第6話 ちっぽけな存在と失われる命
ベランダに出た俺は窓をきちんと閉めて、寒空の下で一人煙草を味わう。
夜景が美しい東京のど真ん中にて、紫煙が立ち上るのを見ると、いかに自分がちっぽけな存在に思えてくるか……。
『ピロン♪』
不意に『家出少女』検索中のスマホに飛び込んできた新規のヤフォーニュース。
『女子中学生に性的暴行をした男を逮捕』
「ざけんなよ。あんな子供相手に行為を営むとかクズのすることだ。ふぅー……」
俺から見たら、エロいことよりもどうも
本当は心から笑うと、もっと可愛い女の子に違いない。
そのミーハーな見た目のわりには何でも受け答えする真面目な性格をして、そこを上手く利用して彼女を抱いてきた男たち。
彼女の価値観を無視し、欲望を満たすためだけに自分勝手な当たり前の環境に引きずり寄せたんだ……。
これに腹が立たないはずがない。
「クソみたいなヤツらで溢れてんな。この世界は」
前方に見える高層ビルを睨みながら、無意識にニコチンの固まりを求める。
「そんな俺も彼女を家事係として利用してる」
「俺もクソな一員だ」
戦隊ヒーローどころか、変態ヒーローの仲間入りだ。
正義面して聞いて呆れる。
『ピンポーンー♪』
何だ、こんな遅い時間に宅急便か。
何か頼んだ覚えはないが、酔った勢いで衝動買いでもしたか……中身は分からないとはいえ、沙優に出させるのもなんだしな──。
****
『ピンポーンー♪』
「あっ、はいっ!」
レンジで回転するハンバーグ弁当を背に、つい大きく返事をしてしまう私。
目覚まし時計の針は21時半をとうに過ぎている。
こんな時間に荷物だなんて、
まあ、声も出してしまったし、吉田さんも外だし、私が荷物を受け取ってもいいよね。
いそいそと玄関に向かうとドアノブの鍵が空いてることに気付く。
「夜分遅くにすいません。シロネコ宅急便でーす」
「はい。ドアなら開いてますよ」
「そうですか。それなら失礼して──」
私がドアノブを開けた途端、宅配業者ではなく、黒のブランド物のスポーツウェアを着ていた若い男が急接近する。
「──こんばんは、みゆきちゃん、そしてさようなら」
「えっ!?」
ズブッと固くて細い金属の固まりが横腹に伝わってくる。
「うぐっ……!?」
「あれから急に居なくなって。君のことをずっと探していたんだよ」
燃えるような熱い痛みに顔をしかめ、お腹を見ると鈍く光るナイフが刺さっていた。
この深さは内臓まで達していて致命傷だろう。
「そしたら見知らぬ男の家に住んでるじゃないか。残念だな、みゆきちゃん、可愛い顔してビッチもいいとこだよ」
みゆきとは家出中に私が使っていた偽名の一つだ。
呼吸が荒くなり、揺らぐ赤い意識の中で悟った。
このイケメンで茶髪のチャラい男はどこかで見覚えがある……。
「や……
「ありがとう。僕のこと覚えててくれて光栄だな。まあ、ここでお別れだけどね」
「……はぐっ!?」
過去に泊める条件として、無償で体を交わした相手の一人……その矢口さんがニヤついてナイフを引き抜いたと同時に、激しい痛みで意識が持っていかれそうになり、床にひざをつけて前のめりに倒れ込む。
──吉田さん、ごめんなさい。
あなたの言うこともまともに聞かず、私は馬鹿な女でした。
もしあなたとやり直せるなら、もっと慎重に行動しないと駄目ですね。
「沙優ー、どうしたんだ!」
「吉田さん、来たら……駄目です……」
「へえー、ここでは紗優って名乗ってんだ」
ドタバタとした音が私に近寄ってくるのが、身を通じて分かる。
大丈夫かと耳元で囁き、身を案じた彼の太い腕が私の体を抱きかかえる。
「お前、沙優に何をしやがったー!」
「何だよ、冴えない顔の上に厚かましいおっさんと住んでるんだね。正直がっかりだな」
「どんな理由でも人に危害をくわえるのは犯罪だぞ。こんなことしてタダで済むと思ってるのか」
吉田さんが私を床に仰向けに寝かし、矢口さんの肩を掴んで乱暴に揺さぶると、矢口さんは嫌そうにその手を振りほどく。
「ウザいなあ。部屋に泊めてヤったクセして、良い人ぶってお説教かい。あんたも邪魔だから消えろよ」
「俺は許さないんだよ。お前らみたいなクズ共がか弱い女子高生を平気で傷付けて」
吉田さんが激しく怒って、えらく落ち着いた矢口さんに突っかかる。
「……あんたこそ何考えてんだよ。社会的にもリスク大なのに、女子高生匿って何も手を出さないで。警察にバレたら今までの人生、全てオシャカなんだよ。だったらせめてヤっとかないと」
「そういう問題じゃない……」
再び私に駆け寄り、私の傷をシャツで止血をしながら、矢口さんに敵意を向ける。
「いやいや、綺麗ごと言ってるみたいだけど、あんたこそ未成年の誘拐してんだよ。本人が合意してても保護者抜きで勝手に家で匿ってるということはね。それで一方的に責められてもなあ」
「お前だってすでに犯罪者じゃないか」
「いや、おかしいのはあんたもだよ」
矢口さんが腰に付けたポーチから折り畳みの警棒を出して、私を守る大きな背中に殴りかかってくる。
「あんた一生、この子を育てるつもりかい。大学とか就職はどうするのさ。思いっきり無責任じゃないか」
「ぐっ、この野郎……」
「あははっ。威勢の良いのは口だけかい」
吉田さんはそれを無抵抗で食らい、立っているだけで精一杯みたいだ。
「僕はそんな彼女を救ってあげたいとこうして手を下したんだ。セッ○スしようがしなくても結果的には一緒なんだよ」
「お前なんかに言われなくても……」
「そうかい? あんたは彼女を救ったようだけど、この子があんたを不都合に思うようになったら、最終的には追い出すしか方法はないよ」
「あんたはこの子の親じゃないんだから」
矢口さんもこんなキャラじゃなく、もっと天然で平和主義だった気もする。
何かが矢口さんを変えてしまったのだ。
そのきっかけが私の裏切りなの?
「そうだとしても俺は……」
「よ……吉田さん、お願いだから……私の言うことを聞いて……」
私はわけあって家出少女。
世の中には吉田さんみたいな優しい人ばかりじゃないですから……。
「……沙優におかしなルールを決め込んでいく大人の一部にはなりたくない!」
「……吉田さん」
「俺は彼女を救ってやりたかった。その気持ちはどこも間違ってないんだ!」
吉田さんの真っ直ぐな答えに心から震える。
この人は立場はどうあれ、本当に私のことを大切にしてくれて……。
「……やれやれ、あんたもつくづくお人好しと言うか、話が通じないな。ほんと萎えたよ」
「まあ、そんなに新婚ごっこでもしたかったら、来世でもご一緒にねー!」
「ぐあっ……!?」
薄れゆく意識の中、私の体に倒れてくる吉田さんと、血の付いた警棒を構えたままの矢口さんの高笑いを耳にしながら──。
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