怪奇連盟譚
奥村 葵
第一章 ペンション怪異
第1話 怪奇連盟
第一話 怪奇連盟
噂や怪談、都市伝説。世界中どの地に赴いても、この手の話題は必ず存在する。そしてそれは、信仰や畏怖の対象となり、姿を見せずして、人々に影響を与える。
しかし、人の持つ想像力、恐怖心は時としてこの世の理を越え、それらの話を現実のものへと昇華させ『怪異』として実体化させることがある。
その被害を食い止めるべく組織された『怪異対策奇縁機関連盟』、通称『怪奇連盟』と呼ばれるものがあった。
機関員のほとんどは生まれつき怪異への耐性を持った人間で、中には極稀少な
彼らはこの世界の正しい死を守るために、理不尽に死を突きつける怪異を排除するべく、暗躍していた。
◆◆◆
「さてと……そろそろ見えてくるかな」
山を登る男女二人がいた。男の方は、ジーンズに黒パーカーを着用し、そのフードを深々と被っている。そのフードの内側からでもわかる伸びっぱなしの髪は左目を覆い隠しており、もともと暗いであろう表情をより暗くしてしまい、決して活発な印象を持たせない。
女の方はさらに奇妙なもので、黄色が目立つ着物、二尺袖を着用していた。透き通った茶色の髪は腰まで伸びており、後ろ髪だけを後頭部で結んで一本にまとめて下ろしている。丸い瞳はやんわりと垂れていて、物腰柔らかい性格を思わせる雰囲気だ。
ただ、ともにほとんど手ぶらなのか、手には何も持っておらず、男の方が中身が入っていないように平たいリュックを背負っているだけで、明らかに登山が目的ではない。
「話によれば、この辺りのペンションにて怪異発生と……」
「ふわああ、流石に疲れましたよ……修一さん、まだですか?」
「いいや……ほら、やっと見えてきた。ただ……話以上に禍々しいな」
二人の視界に入ったのは、ペンションと呼ぶには無理がある程、腐敗と崩壊が進んだ建物だった。木材で出来た柵や扉、壁や床などは既に腐っていたり、へし折れて崩れていたりと、好き放題に荒んでいる。
そして、その瓦礫の奥、部屋があったであろう場所は、動けるだけの空間が残ったままらしい。そこに、異様に首が長く、これまた異様な長さの四肢をぶら下げた、細い体をした長髪の怪異がいるのが見えた。
ゆらり、ゆらりと首と髪を揺らしながら、足は床をなぞるように引きずり、ただ同じ場所を徘徊している。時折こちらに顔が向き、その際に垂れ下がった髪の隙間から目が見えるが、眼窩まで落ち窪んであるのかと見紛うほどに深い。ただ、目線が合うことは無さそうだった。
「……確かにいますね、一人」
「こいつ絡みの被害報告は今のところ無し、と……先に見つけられたのはラッキーだ」
「単純な行動を繰り返すだけ……敵意は無いのでしょうか。向こうからも見えているはずですけどね」
「さすがにこれだけじゃわからないな……情報が何も無い以上、こっちから手を出すのはまずい。今回は報告だけしよう。人の立ち入りを制限してもらうよう手配するか」
「わかりました」
そう言って二人の男女は、来た道をゆっくりと静かに戻って行った。
◆◆◆
――某所、某駅にて
「ああ、矢坂さん。暁と蜜坂です。例のペンション跡の怪異の調査、終わりました」
駅前の広場にて、暁と名乗る男はベンチに腰掛けながら電話をしていた。蜜坂と呼ばれた女は、ここに来る前に訪れた店で買ったおにぎりを、電話をしている彼の隣で食べていた。
『お疲れ様、どうだったかしら』
「どうもこうも、当たりです。ただ、直接的被害がなかった事、こちらを無視した事、まだ情報がない事を考慮して、後退の判断をしました」
『そう、ありがとう。すぐに立ち入り制限をするわ。調査隊も丁度時間ができたらしいから、準備が出来次第すぐに向かってくれるそうよ。それと、実動隊なのにこんな仕事任せちゃって、申し訳ないわね』
「構いませんよ。人がいないのは仕方ないですから」
『それが申し訳ないって言ってるのよ……。とにかく、報告は以上ね』
「はい。僕たちはこれからそちらに戻ります」
『了解、気をつけてね』
「ありがとうございます、失礼します」
電話越しに一礼をし、相手から通話が切られたことを確認して端末を閉じ、ポケットに入れる。
「ん、修一さん、電話終わりですか?」
「ああ。とりあえず立ち入り制限はしてもらうことになった。で、あの怪異の対処は調査隊の報告を待ってからになるから、俺らは一旦戻ろう」
「わかりました」
大量のおにぎりを詰めたコンビニ袋を持ち、その場から立ち上がる。
「えっと、それ全部食べるんだよな」
「ええ、そのつもりですが……あ、一ついりますか?」
「くれるなら、欲しい」
