第111話 エストンとポロイス

 剣と防具を片付けて、すっかり遅くなった帰り道をアルマークとトルクは無言で歩いていた。

 一度、アルマークが話しかけたが、トルクが鼻を鳴らしただけで返事もしなかったので、それからは二人ともずっと無言だった。

 本当なら今日はウェンディと帰れた筈なのにな、などとアルマークは未練がましく考える。

 どこで間違えたんだろう。なんで隣にいるのがトルクなんだろう。

 何の会話もないまま、寮までもう少しのところまで来ると、突然トルクが舌打ちした。

「嫌なやつらがいやがる」

「え?」

 二人の行く手に、寮の明かりに照らされて、二人の少年が立っているのが見えた。

「誰だ? 見たことのない顔だ」

「お前は知らねえだろう。3組の奴らだ」

 トルクが答える。

「へえ、3組の」

 アルマークの言葉が聞こえたようで、二人が振り返る。

「やあ、トルクじゃないか」

 そのうちの一人がトルクを見てそう声を上げた。

「こんな遅くまで何の練習だい? まさか武術大会の?」

「お前に関係あるのか、エストン」

 トルクがぶっきらぼうに答える。

「お前らこそこんなところで何をしている」

 エストンと呼ばれた少年が笑う。大柄なトルクと並んでもひけをとらない体躯をしている。

「僕らはここで立ち話をしていただけさ。なあ、ポロイス」

「ああ」

 もう一人の少年が頷く。こちらも、大きい。

 そうか、こいつらが。アルマークは思う。

「寮はがやがやとうるさくて。落ち着かないからここで話をね」

「そうかよ」

 そう言いながら通り過ぎようとするトルクを、エストンが呼び止める。

「聞いたよ。2組はウォリスが武術大会に出られないんだって? かわいそうに」

 面倒そうに舌打ちしてトルクが立ち止まる。

「それがなんだよ」

「だって、君のクラスのめぼしい男子ってウォリスと君くらいだろ? ウォリスが出ないなら貴族の男子はもう君しかいないじゃないか。勝負にならないよ。残念だけど」

 エストンは気の毒そうにトルクを見た。

「平民クラスに行ってしまうと大変だね。しなくてもいい苦労をする」

「大きなお世話だ」

 トルクが答える。

「こちらも多少は手加減して君たちの顔を立ててあげたいところだけど、貴賓席の目もあるからね。悪いけど……」

 エストンはにこりと笑う。

「全力で勝たせてもらうよ。全敗したからって泣かないでくれよ」

 その言葉に、ポロイスがぷっと吹き出す。

「そういえば、今のトルクのクラスにはよく泣く女がいたな。あれ、なんて名前だったかな」

「ポロイス、僕に聞くな」

 エストンが笑いながら応じる。

「平民の名前なんていちいち覚えてるわけないだろ」

「何の話か知らねえが」

 トルクは二人のやり取りに割り込んで言った。

「手加減する必要はねえ。ウォリスは出ねえが、こいつが出る。ウォリスよりも強いかもしれねえぞ」

 そう言って、隣のアルマークを顎で示す。

 エストンとポロイスは、そこで初めてアルマークの存在に気が付いたように彼をちらりと見た。

「ああ。隣にいたのは、いつもの君のお付きのなんとかってのじゃないのか」

 エストンが言い、ポロイスが笑う。

「三人目か四人目の付き人だろ。平民クラスにいるんだから、付き人のなり手には事欠かない」

「アルマークだ」

 アルマークは口を挟んだ。

「僕の名前は、アルマーク。今年の春に転入してきたから、知らないと思うけど。今度の大会にも出るよ。よろしく」

「トルク」

 そのアルマークの言葉が聞こえていないかのように、エストンはトルクに話しかける。

「君も貴族の端くれなら、付き合う相手は考えた方がいい。付き人にするにももう少しましな平民がいるだろう」

 はっ、とトルクは笑った。

「こいつは別に俺についてきてる訳じゃねえ。今日だって俺からこいつに練習を申し込んだんだ」

 エストンとポロイスは、顔を見合わせて眉をしかめる。

「トルク……」

 エストンが気の毒そうに言う。

「君は変わってしまったな。学院の中ではそれで良いかもしれないが、外の世界は厳しい。そんなことではとてもやっていけないぞ」

「余計なお世話だ」

 トルクは首を振る。

「お前らに心配してもらう筋合いはねえ。お前らが外の世界を知ってるってのか」

「まあ、それもそうか。確かに君の家は……おっと」

 エストンの言葉に、トルクが一瞬殺気だった雰囲気を見せたので、エストンはおどけた仕草で口を押さえた。

「失礼。これは本人の前ではしてはいけない話だったかな」

 トルクは舌打ちして、唾を吐いた。

「相手にする価値もねえ。行くぞ、アルマーク」

「一年のときに君たちと同じクラスだった……」

 アルマークはトルクに構わず、二人に声をかける。

「ノリシュって女の子を覚えてるかい?」

 二人はまた顔を見合わせる。アルマークの顔は見ようとしない。そういうところは徹底しているようだ。

「さあ。名前だけじゃ分からないな」

 エストンが二人を代表して、そっけなく答えた。

「そう。ありがとう」

 アルマークの言葉に二人は何の反応も示さない。

「アルマーク」

 トルクが苛立った声を上げる。

「ああ、ごめんトルク。行こう」

 アルマークはトルクと並んで、二人の横を通りすぎた。

「武術大会、楽しみにしてるよ。トルク」

 エストンの声に、トルクが振り返って、うるせえ、と怒鳴り返す。そこにポロイスの笑い声が混じった。

 しばらく歩いたところで、トルクが舌打ちする。

「わざと待ってやがったな。いつ会っても不愉快な奴らだ」

「面白い連中だね」

 アルマークは言った。

「あ?」

 トルクはアルマークの顔を見る。

「お前、何を笑ってるんだ」

「うん、ちょっとね」

 アルマークははぐらかす。

 エストンとポロイスを見ているうちに、アルマークはいつかの父の言葉を自然と思い出していた。



 傭兵団の雇い主の貴族たちも賢い人間ばかりではない。

 中にはずいぶんな無茶を言う者もいるし、そもそも傭兵を人間だとも思っていないような輩もいる。

 そういう貴族との交渉に赴くと、時折、父は笑いながら帰って来た。

 ある時、アルマークがその理由を尋ねると、父は時たま見せる酷薄な笑みを浮かべて、こう答えた。

「アルマーク、俺は今から楽しみでしょうがねえんだよ。こっちの顔を見もしねえで、人を名前もない野良犬みたいに扱いやがったあの連中が、次に会うときに、媚びた笑みを浮かべて恐る恐る俺の名前を呼ぶざまを見るのがよ」

 父はアルマークの頭を撫でて、団長のテントに歩き出しながら、おどけたように付け加える。

「さあて、そのためにも今日も命を懸けて戦わねえとな」

 アルマークには、その父の背中が何だか怖くもあり、頼もしくもあった。



「ネルソンも言ってたけど、僕も燃えてきたよ。どうせ戦うなら気に食わないやつらのほうがいい」

 アルマークが不敵に笑うのを見て、トルクも薄く笑う。

「あんな連中にいちいち本気で腹を立ててたら貴族なんて務まらねえが」

 ちらりと後ろを振り返る。

「あいつらにいささか同情するぜ。お前のそんな笑顔を見るとな」

「勝とう。トルク」

 アルマークがトルクを見て握り拳を作る。

「よせ。俺の相手はそもそも1組だ」

 トルクが苦笑する。

 二人の姿は並んで寮の中へと消えていく。


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