人間の秩序

有くつろ

人間の秩序

 やなぎさん、ミミちゃんは皆の兎さんだということはご存知でしょうか。

ミミちゃんの世話をしている一年生が、血溜まりの上でバラバラになったミミちゃんを見て何を思ったか、貴方に分かりますか。


 目を逸らさないでください、愚問である事は私も承知の上です。ミミちゃんの死骸を見る一年生のことを貴方が考えられていたのなら、今頃ミミちゃんは与えられたニンジンを食べていたでしょうから。


 私もコンパスは子供に持たせるには危険すぎやしないか、と考えていた頃だったんですよ。コンパスで兎を殺す生徒が出るとまでは思いませんでしたが。コンパスで兎の身体を突き刺した後に身体を開く、なんて小学四年生が真顔で出来ることでしょうか。何故、柳さんはミミちゃんを殺害してしまったんですか。


 なるほど。教師として、一理あるなんて口が裂けても言えませんが、私が思っていたほど世の中からかけ離れた考えを持たれている訳ではないようですね。兎肉を食べる人は居るのに何故柳さんが兎を殺して罪に問われるか、というのは非常に良い質問です。


 答えは簡単です。兎肉を食べる人は生前の兎に感謝することがあっても肉に加工された兎に涙を流すことはありませんが、生徒は空の兎小屋を見て涙を流します。そう、ただ人に迷惑をかけるから、禁止されているのです。兎を殺したいなら精肉のしごとに関わってください。簡単でしょう。納得行かない、とでも言いたげな顔をされてますけれど。


 柳さん、貴方の質問は興味深いものでしたが質問に質問で返されては困ります。貴方は何故ミミちゃんを殺害してしまったのか、答えてください。


 なるほど。反省点は分かりますか?兎の身体の構造を調べずに、実際に殺してしまったことです。興味を持つのは素晴らしい事ですが、貴方は少しレールから外れてしまいました。秩序という名のレールです。分かりますか。


 本能というのは恐ろしいですね。貴方は今私から目を逸らして時計を見ました。早く終わらないだろうか、という本音が滲み出ていますよ。貴方が反省しないのではこの時間は無駄になってしまいます。


 また時計を見ましたね。度胸があると褒めることは出来ません。柳さん、これは独り言、なんて言っても目の前に貴方が居る時点で独り言とは言えませんが、実は私、この学校に入る前に改名したんです。数年前までは橋玲香はしれいかと名乗っていました。あれ、どうしたんですか。ああ、そうなんです。私、生徒を二十八人殺した狂人教師橋玲香と同姓同名なんです。


 どうしたんですか、そんなに汗をかいて。怯えてますね。分かりましたか、私にとっての快楽は貴方の恐怖になります。貴方が見るだけで腰を抜かしてしまうような行為が、私の生きる意味となるんです。怖いですか、狂気だと思いましたか、その気持ちを忘れないでください。貴方のその震える瞳は、生徒達が貴方へ向ける瞳と同じです。


 貴方の兎への探究心を殺して満たすという行動は、もし地球上に同じような人間が沢山いたら称賛されていたのかもしれません。ですがそうはなりませんでしたね。星ガチャ失敗だと思ってください。


 どのような趣味だって誰かの恐怖に成り得ます。例えば、地球上には今同性愛者が沢山居ますね。彼らが非難されない理由は、多数派とまではいかなくてもある程度仲間が居て、それを認める方が多いからです。しかし同じ愛でも幼児愛好者は気味悪がられます。それは世の中に認められないからですよね。同性愛者が認められるのも、幼児愛好者が認められないのも、周りの人間が全てです。


 誰だって恐怖を感じることはありますから、人間は秩序を守って生きていかなければならないのです。分かりましたか柳さん。


 ああ、すみません。言うのを忘れていましたね、私は改名なんてしたことはありませんし生まれてから今までずっと志原景しはらけいとして生きてきました。安心しましたか。すみませんね、少し脅さなければ貴方が納得することはないと思ったので。はい、分かっていただけたなら何よりです。兎の身体の構造が気になるなら、ネットでもなんでも駆使して調べてみてください。それが一番です。


 では教室に帰っても良いですよ。え?ああ、確かにそうですね。橋玲香は今も逃亡中ですが。どうかしましたか?......私の名前?

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