日曜日よりの使者

@tsutanai_kouta

第1話


眼を開くと視界一杯に青空が見えた。

吹く風には草の匂いが含まれている。

今、自分は地面の上に仰向けに寝転がって空を眺めているのだ。と、視界に自分を覗き込む三人の仲間の顔が映った。


「大丈夫か?酷くやられたな」


と、赤い斧を持った”RED”が語りかける。

 

「頭打った? 打った?」


青い甲冑かっちゅうの"BLUE"はニヤニヤしながら聞いた。

 

そして黒尽くめの法衣に身を包んだ"BLACK"が素っ気無く


「回復してやるから早く立て」


と言った。

 

遠くから聞き慣れた規則正しい電子音が聞こえる・・・。

 

 

俺は布団から右手を伸ばし、耳障りな電子音が鳴るスマホを掴んでいた。

また同じ夢を見たようだ。

あの夢がなんなのかは分かっている。

あれは学生の頃に夢中になった某オンラインゲームの世界だ。そして夢に出てくるキャラクターは、当時パーティを組んでいた面々である。と言ってもプレイヤーの顔も名前も知らないし、現実での親交は皆無だった。



俺は満員電車に体をねじ込みながら、ゲームをやりこんでいた頃の事を思い出す。学生生活最後の冬、卒論も内定もクリアしていた俺は、自分の部屋に帰ると、まずゲーム機の電源が入れる程、ハマっていた。ゲーム自体の面白さもさる事ながら、その頃の解放感のようなものが強く印象に残っている。


社会人になってから数年、俺は解放感とは、ほど遠い感情を抱きながら、毎朝満員電車に揺られて会社へ通っている。

電車の窓に映る自分の顔は、疲れた顔をしていた。車内を見渡すと、他の乗客も皆一様に疲れた顔をしていた。


電車が駅に着いた。やはり疲れた顔をした人々が居並ぶ…が、その中に一つだけ異質な顔を見つけた。それは長い髪の端整な顔立ちをした女で、生気のない顔々の中で、一人だけ強い意志のこもった眼で真っ直ぐ前を見ていた。窓越しに一瞬、眼が合う。女の額には紅い紋様が描かれていた。

俺は小さく「あっ・・・」と呟く。

俺はあの「顔」を知っている!

電車が止まりドアが開くと、俺は人を押しのけるようにして駅に降り、多くの人間が行き交う構内を必死にあの女を探した。

だが、彼女は見つからなかった。

あれは、あの顔は、間違いなく魔法使い"BLACK"の顔だった・・・。


それから俺は"BLACK"の顔を様々な場所で見るようになった。街の雑踏の中、横断歩道の向かい、そして時には飲もうとするコーヒーのカップ内に彼女の顔が浮かんだ。

のみならず"BLACK"の気配のようなものも次第に強く、近く、感じるようになっていた。


更に例の夢も途切れる事無く見続けている。最近では朝起きてもまるで現実感が無く、なんだか夢と現実の境界線が、日毎曖昧ひごとあいまいになっていってるようだ。・・・俺は、狂いつつあるのか?

 

そんな俺の尋常じんじょうでない様子は会社でも話題になっているらしく、同期の連中が気を使い俺を飲みに誘い出した。そこで彼らは「悩みがあるなら相談しろ」と言ってきたが、こんな話を聞かせた所で、「壊レテイマス」というのを自分で宣言するようなものだ。俺は仕方なく、最近少し不眠気味で近い内に病院に行くのだ、という話をその場ででっち上げた。周りはなんとか納得したようだが、意外にもこの発言は自分自身も安心させた。

(そうか、病院に行ってみればいいのか)

と。


それから俺は馬鹿のように飲み、しこたま酔っ払った。その後、「二次会に行こう」と無理矢理引きずられて店を出て、しばらくは連中の後ろにくっ付いて、ふらふらと歩いていたが、そこまでが限界だった。

俺はビルの間の薄暗い路地に独り駆け込むと、そこで胃の中のものを全てぶちまけた。そして、自分の吐瀉物としゃぶつから離れようと少し奥の方によたよた進み、しゃがみ込んだ。そのまま足元のアスファルトがぐるぐる回っているのをぼんやりと眺めていたが、俺は路地の奥から最近では馴染みとなった「気配」が近づいてくるのを感じていた。気配は座り込み、うつむいている俺のすぐ側まで来ると、低いがよく通る声で言った。

 

「酷いザマだな・・・。もういいだろう?さぁ、行こう」

 

顔を上げると、そこには黒の法衣に身を包んだ"BLACK"が立っていた。

彼女はゆっくりと俺に右手を差し出す。

俺は胃液臭い口の中で「俺にゃあ、もう無理だ・・・。こんなザマじゃ・・・」と、ぶつぶつと言い訳のように呟いた。

"BLACK"の背後から、「やっぱり頭打ったんだ」と笑いを含んだ声が聞こえる。

見ると口の端を上に持ち上げたお得意の笑顔をした"BLUE"が、そこに居た。

そして隣りには”RED”も腕組をして、こちらを見ている。


なんだか俺は泣きたくなり目を伏せた。と、自分の目に信じられないものが飛び込んできた。座り込む俺が身にまとっているのは、いつものくたびれたスーツではなく、ごてごてした防具が随所に取り付けられた鎧だった。


"BLACK"が、もう一度、「さぁ、一緒に行こう」とささやくように言った。俺は頭の奥がジーンとしびれて、急速に意識が遠のいていく。その最中、俺はパーティに最後に参加した時、全く同じ台詞を言われた事を思い出した。強度の成り切りプレイだと思っていたが、あれは…。

わからない、何もわからない。だが、今の俺がすべき事はわかる。

俺は差し出された魔法使いの手を強く握った。



その日、酔っ払った若いサラリーマンの集団がはぐれた仲間を探していた。飲み屋街ではよく見る光景である。

彼らはカラオケ屋の前でしきりに携帯をかけたり、移動した経路を戻ってみたりしていたが、ふと目線を上げた一人が、光点が

夜空を駆け上がるのを見て呟いた。 

 

「あ・・・、UFO!」




  -fin-

 

 

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