だから私、ついていくよ

百乃若鶏

第1話

 カラオケは娯楽であろうか?答えは否。これは戦争だ。


僕の目の前にはこのような光景が広がっている。同じサークルでよく気の知れた友人の小垣、中岡。小垣はいわゆる陽キャで友人やバイト仲間、ましてや教授とも仲が良い。中岡は小垣の陰に隠れがちで気が付きにくいが世渡りが上手い。程よい距離感を保ちみんなからの評価は高い。そして金井さん、閑谷さん、鵜飼さん。彼女らは学内でもいつもよくいる仲良しグループというやつだ。特に鵜飼さん。僕は彼女に惚れている。端正な顔立ち、控えめなはにかむような笑顔を見るたびに心がざわついてしまう。それ知ってのことか活発的な小垣の提案により同じ学部という共通点からこのような会が開かれた。カラオケはその二次会で寄ったというわけだ。


酒の次は音で楽しむという娯楽に溺れる大学生という典型的な構図となってる。しかし、ここで単に娯楽に興じるつもりはない。鵜飼さんとの距離を縮めることが今回の最大の目標だ。一次会の居酒屋では僕の心中を知っている小垣と中岡はそれぞれ金井さん、閑谷さんの好きな方にフォーカスをし仲を深めていた。肝心の僕はアルコールを摂取しようとも緊張がほどけることはなく鵜飼さんと仲良くなれずにいた。だからこそここで決め切るのだ。


カラオケは日常にあるので気が付かないがかなり異質な空間である。そこでは合法的に自己顕示をすることができる。例えば流行り物の曲で上手な歌唱で歌いきる。そうすることで自分自身を流行りに敏感でありセンスもある、なおかつ歌が上手いとなる。こうすることで否が応でも誰の目にもよく映るのだ。


そんなことを考えていると小垣が一曲目を歌い終わっていた。今年ヒットした映画の主題歌を歌いきる姿はさながら陽キャのお手本のようなチョイスと美声であった。

流れで次は女性陣から閑谷さんがマイクを握った。伸びのあるしなやか声で少し古いが誰しもが知っている名曲を歌っている。流行り物と同じくらいに盛り上がる選曲であった。


『87点!素晴らしい歌声ですね!テクニックを磨くことであなたらしい歌い方に仕上がるかもしれません!』という何回も見たことある当たり障りのない分析結果を横目に自分の歌う曲を入れた。


これなら、外さない。今、流行りのシティーポップアーティストの曲だ。流行った、みんな知っている、テンポが速いとカラオケで盛り上がらないはずのない選曲をした。我ながら完璧だ。姿勢を正し、腹に力を籠め声の出やすい状態にする。さあ、始まる!そう思ったとき割り込み予約でこれから流れると思っていた曲とはまったく違うものが流れた。


誰だ・・・?カラオケの調和は乱す奴は・・・


ぐるっと一周見渡すと鵜飼さんがマイクを持っていた。


ワンツースリーホォー!!!!


チューチュー ラブリー ムニムニ ムラムラ

プリンプリン ボロン ヌルル レロレロ

あの娘ロックンロール♪ パンスト引っ剥がしてBURRN!!



え・・・マキシマムザホルモン・・・?


止まらない鵜飼さん。


ビニール ビニール ビニール ビニール ビニール ビニール Sex

アルミ アルミ アルミ アルミ アルミ(←ある意味ロック)


嘘でしょ・・・デスボもできるの・・・?


その姿に呆気を取られた。だけど、こちらには目もくれずに歌い続ける。


チューチュー ラブリー ムニムニ ムラムラッ!!!!


五分ほどの大熱唱を終えた鵜飼さんの顔はとてもすっきりしていた。


「う、鵜飼さん、?」と聞きたいこともまとまらないまま尋ねるように名前を呼んでしまった。


「好きな曲を歌うのが一番気持ちが良いよね」


と微笑みかけられた。好きだ。この人が、この人の考え方もだ


僕はタッチパネルを手に取り、曲の予約を終わらせた。


モテない、ダサいと思って必死に押し殺していた僕の中の香ばしいオタクの部分。


マイクをぎゅっと握り一言

「それでは聞いてください、God knows」

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だから私、ついていくよ 百乃若鶏 @husenobunsy0

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