話になったことも一度や二度じゃない。これでも忍び足ヒドゥンウォークの熟練度はなかなかのもんだったんだ、昔は「灰影のオルト」って、ちょいと有名だったんだが……こそ泥が有名になってどうすんだって? うるせぇ、ほっとけ。

 しかし最近は視覚強化サイトを発動できるクリップなんてもんが流通しちまって、こっちは商売になりゃしねぇ。おまけに酒の勢いで、田舎から出てきたつまんねぇ給仕婦とデキちまって、そいつの実家の牧場でも継ぐかって考えていた頃だった。相棒で悪漢ローグのダフが妙な噂を聞きつけてきたんだ、首都プロンテラの下町に"異邦人ゲスト"がいて、そいつが異物アーティファクトを隠し持ってる、って……。


 あんたらも知ってるだろ。異邦人、マレビト、転生者……。「ここではないどこか、今ではないいつか」から流れ着いた、厄介者達。そいつらが異世界から持ち込んだ、この世界の法則と乖離した異物。まぁ大抵は異物にすらなれねぇガラクタだが……知ってるだろ? 「ライター」とか大層な名前を付けた異物一つで陛下に謁見を求めた、異邦人の笑い話。そんなモン火打ち石か火矢ファアボルトの魔術で事足りるってのに、調子に乗って大口叩いて、しまいにゃ一生幽閉塔暮らし……話が脱線してる? せっかちな野郎だなぁ。


 とにかくダフの野郎が、その異物をいただいちまおうって話を持ち掛けてきた。まぁ俺も田舎に引っ込む前に小遣い稼ぎでもしていくかと思って、その話に乗ったんだよ――。



「おい、まだ見つかんねぇのか」

「焦るんじゃねぇよ。後はこの辺りに……おっ」

 下町のガキに小銭を掴ませて異邦人に「アンタを探している人がいる」と呼びに行かせ、異邦人が出かけているうちにそいつの部屋を漁る。バカでもできる仕事だ。俺は焦るダフを見張りに立たせて部屋を漁っていた。

 異邦人と一口に言っても、こっちに来てからの振る舞い方は人それぞれだ。才能を発揮して成り上がるヤツ、調子に乗って絞首刑台に上がるヤツ、そして……見知らぬ世界で孤独に生きるヤツ。この異邦人は三つ目だ。紹介状がなくてもできる日雇い仕事で食いつなぎながら、誰とも関わらず一人孤独に生きる。そういうヤツはバカみたいに部屋が散らかっているか、物がほとんどないかの二択なんだが、ヤツは前者だった。たいていは異物でもなんでもないゴミやら何やらだったが……ベッドの下でそれを見つけた時、一目で分かった。こいつの中身が異物だ、しかもガラクタなんかじゃねぇ。にヤバいブツだってな。

 ベッドの下にあったそれ――黒一色の革製で、兵隊の背嚢に似ていたがまるでガキの背丈に合わせたように小さかった――を、俺は机の上のゴミをどかし、慎重に置いた。

「そいつか!?」

「あぁ、間違いねぇ」

 粗末な鍵をピッキングで解除し、背嚢を開く。中身は――

「あぁ? こいつは……巻物スクロールか?」

 ダフが訝しむ声を上げた。中身は巻物だが……ヤツがそういうのも無理はねぇ。巻物はスキルの発動や習得ラーニングに使うモンだが、その巻物は真っ黒だった。染めたのでも、元からそういう紙を使ったのでもねぇ。まるで中からドス黒い何かが浮き上がってくるかのように。俺が躊躇っていると、ダフが先に巻物へ手をかけた。

「売っ払う前に一度中身を拝んでおこうぜ、上手くいけば俺たちも異世界産のレアなスキルを習得できるかも――」

 そう言いながら巻物を解いたダフだったが、開いた瞬間その顔が固まった。何が書いてあるのか、俺からは死角になって見えない。だがダフの顔は何を見たのかみるみるうちに歪んでいき――


「何やってんだ、お前らッ!」


 その時だった。いつの間にか部屋の主である異邦人――ボロボロの服を纏った爺だった――が戸口に立っていた。見張り役だったダフの野郎が巻物なんか見ているから気付けなかったんだ。俺は文句を言おうとダフを見やると、あいつの動きは一瞬だった。爺の後ろを取ると背後からの一撃バックスタブ――背中に致命の一撃を加える、悪漢の必殺スキルだ――で爺にマインゴーシュを突き立てた。

