第4話 欲望と感情

「金もなければ、住む場所もない」

「だからって男の欲望を叶えて住ませてもらうなんて考えが浅はかなんだよ!」

「お前は性のしがらみに囚われず、もっと自由に生きていいんだ!」


 吉田よしださんが立ち位置のままで叫ぶ中、ベッドに座っていた私は何も口答えができなかった。

 大人から叱られる子供のように、ただ受け身に任せた態度で……。


「でも吉田さんにはその程度のことでしか恩返しできないし……それに私を好いてくれる吉田さんなら……」


 そう、彼に嫌われるのが怖かった。

 家族や友達はともかく、吉田さんまでも失ったら自分の生きる意味が否定されるような気がして……。

 そんな気持ちに感づいたのか、吉田さんが苛ついて歯軋りをする。


「いや、好いてる以前に根本的におかしいだろ。沙優さゆ、普通の女子高生はそんな発想はしないんだよ」


 だったら他に取り柄がない私に何ができるの。

 エッチしなくても楽な道はあるの。

 繋がってる時だけ温もりが得られて幸せだったら、それでいいんじゃないの?


「お前は大馬鹿者の馬鹿紗優だ」

「人としての大切さも知らない愚か者が」


 吉田さんが私の心から何かを引き出そうとして、そのひたむきさに心の糸が千切れそうになる。


「だから俺が」

「俺の力で身勝手で間違えて歩んできたお前のレールを、正しい場所ルートに戻してやる」


 激しい叱責しっせきに続き、今度は吉田さんの温かみのある感情が伝わってきた。


「そ、それってつまり……」

「ああ、お前の愚か者な性格がまともになるまではこの家で住ませてやるよ」


 私は小さく口を開けて惚けたまま、吉田さんの真剣な表情から目が離せない。

 こうやって記憶の底にある私たちは暮らしてきたのだから。


「どうせ、他に住む場所がないんだろ。記憶もおぼろげだし、先々不安なんだろ」

「うん」

「だったらうちで解決じゃねえか」

「……うん」


 やっぱりこの人は優しい。

 私は泣きそうになる感情を抑え込み、精一杯の返事をする。


「でもその対価として働いてもらうぞ!」

「えっ、やっぱり体で?」

「当たり前だ! タダ飯食らいにさせるかよ。まずはこの家の全ての家事担当。それがお前に与える仕事だ」

「は、はい。わかりました……」


 何だ、体でというからにそれなりの覚悟を決めていたけど、彼がそんな野蛮なことをするタイプには見えなかった。


 もう寒空の下で寒さで震えることはない。  

 仮とはいえ、住まいを与えられた私はこれ以上にない幸せに満ちていた──。


****


 はあ……久しぶりに饒舌じょうぜつに語った気がする。

 普段は休日でもパソコンとにらめっこな生活だったもんな。


「あー、完全に冷めてしまったな。このオムライス」

「あっ、ごめん。レンジで温める?」 

「いやいいさ」


 慌ててベッドから飛び跳ねた沙優の気遣いをやんわりと断る俺。

 温めるまでの工程が面倒だ。

 レンチンする時間を間違って米がパサパサになったら台無しだし……。


「俺こう見えて猫舌なんだ。これもまた美味い」

「飯は冷めちゃったけど、お前の一生懸命さが伝わってくるよ」


 改めて俺の言葉に胸を打たれたように頬を染める沙優。

 吉田さんの私を思いやる気持ちも十分に染み入ってくるよ……と沙優が思ってるような気がした。


 何てな、俺たちは昨日道端で知り合ったばかりだぞ。

 いくら独り身とはいえ、妄想も大概にしないとな。


「そうそう。お前、さっさと風呂に入ってこい。女の子はいつも綺麗にしとかないとな」

「あ、ありがとう」


 俺は風呂場の位置を紗優に教えて、空になったケチャップ色の皿にスプーンを置く。


「あとそれからな」

「またさっきみたいに俺にエロい誘惑したら、今度こそここから追い出すからな。本当にエロが目的ならピンク街にでも行け」

「アハハ。もうしないよw」


 一応、忠告はした。

 あんな攻められ方をして理性が働いただけマシな方だろう。


『パタン』


 沙優が風呂場のドアを遠慮がちに静かに閉める。

 しばらくし、シャワーの音が聞こえる中、俺はTVのリモコンでつけ、食後のつまみ感覚でバタピーを食べていた。


「はあ、クリスマスが過ぎて年の瀬が来たと思ったらコレだぜ。俺も相変わらずお人好しだな」

「んー、まあどうにかなるか……」


 ──五年間も好きだった女にフラれ、失望のクリスマスから一夜明け、突如現れた家出少女、沙優と一緒に暮らすことになった俺。


 そしてここから、俺と沙優による二人を通じて、色々な人との繋がりの輪っかが描かれることになる。

 帰り道に拾った子猫のような女の子との出会いをきっかけに──。


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