「じゃあ……はい、梅です」
梅のおにぎりを彼女から受け取り、封を開けて頬張る。
「ありがと。にしても……あいつはどうして怪異化したのかな」
「こちらに敵対してこなかったのが、少し気になります。単に距離があっただけなのか、そもそも興味がないのか……それによって評価は変わりそうです」
「なるほどな……ま、詳しいことは調査隊に任せよう」
◆◆◆
――俺の名は
街から少し離れたところに建てられた大きな屋敷。ここが怪奇連盟の拠点となる場所だ。屋敷を囲う塀は長く、端から端までの長さは、恐らくサッカーコートが容易に収まるだろう。その中央の部屋に電話の相手、矢坂さんは常駐している。
屋敷に入り、靴を脱ぐ。
「俺は矢坂さんのところに行ってくる。だから先に部屋に戻ってていいよ」
「わかりました!あ、じゃあこれ、矢坂さんに渡しておいてください」
そう言って手渡されたのは、鮭、昆布のおにぎりだった。
「袋、無いよな」
「えへへっ、ありません」
「はぁ……わかった、渡しておく。また後でな」
「はーい!」
彼女とその場で解散し、自分は矢坂さんのいる部屋へと足を運ぶ。
由緒正しい和の造りとなっているこの屋敷だが、ところどころ現代風の要素が取り入れられており、連絡通路となる床はフロアマットが敷き詰められ、壁などには平気で壁紙が張られている。そして壁に絵画が掛けられていたりと、外観の雰囲気とかけ離れている箇所が多々あった。
そして、中央の部屋へとやってきたが、この部屋が最も和とかけ離れており、もはや襖はなく、木製の両扉が設けられている。取手部分も黄金色で煌びやかに仕立てられており、扉の前には柱時計までもが置かれている。
その部屋の扉を三回叩く。
「入って」
「失礼します」
そっと扉を開け、中へと入る。さっきまで僅かにあった和の雰囲気が、この部屋に入った途端に霧散する。どこをどう見ても洋室だ。あの外観でこの部屋を設けた経緯を知りたいとは幾度となく思ったが、聞く機会が無いのが現状だ。
「おかえり、修一くん」
「はい、ただいま戻りました」
──
前髪を残したショートボブで、普段はスーツを着用している。ネクタイにはこだわりがあるらしく、二日続けて同じものは付けないらしい。今日は黄緑色のストライプ柄のものだ。
「早速で悪いんだけど、この資料を舞ちゃんに渡してくれない?」
「わかりました」
職場に戻ってきて間も無く、資料を運ぶ羽目になった。紙切れ一枚や二枚なんて優しい物じゃない。クリアファイルでは入りきらない事が一目でわかるほどの厚みがあった。それがクリップで止められていて、さらに五、六個ある。段ボールに入れてくれているだけ良心的だった。
「あと、手渡しで申し訳ないですが、これ、香奈からのお土産です」
「お土産……って、コンビニのおにぎりじゃないの。あ、割引されてる……」
「……すみません、気が利かなくて」
「……え?ああいや、別にいいのよ。わざわざありがとうね。私まだ昼ご飯食べてなかったから、すごく助かるわ。あの子はちゃんと食べたの?」
「ええ、袋いっぱいに買い込んでいましたからね。今頃部屋で貪り食べてますよ」
「よく食べるわね……」
「ええ、側から見て怪異だとは、誰も思いません」
――
過去に命を助けられた事があり、その頃からの関係となっている。どうやら彼女も行く宛はないらしく、どこに行くにしても、その時には必ず隣に居た。
そんな彼女が何故怪異となったのかは知らない。いや、知りたくもない。怪異になった理由を聞くなど、本人の凄惨な過去を掘り返す事と同義なのだから。
「そりゃそうよね……ともかくこれは頂くわ。お礼を伝えてもらえるかしら」
「わかりました。では、失礼します」
一礼をして部屋を出ると、丁度柱時計がボーン、ボーンと鐘を鳴らし、十四時であることを知らせてくれた。その事を認識すると、さっきまでなんともなかった腹が、唐突に空腹を訴えてきた。
「とりあえず、資料渡してからかな」
話に出てきた舞さんの部屋はすぐ近くにある。そして、この人の部屋というのも、矢坂さんに負けず劣らずの造りとなっている。
これだけ洋に寄せるなら、最初から洋風の建築にしたら良かったのに、どうしてしなかったのだろうか。
そんな考え事をしている間に、部屋の前へとたどり着いた。こちらは柱時計こそないが、扉の左右に花瓶を乗せた棚が立てられており、そこには美しい造花が生けられている。花などには詳しくないので名前まではわからない。
さっきと同じ作法で扉を叩く。
「はーい、どうぞ入って」
「失礼します」
部屋に入ると、ふわりと少し甘く、やわらかい香りが全身を包んだ。