「馬鹿野郎、何も殺すことは――」

「ふざけんじゃねぇ!」

 俺の声はダフの罵声にかき消された。だがその言葉は俺ではなく、血まみれで床に倒れた爺に向けられていた。

「テメェ、何てものを持ち込みやがった……!」

 ダフは爺に巻物を突き付けたが、爺は視界に入れるのも嫌だというふうに顔を逸らす。

「見た瞬間に頭へ流れ込んできやがったぞ、何だよこれは――髪を解く女、訳の分からん文字、灰色の人間たち、頭から布を被った男、それと……井戸」

 井戸、という最後の二文字を耳にして、爺が飛び上がるように震えた。

「盗掘除けの呪いどころじゃねぇ、これは……この巻物は何だ? 何を知っている⁉」

「最初は……ビデオテープだったんだ」

 息も絶え絶えの爺は、絞り出すような声でそう言った。

「ビデオ、テープ?」

「僕が元々いた世界の巻物みたいなものだ、磁気で……、映像を記録する媒体だよ。見ると7日後に死ぬ、呪いのビデオテープ。

 僕はそのビデオテープを見てしまい、お母さんとお父さんが呪いを解いてくれたはずだったんだが……ビデオテープを見てから七日目。母さんの運転する車に乗っていると、いつの間にか隣に"あいつ"が座っていた。それで僕は死に……気付けばこの世界にいた」

 ビデオだとかクルマだとか、時折訳の分からない単語が出てきたが、おおよそは理解できた。異邦人は異世界で死ぬと、時折この世界へ転生するそうだ。今のは爺が転生するきっかけとなった経緯のことだろう。

「そして、僕はあのビデオテープが入ったランドセルを背負っていた。おじいちゃんが処分してくれたはずなのに、僕はあのビデオテープを持ったままこの世界に来ていたんだ。でもランドセルからビデオテープを取り出したら……その巻物の形に変化した。まるで溶けるように黒いぐずぐずになった後、次の瞬間最初からその形だったみたいに……」

「クソがッ!」

 ダフが足元の本の束を蹴り上げる。部屋にばらばらと頁が飛び散った。

「お前ら異邦人はいつもそうだ! 余計なことばかりしてくれやがって、俺たちの世界をゴミ箱か何かだと思ってんのか⁉」

 ダフは爺の胸倉を掴むと、無理矢理引きずり起こす。

「おい、手荒な真似は――」

「うるせェ! おい、どうすればいい? どうやったらこの呪いを――」

「知らないよ……知っていれば、僕が元の世界で死なずに済んだんだ」

「畜生ッ!」

 ダフは爺の体を離すと巻物を投げ捨て、荒々しい足音とともに部屋を立ち去った。残されたのは俺と死にかけの爺のみ。俺はダフが捨てていった巻物を、中身を見ないよう慎重に巻き戻す。爺は俺を恨めしそうに見上げていたが、死ぬのは時間の問題だった。

「おい、あんた名前は?」

「名前……?」

「その傷じゃ助からねぇ。無縁墓に葬られるにしても、名簿に書く名前は必要だろうが」

 爺は躊躇っていたが、観念したのか「アサカワ、ヨウイチ」と声を絞り出す。そしてごぼりと血の塊を吐き、「お母さん」と言い残し――死んだ。


 ダフの部屋を訪れたのは、それから5日後のことだ。

 巻物の購入先を探してはみたものの、普段ならモロク遺跡で見つけた盗掘品だろうが問答無用で買い取る古物商でさえ、巻物を一目見た瞬間俺を追い返しやがった。俺でさえヤバい代物だって分かるんだ、コイツが金になるどころかとんでもねぇ厄介物だと理解したんだろう。

 知っている古物商を片っ端から当たったが同じような対応をされ、しまいにゃあ用心棒を呼ばれてフクロにされるところだった。しょうがねぇからプロンテラ大聖堂に放り込んでこようかと思ったところで、すぐ近くにダフが根城にする安宿「ホーン・リバー亭」がダフがあったことに気が付く。

 訝しむ宿の親父を無視して俺は勝手に2階へ上がり、ダフがいる突き当りの部屋の前に立つ。

「おい、ダフ……入るぞ」

 返事はない。ドアを押すと、鍵はかかっていないらしくギィギィと音を立ててわずかに開いた。ドアを開き、西日が射しこむ部屋の隅に、ダフはいた。頭からシーツを被って震えるその姿は間違いなくダフだったが……まるであのアサカワってジジイと同じくらいに老けて見えた。

