滝塚市怪奇事件簿

ことのき

第1話 滝塚市不説教事件―プロローグ

「やめろっ! 頼むからやめてくれぇっ!」


 衣服や肉が焦げた臭いが周囲に漂う。請われたまま、南方昴は彼女に向かって手を伸ばした。その瞬間、地面で燃え盛っていた火が消える。まるで、最初からそこになかったかのように。


「夏希姉っ! 大丈夫か、しっかりしてくれ!」


 少年が高橋夏希に駆け寄る。彼女を抱き寄せ、火傷の具合を確認しているようだ。昴の炎に焼かれた時間はごく短い。重傷度はⅠ度からⅡ度といったところだろう。数週間で完治する。痕はおそらく残らない。

 その分苦しませてしまった、と昴は思う。本来ならば、苦しむ間もなく一瞬で焼き尽くすはずだった。


「お前、なんだってこんなことしたんだよ!」


 目尻に涙を浮かべ、怒りと憎しみに叫ぶ彼の声を聴くまでは。


「夏希姉が何をしたっ! この人殺し!」


 その通りだ、と昴は思った。自分がやろうとしたことは人を殺すこと。自分がやってきたことはたくさんの人々を不幸にすること。人殺しの罪人、それが自分。

 慣れているとはいえ、気分は落ち込む。だが、表情は崩さない。

 そして同時に、胸の高鳴りを感じていた。以前とある女性に言われた言葉を思い出す。そして直感した。


 この人が、自分の罪を清算できる罰だと。

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