第11話


 時間をかけて都の中心部をくまなく歩き回った。しかし、結果として私が探し求めているものの姿を見つけることはいよいよ叶わずに終わった。


 ない――ない!


 がどこにも、一冊もない!


 歩けども歩けども、あるのはきまって品揃えの悪い食料品を扱う店や雑貨屋らしき店ばかり。


 にわかには信じられなかった。

 本が存在しない世界なんてあり得る?とにかくそれくらいの衝撃だった。

 だって私が令嬢だった頃でさえ、紙は高価なものだと言われながらも、全くないなんてことはなかった。まぁ後々知った事実ではあるけれども。


 キースさんは職業柄、噂とかいわゆる人の口から流れてくる情報を主流にしているみたいだけど、私の場合は違う。

 私は昔からいつだって、何かを学んだり知識を深めたりするのは本だった。基本的に本や活字を通して得たものが、私という人間を形成したと言っても過言ではない。


 だから本を探していたのだ。

 唯一無二で特別な存在だから。


 道の真ん中で呆然と立ち尽くす私は、背後から歩いてきた通行人に気づかずぶつかってしまった。


「あっ。ごめんなさい」


 すぐに謝ると、ぶつかった相手側も悪いと感じたのか、手を差し伸べてくれた。


「これはこれはすまない。前など全く見ておらんかった」

 

 と、腕いっぱいに大きなカゴをかついでいる初老の男は言った。これでは確かに前方は見づらいだろう。こんなに大きいのなら背負うとかしてほしいと、文句のひとつでも言ってやりたい気分だったが、私も私で邪魔をしたのは事実。ここは怒りをぐっと抑え込んで作り笑いを装う。


「まぁまぁそう怒らんでくれ。お互いさまじゃ、お互いさま」


 笑っていたつもりでも実際は表情に出ていたのかもしれない。逆に初老の男は、柔和な笑顔で私をなだめようとしてくる。もっとも、その笑顔はカゴから時おり垣間見える範囲のものであるが。

 私は差し出された手は取らずに、初老の男に道を譲るべくそのまま黙って道路脇に身を寄せた。のっしのっしと大股に歩いていく様をぼんやりと見送る。怒りたいのか謝りたいのかもうどうでもいい気分になっていた。


「おじさん。ちょっと待ってくれませんか」


「お?わしか?」


「はい。突然で失礼なのですが、その大きなカゴの中にはいったい何が入っているのですか?差し支えなければ教えてほしいのです」


「別に構わんが。たいしたものなど入っちゃおらんがの」


 と言って初老の男はゆっくりとカゴを地面におろし、中身を見せてくれた。なんの変哲もないありふれたカゴかと思いきや、よく見たら素材は竹でできていてしっかりと編み込まれている。上蓋もあるし、作りは頑丈そうだ。


「おじさん、いいカゴ使ってるんだね」


「わしが作ったからの」


 初老の男はさりげなく口にする。


「おじさんが?ひとりで?」


「そうとも」


 この大きさのカゴをひとりでとなると、それ相応の手間ひまがかかっているはずである。見かけによらず、職人技の持ち主だったりするのかもしれない。


「それより、中身をみたいんじゃなかったのかね?」


「あ」


 不思議となぜか目をひかれるカゴを前に、本来の目的を言われてやっと気づく。

 私は上蓋を開け、中身を覗き込んだ。


 その瞬間――私は言葉を失った。


 もちろん、驚きの意味で。


 カゴの中には――探し求めていた――本の姿があったのだから。

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