「あ、修一くん!今日はお疲れ様。調査隊の人員が足りなくて、例の調査を急遽お願いしちゃって……無理言ってごめんね?」
──
この方もショートボブなのだが、なぜかこちらの方が柔らかくてふわふわしている、そんな風に見える。大きくて茶色の瞳は丸く、少し垂れ目であり、機関員の中でもかなり美人だ。
この方はボウタイブラウスに水色のリボンを巻いており、これがまたよく似合っていた。
「いえ、気になさらず。それに矢坂さんも同じこと言ってましたから」
「あの人も多忙の身だからね。一緒に支えてあげよう」
「はい。あとこれ、矢坂さんからの資料です。机に置いてて大丈夫ですか?」
「そうね、そこでいいよ。ありがとね」
「いえ、お構いなく」
そう返事をし、重厚感あふれる、幅広い木製のデスクの上に荷物を置いた直後、腹の虫が鳴ってしまう。恥ずかしい事に、目の前の舞さんにしっかりと聴かれてしまった。
目をまんまるにしながら自分の腹部を凝視する。少しの間を開けてこちらの表情を見ると、ふっと笑みを溢した。
「ご飯、まだ食べてないの?」
「……はい。食べる暇がなくて」
「じゃあご飯にしよっか!私も食べ損ねていたから丁度いいよ。香奈ちゃんも呼んであげたら?」
「いや、あれ以上食べさせても仕方ないですよ……」
「どうせ、またおにぎり食べてるんでしょ。まだ全部食べてないだろうし、呼ぶなら今のうちだよ。そ、れ、に。野菜も摂らせないとお肌に悪いからね。さ、そうと決まれば行こう!善は急げよ〜」
「わかりました。わざわざ香奈のことまで、ありがとうございます」
「気にしないでいいよ。晴徒くん、そういう事だから少し開けるね」
部屋の端の方へ視線を送ると、そこにはパソコンや資料が積まれているデスクに腰掛けた、猫背の男が座っていた。
――
服装に規定がないこの機関において、最もラフな服装で、外に出る気が見られないような部屋着だった。そして伸びた髪はヘアゴムで纏め、頭頂部で結んでいた。
「は、はい。気をつけて」
「晴徒さんは、ご飯食べたんですか」
「彼は昼になった段階でご飯を食べてもらったからね。私はやる事があったからさ」
「そうですか……晴徒さん、すみません。少し行ってきます」
「ど、どうぞ」
少し口吃った声で返事をもらう。それを聞いて二人は部屋を出た。
「さて、香奈ちゃんには何食べてもらおうかなぁ」
「本当になんでも食べますからね。好みなんてあってないようなものですよ」
「それって素敵なことだよ?なんでも美味しく食べてくれるなんて、作る側からしたらこれ以上ない至福だよ」
「まあ確かに……え、作る?作るんですか?」
「え?作るよ」
「食べに行くって、外食じゃないんですか!?」
珍しく声を上げて質問をしてしまうが、まるで気にもしていないようで、彼女は上機嫌のまま会話を続けた。
「勿論。君たち二人が頑張ってることは良く知ってるんだよ。私にできることはなんでもしてあげる。頑張って良かった、乗り切って良かったって、そう思える環境を用意してあげたいんだ」
「……優しいですね」
「ありがと、でもね?そう言ってくれる君の心も、十分優しいんだよ」
そう、この人はこの機関一の善人……いや、聖人と言われるほどの人だ。
「……あ、修一さんと舞さん!」
「あれ、香奈。なんでここにいるの?」
連絡通路を歩いている時に、香奈とバッタリ出会った。部屋との距離は離れているはずなのに、どうして今ここにいるのだろうか。
「舞さんにおにぎりを渡そうと」
「ええ!私に?ありがとう!」
「いえ!それより、お二方はどうしたんですか?」
「舞さんがご飯作ってくれるって話してくれて。丁度香奈を誘いに向かってたんだよ」
「ええ!私も?ありがとうございます!」
「いいのよ!じゃあ私は厨房に行くから、二人は部屋で待っててもらえる?そうだね……三十分ぐらいしたら出来ると思うから。それまでゆっくり休んでてね」
「ありがとうございます。じゃあ香奈、お言葉に甘えよう」
「舞さん、本当にありがとうございます!」
「はーい、それじゃまた後でね」
一礼をして解散をする。彼女はどこか上機嫌なのか、香奈からもらったおにぎりを持ち、軽くスキップをしながら廊下の奥へと消えていった。
「……本当優しい人だな」
「ああいう人は、絶対に怒らせちゃダメですよ」
「……本当そうだな」
舞さんが怒る姿は、想像すらできそうもない。そもそも、笑顔以外の表情をほとんど見たことすらない。
「ひとまず部屋に戻ろうか」
「はい!」
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