The Fly

@tsutanai_kouta

第1話


ムシムシと暑い5月のある夜、俺は、いつものようにスマホを漫然まんぜんと眺めていた。

部屋の中には俺ひとり・・・ではなく、もう1匹居た。どこから入り込んだか知らんが、1匹の蝿がブンブン飛び回っている。

「五月蝿い」という文字通りのシチュエーションだが、とりあえず実害は無いので放っておく事とする。


それから1時間ほど、動画やら書き込みやら気の向くまま閲覧えつらんしながら、BGMとして蝿の羽音を聞いていると、妙な事に気付いた。それは羽音に混じって人の声(らしきもの)が聞こえるのだ。どうも「ヤダッ」という言葉に聞こえる。補足すると「ダ」にアクセントをおいた少し甲高い声、て感じ。

そして一旦そう考え始めると、ますますそう聞こえ始め、気になり始めた。

俺は立ち上がり、蝿を部屋の外に追い出す事にした。窓を開け放つ。外では満月が煌々こうこうと夜空に輝いていた。

俺は丸めた新聞で蝿を窓に向かって追い立てる。

蝿は「ヤダッ」「ヤダッ」と音を発しながら、窓の外に出て行った。すかさず窓を閉める。と、その直後、窓のすぐ側の瓦が、ガシャッ!と鳴った。何か重い物が落ちたみたいに。


俺は一度閉めた窓を、ドキドキしながら、そっと開けた。すると屋根の上には子犬くらいの大きさの物体が鎮座ちんざしていた。

暗がりにある「それ」をじっと見詰めると、物体の上部を何かが高速で動いてる。更に見ると昆虫の羽根のようだ。

そして「ぶぶぶ・・・」という羽音と一緒に聞こえる「ヤダッ」の声。もしかしてさっきの蝿、か…?


でも、(当たり前だが)こんな大きな体じゃなかったぞ!? 蝿は同じ所をぐるぐる回っている。物理的な事はよく分からんが、蝿の体を単純に大きくしただけでは、空は飛べないようだ。─と、月の光が照らす屋根の上で蝿はまた一回り大きくなった。

もしかして、満月の光に反応してる?

まさか!狼男じゃあるまいし・・・。

そんな事を考えてるうちに、蝿はどんどん大きくなっていった。しかも次第に体の形が変わっていってる。全身は次第に細長くなり、頭と体の間には首のようなくびれが出来、頭寄りの脚と尻寄りの脚は長く伸びて、人間の手足のようになった。

そして数分後、蝿は等身大の体(人間そっくりの)に、蝿の頭部がくっついてる奇態な怪人となった。ヤツが私の方を振り向く。それは蝿の頭部というより、戦争や災害現場の映像で見るようなガスマスクにそっくりだった。ガスマスク(の、ような顔)の全身黒尽くめの怪人・・・。

なんだコレ? 怪人蝿男? UMA? 変態?


しばし見詰め合っていた「怪人」は、妙に鼻に掛かった声で「嫌ダ!」と言った。俺が思わず「へっ・・・?」と間抜けな返しをすると、怪人は続けざまに「嫌ダ!嫌ダ!嫌ダ!」と連呼した挙句、「嫌ダーーー!!」と叫び、瓦をがしゃがしゃ踏み鳴らしながら、屋根の上を駆けて行った。

そして近隣家屋の屋根々々を、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、またたく間に暗闇に消えてしまった。


俺は茫然ぼうぜんとしながらも、窓の鍵をしっかりかけ、部屋の電気を消し、ベッドに潜り込んだ。だって、それ以外に出来る事などあるだろうか?

 


翌朝、目覚まし時計に無理矢理起こされ、不機嫌な顔をしたままTVをつけると、TV画面には昨夜の怪人が映っていた。それも大勢。どうも都内の至る所で「蝿男」が大量発生しているらしく、奴らの鎮圧ちんあつ捕獲ほかくの為に警察、保健所、果ては機動隊まで出動しており、都内は大パニックになっているようだ。TVの中ではJRや地下鉄の構内を、まるで牛追い祭りのように大勢の蝿男が警官から逃げ回っている。皆、口々に『嫌ダ!』と叫んでいた。そしてこれらの影響で「ダイヤが大幅に乱れている」と、現地のリポーターが裏返った声で告げている。


俺はTVをボンヤリ眺めながら、蝿男の声を真似て『会社行クノ嫌ダッ』と、ゆった・・・まる


 

 

  -Fin-



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