13曲目 青音レコはマスターの妄想に少し引く

 レコは真剣な眼差しでディスプレイを追い、耳に集中しているようだ。


 俺はというと、彼女が先ほどまで座っていた座布団に正座し、聴き終わるのを固唾を飲んで待っているところである。


 曲は三分弱。


 三分待てばいいだけの話。


「…………」


 壁掛け時計の秒針の音がいやに耳に入る。


 あれ、こんなに三分て長かったっけ。


 初めての感覚。人に曲を聴いてもらうってこんなに緊張するんだ、アンドロイドだけど。




「ふう」


 ヘッドホンを外し、回転椅子をくるりと回す。俺へ視線を向けた。彼女の瞳の色は変わらず青い。


 背筋を伸ばして、両手を膝につく。


「ど、どうだった?」


「そうですね……私は音楽的知識をインターネットで仕入れているだけなので専門家のような精密な感想を言うことはできませんが、」


 口に溜まる唾液を無理に飲み込む。


「良かったと思います」


「本当か!?」


「ただ、」


 レコは息を吸った。アンドロイドにはいらない所作であるはずなのに、わざと話に区切りをつけるように。


「私がこれまでに聴かせていただいたどの曲にも劣ります。ただ一点を除いて、あらゆる技術的箇所で負けています」


「…………そうだよな」


 弾んだ心拍数が一気に落ち着いた。


 よく分かっていたことだ、燦然と輝く彼らの曲には努力も才能も時間もお金も技術も詰まっている。


 はなから勝てると――勝るとも劣らない曲を作れるだなんて思っちゃいなかった。


 言ってしまえば昨日今日始めたインディーズがメジャーデビューして数年経つアーティストくらいクオリティの高い曲を作れるか、という話。


 よく分かっていたことなんだ、でも、


「こんなに悔しいのか」


 奥歯を潰さんばかりに強く噛む。


 俺だって全てを尽くした。生半可な気持ちで取り組んじゃいないが、届かないと思えば思うほどふつふつと怒りに近い感情が湧き立つ。


 怒り――苛立ちにも近い『やってやろうじゃねえか!』というモチベーション。


「『ただ一点を除いて』です。マスターのコエカに対する熱は誰にも負けていません」


「それはお前が俺のバックボーンを知って初めて分かることだろ」


「いいえ。十分伝わります」


 普段は表情豊かな癖に、こういうときだけアンドロイドらしいすまし顔しやがって。


 それだけ真剣だってことか。


「俺は、『努力して才能もあって時間もかけてお金も有り余ってて技術さえ卓越する』連中に食らいつかなきゃいけないんだ」


 動画投稿サイトでは、インディーもメジャーも等しく扱われる。おかげで度々発掘された楽曲が急激に人気になることもあるのだが、ふつうは『全てを持っている』コエカPと同様に扱われることを意味する。


 メジャーたちの作った曲で耳も目も肥えたリスナーたちを唸らせねばならない。


 頑張ったで賞も残念で賞も存在しない、少しもぬるくない世界。


「やってやろうじゃねえか!」


「まずは歌詞を考えないと始まりませんがね」


「出鼻をくじくようなこと言いやがって」


「どんな歌詞にしたいとかないんですか?」


「青春っぽいというか爽快感のあるレコの歌声に似合う曲にしたいなとは思ってるよ」


「ふんわりしてますね」


「うっせえわ」


「『青春とは、人生の春。おおよそ学生の期間を差し、希望や理想に胸を膨らませ、成功と失敗を幾度も繰り返す時期』」


 指先を顎にあてて、まるで文章を読むかのようにそらで話し始める。


「以上が青春の意味です。歌詞作りの一助になるかと思いまして」


「そんな意味だったんだ……青春ってニュアンスで捉えてたから、改めて言語化されると変な気分だな」


「マスターはどのような意味だと思っていたのですか?」


「…………ちょっと考えるね」


 「お役に立てて何よりです」一礼したレコは微笑みをたたえて回転椅子から離れる。


 尻から太ももにかけてじんわりと残る彼女の温かみを感じながら、メモソフトを見つめる。


 

 俺の思う青春の意味とは……。


「『眩しい日差しに熱せられたプールサイドを「熱い熱い」と騒ぎながら、てらてら輝く炭酸水のようなプールに飛び込む。水しぶきを上げて頭までつかり、続いてそっと入った君は「冷たいね」と白い歯を見せる』みたいな感じかなあ」


「一息でそこまで妄想を言えるのちょっと引きますね」


「他人の青春に引くな。でもこういう経験をしたかって言うと全くの無縁だったなあ……そのプールを教室から眺めてたタイプの学生だった。浮いた話の一つも無かったし、いや無くていいし、俺にはコエカがあるし、恋愛とかしたいとか全然思わないし、」


「ちょっとー?本題から逸れてますよ」


 おっと。根暗スイッチが入っていたか。


「『一般の青春』の解像度が低いから、自分の青春について書くしかない。コエカをこよなく愛し、溜めたお小遣いでライブに行くが物販で物を買えるほどの金は無く、好きなコエカPの新譜が出れば買い、良いと思った曲を全然コエカ分からない友達に布教してぐおおおおおおおおおおおお!?」


「何ですか!?き、急に叫ばないでくださいよ!!」


 椅子から転げ落ちそうになりながら息を整える。


 危なかった……黒歴史の記憶を発掘しかけて発狂寸前だった。


「とにかく、俺の青春はコエカだ。機材をある程度揃えて、楽器も勉強して、曲も作って、青音レコを買ったと思ったら……青音レコが来やがった」


「注文通りですね」


「アンドロイドを注文した覚えはない。今も青春真っ只中だとしたら、今日の出来事も青春と言えなくもない……?」


 買い物に行ってカラオケに行って、楽しくなかった、と言うと嘘になる。


「そうか…………そうなのか!これが俺の青春なんだ!!」


 『大好きなコエカがある日突然家にやってくる』なんて黒歴史時代幾度も考えた妄想が現実となっている。


 『好きな女の子とプールで遊ぶ』なんて現実じみた妄想よりもずっとリアリティのある歌詞が書ける気がする。


 これを歌詞にすればいいのか。なんで気付かなかったんだろう!


「よく恥ずかしげもなくそんな台詞言えますね」


 途端にフレーズが頭に浮かんでくる。気泡の如く生まれては消えてゆく言葉を逃さないようキーボードを叩いて、叩いて、叩いて――

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