第74話 銀髑髏

 地上に落ちたギザルテは植え込みに突っ込んだのが幸いして、たいした怪我を負わずにすんだ。

「くそが」

 毒づいて植え込みから転がり出ると、素早く立ち上がる。身体はまだ問題なく動く。

 剣を腰の鞘に収め、左手で少女の首を持ち直す。

 おそらくデランたちはダメだろう。部下は全滅した。

 だが、目的は果たした。

 部下はまた集めればいい。あとは撤退するだけだ。

 屋敷の塀に目を向け、二三歩走り出したところで、初めて左手の違和感に気付く。

 持っていた少女の首が、いつの間にか割れた花瓶に変わっていた。

「ばかな」

 呆然とするギザルテの目の前に、アルマークが飛び降りてきた。

 綺麗に着地し、ギザルテに向き直る。

「あとはお前だけだ」

 アルマークが言うが、ギザルテにはそんな分かりきったことはどうでも良かった。

「ガキ、何をしやがった」

 醜く歪んだ銀髑髏の怒りの表情を、アルマークは無表情で見返す。

「殺させるわけないだろ、あの子をお前らなんかに」

 その言葉に、ギザルテは自分が全て、この子供の掌の上で踊らされていたことに気付く。

「やりやがったな」

 ギザルテは花瓶をアルマークの足元に投げ捨てた。

 石畳で割れた花瓶の破片が飛び散るが、アルマークは避けようともしない。

「お前ら親子は俺にとっては疫病神だ。くそみてぇな親子だ」

 言いながら、北で流布された戯れ歌を思い出す。

「……黒狼ジェルスに気を付けろ。影に一本牙がある……」

「父さんのことだ」

 アルマークが言う。

 精強を誇る黒狼騎兵団。

 その主力を率いる団長ジェルスの影にはいつも、強力な別動隊を率いる副官レイズの存在があった。

「レイズにも一本隠し牙があったな」

 ギザルテは言った。

 訝しげな顔をするアルマークを顎でしゃくってみせる。

「お前のことだよ」

 末恐ろしいガキがいたもんだ。

 首が偽物と気付いた瞬間は頭に血が上ったが、ギザルテは既に冷静な計算を始めていた。

 今から再度、目的の令嬢を殺しに行くことは不可能だ。

 本物がどこに隠れているのか分からないし、このガキ以外に得体の知れない魔術師のガキもいる。

 この依頼は失敗だ。

 俺はまた選択を誤ったのだ。

 しかし。

 ギザルテは思う。

 それは別に、死とイコールではない。

「……俺を逃がす気はねえんだろ?」

「投降する気はないんだろ?」

 逆に聞き返してくる。

「ない」

「なら逃がすことはできない。あの子の不安は取り除く」

「……なら、お前の命は俺にとって奪うべき命だ」

 ギザルテは、腰の剣を抜き放った。

 何よりも優先すべきは自分の命。このガキを殺さなければそれを守ることは出来ない。

「推し通るぜ」

「“銀髑髏”ギザルテ。相手に不足はないよ」

 アルマークの言葉に、ギザルテは違和感を覚える。

「俺は名乗ってねぇぞ」

 デランのような戦士気取りとは違う。敵に自分の通り名を名乗ったりはしない。

「なぜ、俺の名を」

「知ってるさ」

 アルマークは答える。

「北の傭兵なら大概あんたの名は知ってる。僕も父さんから寝物語に聞かされたよ、あんたたち鮮血傭兵団の悪行を」

「はっ」

 ギザルテは苦笑した。

「悪行か。そんなこったろうと思ったぜ」

「でも父さんはあんたのことを認めてたよ。戦士としては最低でも、傭兵としては一流だって」

 アルマークの言葉は、聞き方によっては皮肉としか受け取れないが、その口調には真摯な響きがあった。

「だから、傭兵ギザルテ。僕は敬意を持ってあんたを倒す」

「こりゃあどうも、光栄だね……」

 ギザルテは頭を掻いて苦笑した。

 実に下らない。

 ギザルテとは全く相容れない考え方。

 しかしこの信じがたい才能を持つ少年に真剣な顔でそう言われることに、不思議と悪い気はしなかった。

「それじゃ、死ぬ前にしっかり目に焼き付けな。北の傭兵、“銀髑髏”ギザルテの絶技をな」

 ギザルテがゆっくりと一歩踏み出し、アルマークがそれに合わせるように長剣を構えた。





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