11曲目 青音レコはマスターを竿役と罵倒する
調教とは、
コエカに歌詞を打ち込んだところで棒読みで持ち上げるだけだ。
そこで音程をつけ、歌らしくする。音程以外にもイントネーションや発音、発声、声質等様々な要素を調節していくことを差す。
歌声を『人の声』に近づけること、でもある。
「普通はパソコンでパラメータなりを操作するらしいんだけど」
目の前におわすのはソフトウェアの青音レコではなく、触れることさえできてしまう実存の青音レコなのだ。
「ひゅうにはんでふか」
柔らかいほっぺたをむにむにしていると抗議の声が漏れる。
「ごめんごめん」
「嫌というわけではなく。もっと触っていいんですよ、ほらもっともっと」
「ごめんなさいもうしません」
「本当に触っていいのに」唇を尖らせ呟く声を無視して、『調教』に話を戻す。
「レコが歌を上手くなるには調教が不可欠!でもその調教の仕方が分からん!何か知ってる?」
「知ってます!お尻をできるだけ強く叩いて蔑んだ目で見られながら侮蔑の言葉を沢山言われたら良い声で鳴く、」
そっと彼女の口にマイクを突っ込む。
「も、もごもご」
口腔内の音が大きく聞こえ、顔を真っ赤にして叫んだ。
「ちゃんとえっちな方を答えるんじゃない!」
「ぷはあ。ジョークですよ、アンドロイドジョーク。そんなに怒らなくたっていいじゃないですか」
「で、知ってるのか」
彼女は肩を竦めて首を振る。
ドクター何某からそういう説明をされていてもおかしくないとは思ったが……。
「調教方法が分からないとなると手詰まりだぞ」
「マスターが調教っていっぱい言ってるとなんだかドキドキしますね」
「茶化すな。お前のことなんだからな、調教できないならソフトウェアの方を使うしか、」
レコは俊敏な動作で俺の胴に手を回し、強い力で抱きしめる。
「捨てないでええええええ!!!」
びしゃびしゃに泣きながら声を上ずらせる。Tシャツに涙と涎の跡がついて、抱きしめる力は徐々に強まり、
「冗談だよ、ヒューマン冗談だ……だから冗談だって、おい、ちょっ、力強い!強すぎる!死んじゃう!可也さんのお腹と背中がくっついちゃう!!」
「捨てないでえええええええええええええええええええええええ!!!!」
「捨てない!捨てない!捨てない!離せ!!離せえええええええ!!!!」
◇
「すみません。ついカッとなって」
「発言が殺害後の自供なんだよ」
自家用車を持ち上げられるゴリラ的剛腕の魔の手から離れ、Tシャツをあおいで嫌な汗を乾かす。
「レコ。ドーって言ってみて」
「ドー」
「次レーって」
「レー」
「音も合わせてみて。レー」
「れ、レー」
彼女は正確に俺の音を模倣する――音階の概念が全くない訳じゃない。ただ自分で合わせる機能がないんだ。
『ぴーぷる』の歌詞の一節を抜き取り、歌い上げる。
続いてレコに真似させる。一単語一単語の音を調節し、息遣いやイントネーションを教えた。
最後に何も言わずにレコに歌ってもらう。
「『ぴーぷる。単純な人間たち。ぴーぷる。スタートとゴールはみんな同じ。あと何回笑えるんでしょう?』」
「マスター!」
瞳の色は――見るまでもなく、彼女の表情は嬉々として、ソファの上で何度もぴょんぴょん跳ねている。
「うん。できてる。よく頑張ったね!」
はしゃぐ彼女を見ていると俺も嬉しくなる。
これで調教の方法は確立できた。もっと簡単な方法があるかもしれないが、今は地道に練習するしかない。
「にしても、」
こんな練習をせずにできてしまった『ひよりみず』は一体どういうことなのだろう。やけにリアルな幻視もしてしまったし。
あの曲が特別だったのか、それとも……。
「まあ考えてもしょうがないか!残りの調教も張り切って行こう!」
「はい!……残り?」
「歌詞の一節が歌えただけだからね。残り三十節くらいかな」
「き、今日はこのくらいにしておきませんか?あれ歌うだけで結構疲れたんですけど」
扉のノブへ腕を伸ばしたレコの胴を抱く。
振り返った彼女の顔と瞳は深い青色だ。
「どこへ行こうというのかね?」
「ちょっとお手洗いに」
「アンドロイドにトイレなんか必要ないよな?フリータイムにしたからまだたっぷり時間はあるぞう!」
「アンドロイド虐待反対!アーティストの喉が潰れたらどうするつもりですか!?」
「お前はまだ一曲も出してないだろ」
俺は頑として扉の外に出さぬよう踏ん張り、レコは魔の手から逃れんと暴れ出す。
「青音レコは五万曲以上歌った最強ボーカルですよ!!」
「じゃあ四五時間歌っても潰れる喉じゃねえよ!おら調教してやる!!」
「マスターが竿役みたいなこと言ってるよお!怖いよお!」
「竿役って言うな!?!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます