第100話 休暇の終わり
休暇も終わりに近付き、徐々に寮に帰ってくる学生が増えてきた。寮は少しずつ、休暇前の賑やかさを取り戻しつつあった。
しかしそれは、休暇の間ずっと寮に残っていた学生にとっては、のんびりした休暇の終わりを告げる、どこか寂しい賑やかさでもあった。
まだ休暇が終わるまであと3日あったが、ネルソンが帰って来た。
「おう、二人とも元気だったかよ!!」
真っ黒に日焼けしたネルソンは、寮の前にいたアルマークたちを見るなり大きな声をあげて手を振った。
「お帰り、ネルソン。君こそ元気そうだ」
アルマークが笑顔で応える。
「まあな。毎日暇さえありゃ剣を振ってたぜ」
ネルソンはそう言って快活に笑う。
「いい休みだったよ。充実してたな」
「それはよかった」
「お前らもウェンディのお屋敷行ったんだろ? どうだった?」
「楽しかったよ、とっても。ね、アルマーク」
モーゲンが言い、アルマークも頷く。
「うん。行ってよかったな」
「そりゃよかった。寮にずっといたんじゃさすがに息が詰まっちまうからな」
ネルソンはそう言うと、荷物を乱暴に地面に置く。
「そういうわけでよ、アルマーク。俺は夏の特訓の成果を試したくて、うずうずしてるわけだ」
言いながら荷物を漁り、布で包んだ練習用の剣を取り出す。
「お前にどこまで近付けたか、試させろ、アルマーク!」
「ずいぶんいきなりだな。まずは部屋に荷物置いてきたらどうだい」
「休みの間中、お前がトルクを吹っ飛ばした技をイメージして練習してたんだ。ようやく実物のお前を目の前にしたら、もう我慢できねえよ」
ネルソンはやる気満々だ。
しかしアルマークは首を振る。
「付き合ってやりたいけど、ダメだ」
「え? なんでだよ」
「だって僕は君と違って剣を持ってない」
「えぇ? なんか棒っきれとかないのかよ」
ネルソンがあからさまにがっかりした顔で言う。
「あ、アルマーク。あれ使ったら? この間マイアさんからもらった棒っきれ」
モーゲンが口を挟む。
「あ、そうか。あれがあったか」
「え、お前らマイアさんから棒っきれもらったの? 何やってたんだよ、休みの間……」
「まあ、ちょっとねー」
モーゲンがにこにこしながらそう答える。
アルマークは自分の部屋に置いていた木の棒を持ってきた。
相変わらず、使い馴染んだ長剣と同じように手にしっくりと馴染む。
「よし、じゃあやろうか」
モーゲンが見守る中、二人は武術の稽古を始める。
ネルソンの打ち込みを、アルマークは棒で捌く。
練習してきたというだけあって、なかなか鋭い打ち込みだ。
最初の武術の授業で手合わせした時の、トルクの打ち込みと同じくらいの速さがある。
「ほんとにやってきたんだな、ネルソン。いい打ち込みだ」
アルマークの言葉に、ネルソンはニヤリと笑う。
「まだまだ! こんなもんじゃねえぜ!」
ネルソンが打ち込みの速度をさらに上げる。
アルマークはそれを余裕を持って捌くが、確かに努力のあとが窺える。
ネルソンの打ち込みを捌いているうちに、アルマークは自分が剣を握りたての頃、打ち込みをしあった幼馴染みの顔を思い出していた。
懐かしいな。
アルマークの脳裏に浮かぶのは、斧の名手ゲイザックの息子、ガルバ。
「アルマーク、勝負だ!」
と言って毎日勝負を挑みに来たものだ。
毎回、勝つのはほとんどアルマークだったが、ガルバは決して負けを認めず、二人は毎日木の棒で打ち合っていた。
それを二人の隣で楽しそうに見ていた妹分のメリー。
「アルマークお兄ちゃん、頑張れ」
メリーの応援に、ガルバは膨れっ面で
「メリーはえこひいきするなよ」
とよく言っていた。
二人はどうしているだろう。
ガルバはもう戦場に出たのだろうか。
黒狼の一騎として戦場を駆けているのだろうか。
「いてっ」
そんなことを考えているうちに、アルマークは無意識に木の棒でネルソンの胸を突いてしまっていた。
ネルソンの声で我に返る。
「あ、ごめん。大丈夫かネルソン」
胸を押さえてうずくまったネルソンに慌てて声をかける。
「大丈夫だ。でも、くっそー、やっぱつええな」
ネルソンは悔しそうな顔で言う。
幸い大したことはなさそうだ。アルマークはほっとした。
「やっぱり防具がないと危ないな。もう今日はやめにしよう」
「頂はまだ遠いぜ……」
ネルソンが首を振って呟く。
「そりゃアルマークにはかなわないよ」
モーゲンが訳知り顔で頷く。と、
「あ」
「ん?」
モーゲンが突然アルマークたちの後ろを見て固まった。二人もつられて振り返る。
荷物を持って、寮の方に近付いてくる人影がいた。
「レイラ」
アルマークが呟く。
たった一人で、足早に寮に向かって歩いてくるのは、レイラだった。
「げ」
とネルソン。
「俺と同じ船だったのか。なんでこんな早く帰ってきやがった」
「怖い……僕の休みは終わった」
とモーゲン。
レイラは寮の前まで来ると、そこにいる三人を一瞥し、そのまま中へ入っていこうとする。
「お帰り、レイラ」
アルマークが声をかけると、レイラは足を止める。
アルマークたちをじろりと見やり、
「あなたたち、休暇中ずっと寮に残ってたの?」
と呆れたように尋ねてきた。
「僕とモーゲンはね。ネルソンはさっき帰ってきたところ」
「ふぅん……」
興味無さそうにそう答え、レイラは寮に入っていこうとする。
「今日はなんだか嬉しそうだね」
アルマークのその言葉に、レイラは眉をひそめて振り返った。
「は?」
その険しい表情に、モーゲンがアルマークの後ろで小さくなる。
「休暇の初日に庭園で会ったじゃないか。あの時はほんとに君は憂鬱そうだった。でも今は嬉しそうだ」
レイラは、アルマークの顔を、珍しいものを見るような目で、無遠慮に眺めた。
しばらくそうしたあと、アルマークの表情が変わらないのを見て、ふっと目をそらす。
「……そりゃね」
レイラはどこか遠くを見るような目で言った。
「……ここは自由だもの」
その顔にごくわずか、寂しそうな表情が入り混じる。それが、以前アルマークに険しい顔で、私には時間がない、と言った彼女の姿と重なる。
「今、クラスで寮にいるのは僕ら三人だけなんだ」
アルマークは言った。
「せっかくだから、今日の晩御飯、一緒に食べようよ」
後ろでネルソンとモーゲンが声にならない叫びを上げる。
レイラはもう一度、不思議そうにアルマークの顔をまじまじと見た。
「……別にいいけど」
アルマークの背後で、ネルソンの、うぇっ!? という声がした。
「あなたって変わった人ね」
レイラはにこりともせずにそう言って、今度こそ、寮に入っていった。
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