 あいつだっていっぱしの悪漢だ、ギルドの攻城戦で雇われた時は調子に乗っている魔術師ウィザード達を血祭りに上げたこともある。そのダフが、まるで世捨て人のようにやつれて震えていたんだ。

「なんだよ、シケた面しやがって……。"返り血のダフ"が形無しじゃねぇか」

 普段なら俺がちょっとからかうとマインゴーシュを抜いて凄む野郎だったが、その言葉に何の反応も見せなかった。差し入れの密造酒を差し出しても一切反応せず、虚空を見つめて震えている。

 だが、俺の懐にあの巻物を見つけた途端。まるで犬みたいな悲鳴を上げやがった。

「そいつを見せるんじゃねぇ! さっさと巻物を持って、どこへなりと行ってくれ!」

「何をビビってんだ、巻物の呪いか? あんなもん聖職者プリーストにでも喜捨をくれてやって、解呪ディスペルしてもらえば――」


 その時だった。


 どばん、と。水を含んだ革袋を叩きつけるような音で、俺の話は中断された。振り返るとダフの安宿のヤニで黄ばんだ硝子窓に、鳩が。止まっているのではない、まるで見えない破城槌に叩きつけらたかのように翼を広げたまま潰れ、べっとりとした血を垂れ流している。

「……とっくにしてもらったさ。馴染みの破戒僧、紹介してもらったドルイド、最後は賄賂を積んでプロンテラ大聖堂の聖職者にも……でも、駄目なんだ」

 その時俺は、部屋に入ってから一度もダフが部屋の隅を見ないようにしていると気が付いた。部屋で一番光が当たらない、ぼんやりとした暗がりが染み付いてしまったような、部屋の角。

「おい、なんでを見ながらねぇ。まるで何か――」

「言うな!」

 俺の口を塞ごうと手を伸ばしたダフだったが、急に立ち上がったからか足がもつれて床に倒れ込んだ。その無様な姿に、"返り血のダフ"の面影はもうどこにも見当たらない。

「巻物を見た日から、あいつが――あの女が、どんどん近付いて来るんだ。最初は通りの向こうにいたのが、次の日は窓の外、そして廊下の隅……今朝からはずっと部屋の中に」

「そんなヤツ、どこにも――」

「いるんだよ、見えねぇのかこのボンクラがッ! そんなだからお前は肝心な時にヘマをしやがる、いつも俺の足を引っ張って! あの時だってお前が先に巻物を見とけばこんなことには……!」

 床に這いつくばり、俺への呪詛を延々と垂れ流す男。もう俺の知っているダフはどこにもいないのだと、ようやく理解した。

「……分かったよ、もう今日は帰る。だけどまだ何も死ぬって決まった訳じゃねぇだろ? あの爺がただのハッタリかましただけだって」

 俺の言葉に、もうダフは何の反応も返さない。ただ床に顔を伏せてガタガタと震えるだけだった。仕方なく部屋を後にしたが……鳩の血が塗りたくられた窓から差し込む西日に照らされた、部屋の隅。扉が閉じる寸前、そこに白いボロ布のような服を纏った女の姿を見たのは、俺の気のせいだろうか。



 ――これが、俺が最後に見た生きているダフの姿だ。


 2日後にアイツの部屋へ行った時、ちょうどダフはだった。かけられていた埋葬布シュラウドがちらっとはがれて死に顔を覗いちまったが……今思い返してもブルっちまう。一体何を見ればあんな形相で死んじまうんだろうな、近衛さんは見たか? アイツの顔。

 見てない? あぁ、そいつは幸運だな。俺は死ぬまで忘れられそうにない。


 でも、これで分かってくれただろう? 確かにあのアサカワって爺さんの死体を放置しちまったのは悪かったけれど、刺し殺したのは俺じゃあない。ダフの野郎だって、死んだのはあの巻物の呪いのせいだ。俺には何の落ち度も――


 あ? ……何だよ、もうそこまで調べがついてんのか。……分かったよ、分かりました。仰る通りですよ。


 義父オヤジの……嫁の親父に巻物を見せたのは、俺だ。幸運の巻物だ、つってな。「田舎の風習で、婿入りする時は家長にこの巻物を見せなきゃいけない」って適当にでっち上げたら、すぐに引っかかってくれたよ。


 理由?


