後ろの正面だぁれ?

米飯田小町

後ろの正面だぁれ?

━━━それは、ただの好奇心だった。 


 幼い頃から、俺は幽霊とか心霊スポットとか、こういった話は嫌いだった。何故ならこの手の話は多くの作品が作られているが、話の内容は幽霊が人を呪い殺したり、災いを起こしたりするものばかりである。


 俺は甚だ疑問なのだが、何故肉体を持った我々が肉体を持たない矮小な存在である幽霊に殺されなければならないのだ。何故今は亡き死者が今を生きる生者に災いを起こせるのだ。

 この世界をテーブルゲームに例えるなら死者は脱略者のはずだ。脱略者がゲームに干渉出来ることなどあってはならない筈だ。


 この理由があって、俺は幽霊が好きじゃないし、信じようとも思わない。


 だが、幽霊という存在自体には興味がある。彼等は肉体を持たないのに何故存在するのか。

 もし、仮に幽霊が存在するとするならば、実際この目で確認してみたいと思ったりする事もあった。


 そんなある日の事。

 先日、適当にネットサーフィンをしていると『裏拍手』という単語に目が止まった。俺はちょっとした好奇心でその単語の意味を調べていると、どうやら裏拍手には死者を招くという意味合いがあるらしい。やり方はとても簡単で、単純に手の甲で拍手をするだけだ。要するに基本の拍手を手の裏を合わせて拍手するだけである。


 こんな簡単な事で幽霊が呼べるというのであれば、俺は少し興味が湧いた。


 早速自宅の中でやろうと思い、その日の夜。なるべく深夜がいいだろうと思って丑三つ時まで俺は待った。幽霊と言えばこの時間だろうと安直ながらに思った。


 時間になると俺はベッドの上で両手の甲をお互いにひっつけ、それをなるべく音が鳴るように強く叩く。予想はしていたが、基本の拍手と違ってあまりいい音はしなかった。何回か音を鳴らして、俺は様子を見た。

 しかし、何も起きはしない。この程度の労力で別に期待をしていたわけではなかったが、拍手の量が足りないのかと思い、もう少しだけ続けてみた。大体だが、恐らく4〜5分は続けたと思う。俺の家は普段も何も変わらず、いつも通りの静けさが漂っていた。それからもずっと続けていた。

 しかし、特に異常は無いように思える。しばらく待っては見たが、やはり何も起きやしなかった。


 なんだ、結局そんなものか。と俺は呆れてそのままベッドに入って寝てしまった。久々にこんな時間まで起きていたから意識が直ぐに朦朧としてきた。意識が途切れる寸前の中、俺は微かに違和感を感じたが、あまり気にはしなかった。


 それから数日後の事である。

 仕事終わりの自宅までの道のりの中、俺は背中に視線を感じる事が度々あった。視線を感じる度に後ろを振り返るが、そこには誰もいやしなかった。


 そんな日が何日も続いた。


 またまた数日後の事。

 俺が自宅でいつものように風呂で体を洗っている時に、また背中に視線を感じた。もちろん後ろには誰もいない。それもそのはず、俺の家の風呂場は人1人が入るスペースしか無いのだ。というかそもそも家の戸締りはしっかりしているから人が入ってくるはずなど無かった。しかし、視線だけは確かに感じる。


 そんな事が何日も何日も続いた。


 ある日の事。

 俺は流石におかしいと思い、県の除霊で有名な寺に赴く事にした。普段であれば除霊なんてくだらないと馬鹿にしているところだが、俺は確かにあの日の夜に裏拍手をしてしまっている。それ故に、今まで感じ取っていた視線がひょっとして幽霊の物なんじゃ無いかと思っていた。幽霊の事を見たいとか思っていたが、いざ自分が被害に遭ってみるとあまり気持ちの良いものでは無い。


 寺に赴き、早速住職に話をつけて俺の診断をしてもらった。寺の中に案内してもらい、仏壇の前で俺は正座をして、住職は俺の肩に手を置いた。


『何も憑いていませんね』

『え?』


 住職は神妙な顔でそう言った。


『でも、確かに最近ずっと背中に視線を感じるんですよ』

『・・・何か、その様な類を呼ぶ事をしましたか?』


 住職は顔を変えずにそのよう事を言った。俺はあの日の晩の事を話した。


『あぁ、でしたら勘違いですね』

『・・・勘違い?』

『えぇ。最近よくいるんですよ。ネットか何かの情報を鵜呑みにしてその行為を試す人がね』


 住職は困り顔で話していた。


『思い込みってやつですよ。そういった行為をすると、しばらく霊が出るんじゃないかと感覚が敏感になるんです。だから、ちょっとした風とか音とかを霊の仕業かもと思い込む人がいるんです』

 

 俺はポカンとして聞いていた。

 確かに言われてみれば、俺はあの日の晩からちょっとした物音や違和感に敏感になっていたように感じる。幽霊を信じていたわけではなかったが、そういう行為をする事によって、無意識に日常の物に過敏に反応していたのかもしれない。


『まぁ。これで終わるのもあれでしょうから、簡単なお祓いだけでもしておきましょう』


 そう言って、住職は俺にお祓いを施してくれた。お祓いを終えると、俺は住職に軽くお礼を言って、帰路に着いた。心なしか気持ちが晴れやかだった。


 それから、あの視線は全く感じなくなった。


 しばらくして。出勤前の休日の夜。

 俺はいつものように時間を浪費していた。明日が仕事だと思うと、何もやる気が起きずにいつもダラダラしてしまう。俺はベッドに寝転びながら近くに置いておいたポテトチップスの袋を開け、なんとなくテレビを付けた。


 すると、何やら幽霊に関してのバラエティ番組というようなものをやっていた。特に意味もなく、俺はその番組をぼーっと眺めていた。


『実は最近、幽霊の習性のようなものがありましたですね』


 スタジオの真ん中で、何やら胡散臭い見た目をした男が意気揚々と話している。


『よく幽霊に憑かれたりした人の話を聞くと思うんですが、あれは結構稀なケースなんですよ。実は幽霊って臆病者で、しばらくは人の事をジーッと観察する事の方が多いらしいんですよね』


 そいつの話を他の出演者がオーバーリアクションで聞いていた。


『皆さんは、日常生活の中で急に背中に視線を感じた事はありませんか?〇〇さん。どうですか?』


 胡散臭い男は、バラエティ慣れのしてなさそうな見てくれの良い女優にそんな話を振った。


『たまーにあるかもしれませんね』

『振り返って誰かいました?』

『・・・いませんでした』

『あー・・・それ、危ないかもしれませんよ』


 スタジオは短い嘆声をあげている。


『というのはですね。ちょっと皆さんに幽霊を想像して欲しいんですけど、幽霊って足が無いじゃないですか』


 スタジオは静かにその男の話を聞いている。俺もポテトチップスを摘みながら画面を眺めていた


『だからよく映画とかドラマで幽霊が地面に立ってこっちを見ているって事が多いと思うんですけど、あれって間違いでですね。幽霊は足が無いので、フワフワ浮いてるわけですよね?』


 俺は気がつくと、ポテトチップスを食べる手が止まって、画面を凝視していた。


『〇〇さん。先程あなた、背中に視線を感じると仰ってましたよね?』

『・・・え?はい』

『それね、あなたの(後ろ)にいるんじゃなくて・・・』



━━━あなたの『上』にいるかもしれませんよ。




 俺はまた、背中に視線を感じた。




 


 


 


 

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