第2話 逮捕しちゃうぞ?
「もう一回言うね。狐狗狸さんは霊的な物じゃないから。あと、ウナギ美味しいね♪」
俺自身も狐狗狸さんは非科学的だと思っている。
くるみはクチャクチャとウナギを噛みながら上機嫌だ。
「狐狗狸さんの正体は、潜在意識が元となって動く自然な体の動きだから」
「え? どう言う事だ?」
「あ、ごめんね。春男にもわかりやすく説明するね」
「…………」
「勝手に動くのは不覚筋動と言う人間の動きの特徴なの。春男、両手を恋人繋ぎで組んで、お祈りみたいにしてよ」
「え? ああ。わかった――こうか?」
「うん。そのまま人差し指だけ伸ばして、指紋と指紋を合わせて」
「おう」
「じゃあ、その指先を1ミリだけ離して、一分間止められる?」
「1ミリだけか? あれ? ピクピクして自然にくっついてしまう……」
「それが不覚筋動。人間は筋肉を完全に静止する事はとても難しいの。常に自然に動いてしまうの」
「なるほど」
「例えば、車のハンドル、ブレーキには『遊び』と呼ばれる余裕があるでしょ?」
「ああ」
「あれは不覚筋動を計算した上で、操作として機械に伝わらない様にしてるからなの。遊びがゼロだったら、車はまっすぐ走れない――」
くるみ? お前は免許取得出来る歳じゃないよな? 運転した事あるのか? 逮捕しちゃうぞ?!
「そうだな。だが、それだとなぜ正しい答えを導き出せるか? と言う答えに不足してるぞ?」
「春男。それも、自己暗示にかかった自分が潜在意識によって動くと言う事で説明出来るよ」
「自己暗示?」
「春男。自分は岩みたいなゴツゴツしたゴリラ顔じゃない。草刈正雄さんみたいなイケメンなんだ、結婚も必ず出来るって頭の中で念じて」
「わ、わかった」
草刈正雄さん?
くるみは実は昭和生まれか?
年齢詐称か?
だとしたら、逮捕しちゃおっかな〜?
「あ、やっぱ無理だ。違いすぎるもん」
「…………ま、まあなんとなく自己暗示は理解した」
「つまり、狐狗狸さんの正体は10円玉に指を添えている自分自身だと言う事だよ。実際狐狗狸さんを信じてる子供達に実験で、フランスの第3代首相は? とか、知らない質問をしたら、10円玉は紙の上を彷徨うだけだったと言う結果もあるよ。これだけでも、狐狗狸さんが霊的な物ではないと証明したに値すると思うよ」
「じゃ、じゃあ、実際に起きた二つの事件はどうなんだ?」
「催眠状態だよ」
「催眠? 催眠術か?」
「そだよ。まず狐狗狸さんのやり方が催眠術の誘導方法に似てるんだよ」
「似てる?」
「まず、10円玉に指を置いた後、力を抜くでしょ? それから始めに呪文を言うでしょ? これは言葉による自己暗示。最後にある一点――つまり指先に神経を集中するよね。そうする事によって、催眠状態に陥ってしまったと考えられるんだよ」
「なるほど……」
「中学生三人の事件は、全員受験を間近に控えていた事、主婦の方は旦那さんがあまり帰宅しなかったの。つまり、精神的に著しく不安定な状態だったって調書に書いてあったよ。事件の結末として、自己暗示による一種の催眠状態になってしまったらしいと、医学的にも証明されたんだって」
「そうか……」
くるみは普段から、過去の事件の調書も読み込んでいると聞いた事がある。だが、ネゴシエーターとしては関係ない事件の事も調べて、自分に吸収している。
俺は、改めてくるみの貪欲な探究心に感服させられた。
「非科学的な事は信じちゃ駄目だよ、春男」
「わかった」
ウインクか。懐かしい。
俺はこの瞬間、くるみが帰って来たと実感する事が出来、自然と笑顔がこぼれていた。
「ほら、ゴリラみたいにニヤニヤしてないで、春男もウナギ満喫しなよ」
「わかった。ウホッ!」
「…………」
同時にくるみの絶句も獲得した瞬間だった。
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