第二章

第27話 変化

 モーゲンなどは、翌日からトルクの態度ががらっと変わるのでは、と期待していたが、翌日以降もトルクの態度に目に見えた変化はなかった。

 相変わらずの横柄な態度、乱暴な言動。

 しかし、その日以来、トルクが「平民」「野蛮人」という類の言葉を使うことはなかった。

 トルクは自らのプライドに懸けて、約束を守っている、とアルマークは思った。

 しかしそれにしても、ウォリスはもともと(アルマーク以外の)みんなに親切だし、レイラは貴族だろうと平民だろうと親しく付き合おうとはしない。ウェンディはその逆にもとから誰とでも仲良くする。

 トルクが少しおとなしくなっただけで、クラスの雰囲気はあまり変わっていないのではないか。

 アルマークはそんなことをウェンディに話したこともあったが、ウェンディは首を振った。

「それは違うよ」

 ウェンディは言ったものだ。

「アルマークが、あの日みんなに勇気を与えてくれたの。あの日からみんな萎縮しなくなったもの」

 そう言われてみれば、トルクの暴言に対し、たまにネルソンが「うるせえぞトルク」と言い返したりするようになった。

 トルクの取り巻きの二人、ガレインとデグも、たまにトルク以外と話している姿を見かけるようになった。

「それならよかった」

 アルマークはそう答えておいた。

 ウェンディが喜んでくれているなら、別にこちらから言うことはない。

 それよりも、目下、アルマークの頭を悩ませているのは、やはり魔法についてだった。

 既にアルマークの入学から一月以上が経っていた。

 しかしあの日以来、アルマークは魔法を使っていない。

 イルミス先生の授業では相変わらず一人だけ瞑想。

 いわゆる座学、たとえば歴史上の人物の名前や治癒術などで使う植物の名前とその組合せなど、覚えればすむことは、アルマークは同級生たちも驚きの早さで身につけていった。

 しかし、こと魔法の実践ということになると、アルマークは同級生どころか初等部二年生にも遥かに劣る有り様であった。

 アルマーク自身、魔術実践の授業の時には一年生に混じって瞑想の訓練をしていたいと考えるほどなのだ。

 一度、本当にフィーア先生に相談し、一年生のクラスで瞑想してみたことがある。しかし、明らかに年上の学生が入ることで、気が散ってしまい、ただでさえ不安定な一年生の瞑想が崩れる、と一年生の先生から次回以降の参加を断られてしまった。

 とにかく今は瞑想を続けて、自分の中の魔力を練るしかない。

 アルマークはそう覚悟を決めて、毎日を過ごしている。

 その日も遅くまで瞑想の訓練をし、アルマークは寮への道を急いでいた。

 季節は徐々に夏に近づいており、日によってはローブの中の服が汗だくになることもある。

 北生まれのアルマークにとって南の夏は少々きついが、日が長くなっているのはありがたい。訓練の時間が確保できる。

 とはいえ、あんまりのんびりしているとマイアさんに夕食を片付けられてしまう。急がねば。

 と、その時、道の向こうから誰かが小走りで駆けてくるのが見えた。手に持ったランプの灯がゆらゆらと揺れている。

「……リルティ?」

 アルマークはすぐにそれに気付いた。

 華奢な体で走ってくるのは確かにリルティだ。

「リルティ、どうしたんだ」

 アルマークが声を掛けると、リルティはびくり、と足を止めたがすぐにほっとした表情を見せた。

「あ、アルマーク」

「こんな暗くなってから校舎に何か用があるのか?」

「……校舎じゃなくて」

 リルティは小さな声で言いよどんだ。

「校舎じゃなくて? だって後はこの先には」

 初等部の校舎以外には、森しかない。中等部や高等部の校舎や寮は方向が違うし、用があるとも思えない。

 リルティは固い表情で言った。

「……森に」

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