第75話 決着
アルマークとギザルテはそれぞれの剣を構えて向かい合う。
お互いの剣が届く距離まで、まだ遥かに遠い間合いなのに、そこで止まり、それ以上の距離を詰めない。
その理由は、ギザルテには明らかだ。
お互い、それより近づけば危険だと分かっているからだ。
ギザルテの剣技の真骨頂はその踏み込みの速さにある。
ゆっくりと間合いの外ぎりぎりまで歩み寄ってから、一瞬で最高速に加速。相手の懐に飛び込みながら斬りつける。
アルマークの剣技の特徴は、その見切りにあるとギザルテは見ている。先程の戦いでも見せられたように、相手の攻撃を見切ってぎりぎりでかわすことにより、その後の反撃を恐ろしく滑らかにする。
これ以上アルマークが近付いてギザルテの間合いになれば、ギザルテは踏み込みでその間合いを一瞬でゼロにできる。
逆にギザルテが自らこれ以上近付けば、アルマークも同時に踏み込んできて、ギザルテの踏み込み速度が生かせないうちに攻撃を受けてしまう。
それぞれの得意とする間合いは微妙に違うが、どちらも相手をその間合いに入れまいと、じりじりと距離を測り合う。
お互いに決定打はなかなかない。
しばらく、無言の距離の測り合いが続く。
しかし、長期戦になればギザルテに不利になることは明白だった。
部下は既に全滅し、増援はない。
逆にアルマークには少なくともあの得体の知れない魔術師の味方がいるのだ。
こいつの相手をしながら、魔術師の相手はさすがに無理だ。
ギザルテは冷静に判断する。
ならば、こんな悠長なことはしていられない。
戦い方を変えるしかない。
……いくか。
ずい、とギザルテが間合いを越えた。
今までの繊細な距離の測り合いが何だったのかと思うほどの無遠慮な距離の詰めかた。
アルマークの間合いに自らの身を晒す。
アルマークがすかさず踏み込んで一刀を浴びせてくるが、突然のギザルテの前進に、わずかに一瞬の間があった。
甘い。
ギザルテは後ろに飛びずさった。
距離をとったそこは、そう。
俺の距離だ。
ギザルテは一気に踏み込んだ。
アルマークからすれば、ギザルテが後ろに引いたと思った瞬間にはもう懐に飛び込まれていたように感じたはずだ。
駆け引きは俺の方が上だ。
もらった。
凄まじい速度の斬擊がギザルテの右手から放たれる。先程のデランの旋風のような斧の斬擊を遥かに超える速さだ。
勝利を確信したその一撃は、しかし甲高い金属音とともに阻まれた。
「なっ」
思わず声が出る。アルマークの長剣がぎりぎりでギザルテの剣を防いでいた。
間合いが詰まり、お互いの息がかかる距離にいた。
ギザルテはアルマークの顔の表情筋の一本一本、皮膚に生える産毛まではっきりと見ることが出来た。
刹那、アルマークと目が合う。
次の瞬間には、二人は互いに飛びずさり、間合いをとっていた。
アルマークの目を見て、ギザルテには分かった。
こいつは一切、臆していない。
その目には、怒りも、恐れの色もなかった。
しかし、デランのように純粋に戦いを愉しんでいるのかといえば、それとも違う。
あの目は、まるで、そう……
突然、今度はアルマークが無遠慮に踏み込んできた。
ギザルテの反応がわずかに遅れる。
強烈な斬擊をかろうじて受け止める。
受けた、と思った瞬間にはアルマークの剣は跳ねるように動き、ギザルテの首を狙っていた。それをぎりぎりでかわすと、今度は別の角度から肩を狙う斬擊が飛んできた。
調子に乗るな。
それを剣で受けながら、距離を詰めて体を激しくぶつける。
大人と子供の体格差。
アルマークはたまらず後方に弾き飛ばされた。
それで転びでもすればまだ可愛げがあるものの、アルマークはすぐに体勢を立て直す。
その口から血は流れているが、目の光は一切失われていない。
ギザルテは出しかけた追撃の一刀を引っ込めて再び間合いをとる。
「かわいくねぇガキだ」
思わず、そんな言葉が口をついて出る。
アルマークは、先程までと同じ、なんとも不思議な目をしたまま、じりじりと間合いを詰めてくる。
くそが。
ギザルテは心の中で毒づく。
生き残るってのは、本当に骨が折れる作業だ。
毎日当たり前に生きてるこっちの連中には分かるまい。
ギザルテは自分の体に残った力を総動員する。
冷静なままではダメだ。
本能に任せる部分は任せなければ、反応が追い付かない。
「ガキが!」
叫びながら、一気に距離を詰める。今度のタイミングは完璧だった。アルマークの懐に入り込みながら、その首筋に必殺の斬擊を浴びせる。
勝った。
そう確信した斬擊を、またもアルマークが受け止める。今度はさっきよりもしっかりと。
「なんで受けるんだよ、てめぇはぁ!!」
叫びながら飛びずさる。
「さっき、学んだ」
アルマークの言葉にギザルテは目を見開く。
アルマークが一気に間合いを詰めてきた。踏み込みが、速い。
第一撃と第二擊は、かろうじて受けた。第三擊は、自分でも受けられない予感があった。
それほど、アルマークの斬擊は強烈だった。
深々と胸を切り裂かれたギザルテは、そこでようやく思い至った。
自分にはそんな経験がないので、すぐには考えがそこに至らなかったのだ。
戦いが始まってからの、アルマークのギザルテを見る目は。
そうだ。
あれは、まるで。
まるで、授業を受ける学生のようだった。
こいつにとっては、俺も……。
ギザルテは先程のアルマークの言葉を思い出す。
『傭兵ギザルテ。僕は敬意を持ってあんたを倒す』
傭兵を学ぶ、生きた教材だったってわけだ。
アルマークの返しの斬擊がさらにギザルテを切り刻む。
行けよ、天才剣士。
ギザルテは思った。
どんなに強かろうが、才能に恵まれていようが、お前が歩むのは所詮は修羅の道だ。
最後の瞬間、ギザルテは自分が笑っているのを感じた。
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