 決まってんだろ、たまたま田舎娘の給仕婦が孕みやがったからって、なんで俺があんなケチ臭ぇ牧場を継がなきゃなんねぇんだ。冗談じゃねぇ。俺は「灰影のオルト」だぞ? 牛糞にまみれて日銭を稼いで、子供や孫に囲まれたまま寿命を終えるなんて真っ平ご免だね。

 相続しちまえばこっちのもんだ、義父が死ねば娘や義母ババァを言いくるめて、牛も農場も売り払って。金を持ってトンズラよ。それを元手に首都で商売を始めるのもいいし、船を買って港町アルベルタで海運業を始めるのもいいな。モロクで盗賊ギルドを立ち上げるってのも悪くねぇ。


 ……そう思ってたんだが。あのアマ、気付きやがったんだ。そろそろ死んだ頃合いだろうと義父の様子を見に行った時。すげぇ顔して死んでた義父の横に落ちてたっていう黒い巻物を俺に突き付けて、「お父さんにコレを読ませたんでしょう」「コレのせいで、お父さんは死んだんじゃないの」って……。

 知らねぇってシラを切っていたら、あの娘……何を考えてんだか、。何を? あの巻物の中身だよ。ふざけやがって、カッとなってダフの家からガメてきたマインゴーシュでブッ刺してやった。見物だったぜ、自分の吐いた血で溺れるあの娘の面は。親父と似たり寄ったりなひでぇ死に顔だったよ。


 でもあの娘、俺が巻物に呪い殺されるって死ぬまで信じてたんだろうな。ハハッ、笑えるよ。

 俺はな、あのアサカワの爺さんが死ぬ直前に聞いてんだよ。無縁墓に葬る手間賃代わりとでも思ったのかな? 老人には親切にしとくもんだぜ、まぁ死体はほったらかしたんだが。

 爺さんから聞いた、呪いを解く方法。教えてやろうか?

 簡単だよ、書き写して誰かに見せればいいんだ。それだけで呪いはヨソへ行く。あぁ? なんでダフに教えなかったのかって? 当たり前だよ。うぜぇんだよ、アイツ。"返り血のダフ"だか何だか知らねぇが、上位ギルドに雇われた一山幾らの木っ端魔術師を殺したくらいでイキがりやがって。一人じゃ盗みもできねぇ癖して、仕事の時はいつもリーダー面。危ねぇ橋は俺に渡らせやがる。だから丁度良かったんだよ、あの野郎。本当は死ぬところを拝んでやりたかったが、夢見が悪そうだからやめておいてよかったよ。


 さぁ、近衛さんよ。俺がダフ達の死因と何の関係もないのは分かっただろ? 義父だって確かに俺が巻物を見せたせいだが……知ってんだろ? 異物はこの世界の法則と乖離しているから、犯罪が立証できねぇ。俺はお咎めなしだ。さっさとこの独房から……何? 娘を刺し殺した件?


 いや、だってあれは正当防衛だろ。俺に巻物を見せやがったんだぞ? 殺されたって文句は……、確かに巻物での犯罪は立証できねぇって、俺が言ったよ。言ったけどさ。でも。


 ……頼むよ、近衛さん。少し、ほんの少しだけでいいんだ。何も一日二日待ってくれって訳じゃねぇ。ここを出て、巻物を書き写して、下町の立ちんぼにでも金を掴ませてさ。写した巻物を見せれば、すぐ帰ってくる。本当だ、信じてくれよ。俺は「灰影のオルト」だ、下らない嘘はつかねえよ。何だったらアンタに袖の下を用意したっていい。義父の財産はまだ手に入れてないがが、あの家を漁って見つけたヘソクリくらいならそれなりにまとまった分があるんだ。それをアンタにやるよ! 全部だ、全部! だから、俺をここから出してくれよ!


 ちょっと待ってくれ、どこに行くんだよ! まだ話は終わってねぇだろ⁉ なぁ、行かないでくれ、頼むよ! 俺をここから出してくれ……こんな独房は嫌だ! 昨日から、ずっと近くでが見てくるんだよ! おい、行くな! 俺を、こいつと二人っきりにしないでくれよ――!



 その翌日。

 自警団員が独房を見回った時、「灰影のオルト」が死んでいるのを発見した。目立った外傷はなし。魔術による影響も見られず、死因はよくある自然死だということで片付けられた。


 だが、彼の死に顔を見た団員はそれから数日ろくに眠れぬ夜を過ごした。死の直前に一体何を見たのか、オルトの顔はこの世のものとは思えぬほど歪んでいたという。


 なお、自警団が彼の部屋や所持品のどこを探しても――"黒い巻物"とやらは見当たらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る