第8話 人生のテーマ“愛”⑧
僕が20代後半? の時、10歳年上のバツ1で9歳の娘さんのいる女性と付き合っていました。
本気でした。結婚も考えていました。
ところが、彼女の方から別れ話をされました。
「別れましょう」
「なんで?」
「娘があなたになつき過ぎているから」
「ええことやんか」
「これ以上なついて、もしも、あなたと別れたら、あの子は深く傷ついてしまう」
「別れなかったらええやんか」
「私もあなたもバツ1でしょう(当時:僕はまだバツ1)?」
「うん」
「別れないつもりで結婚しても、別れることもあるってわかってるやろ?」
「うん」
「あなたと結婚して別れたら、あの子は二回も父親をなくすことになる」
「それで?」
「別れましょう」
「いやいや、ずっと一緒に暮らそうや」
「10年後、あなたは36歳、私は46歳、愛せる?」
「愛せるよ」
「20年後、あなたは46歳、私は56歳、愛せる?」
「愛せる」
「嘘や、信じられへん!」
と、まあ、こんな感じでした。
この時、僕はどうしたらよかったんですか?
結局、別れたのですが……別れずに済む方法はあったのでしょうか?
僕は彼女を愛していましたが、僕の愛が足りなかったのでしょうか?
彼女の愛が足りなかったのでしょうか?
僕は結婚して幸せな家庭を築くことができたと思います。自信はありました。
でも、結局、飲めない酒を飲んで忘れようとするだけでした。
無償の愛云々、恋愛よりも、彼女の親子愛の方が強かったのだろうと思うことにしましたが、残念でした。今でも“もしも、結婚できていたら”と思うことがあります。本当に好きでした。
このケースについて、ご意見ございましたら書き込んでください。
未だに納得できないのです。
まだ文字数に余裕がありますので、話を変えます。根本的なお話に戻ります。
いろんなケースを述べて考えてきましたが、いかがでしょうか?
そもそも 愛(love)という概念が日本では薄かったからいけないのではないでしょうか?だから、今頃になって“愛とは?”と悩むのではないでしょうか?
以前、書いた気がしますが、日本は元々“恋”と“情”の文化です。
そして何より、お見合い結婚(親が決める結婚)が主流、
恋愛結婚なんて難しかった。
そういうことが根本の問題なのではないでしょうか?
戦後、love(愛)という言葉が当たり前のように使われていますが、
愛について、よく知らないまま使っているのではないでしょうか?
経験的には、“愛してる”と言われて、“じゃあ、愛って何?”と問いかけてみたら
ほとんどの人が答えることが出来ませんでした。
それが全てではありませんが、それも事実です。
ちなみに、欧米に何人か知り合いがいますが、
欧米では“夫婦の営み”が大切のようですね。
日本みたいに“夫婦の営みの無い夫婦生活”は信じられないらしいです。
日本(日本人)は変わっていると言われますが、どうなのでしょうね。
欧米人は、“愛”について語れる人が多かったんです。ショックでした。
僕等日本人は、愛に関して後進国なのでしょうか!?
迷走してきましたね、迷走したまま、次回に続きます。
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