史上最凶と謳われた悪役令嬢が村で『書店』開業することになった話
葵 京華
第1話
「お嬢様は本当に正真正銘、最凶で最悪のご令嬢でございますね」
「なによ、それ。どういう意味?」
仕えている側近の者に言われて、ついムッとした口調になってしまった。生意気も甚だしい。でもそんな言葉をいきなりくらったら、誰だっていい気分ではいられないのが普通というものではないだろうか。
「言葉通りの意味でございます。気分を害されたのなら申し訳ありません。ですが
言いたい放題言ってくれる。はたしてこれが主君に対する態度かと、腹立たしい気持ちになりかけたが、ここはぐっとこらえて怒りを落ち着かせる。
怒りからは何も生み出せないと、経験上分かっているからだ。
「じゃあ、一応聞かせてもらおうじゃないの。いったい私のどこが最凶で最悪なのかを」
「承知しました。そうですねー・・・。まずは・・・」
側近はそう言って、右手の長い人差し指をピンと持ち上げる。その様子だと、ひとつではないということか。
見たところ表情に変化こそないものの、もしかしたら内心でほくそ笑んでいるのかもしれない。
この側近。私に仕えて長いが、相変わらず何を考えているのか、分かりにくい節がある。で、そしていつもこんな調子で少々、クセのある態度で接してくるのだ。
けど極めて完璧で柔軟な仕事ぶりだから、追い払わずに彼を側に置いている私も隅に置けない。
「承認欲求がすさまじいほど強い点を、挙げていきましょうか」
「承認欲求、ですって?」
「左様で。お嬢様は何事においても、やると一度決めたら必ず最後まで完遂しないと気が済まない質でありましょう?」
「ゔっ。ま、まぁ否定はしない。でも別に特別悪いわけじゃないでしょ?」
むしろ責任感があっていいではないか――私は生意気な側近に言ってやりたい衝動に駆られたが、文句をあとでまとめてぶつけてやるとして、今は大人しく耳を傾けておくとしよう。
「続いてふたつ目。お嬢様自らが発令なさった、例の条例ですよ。わたくし個人の考えといたしましては、こちらが最も大きな理由かと」
「私が作ったのって――アレのこと?アレのどこが最凶最悪に繋がるのよ?」
少なくとも身に覚えはない。私が問いただすと、側近は分かりやすいため息をついた。眉尻を下げ、いかにも「困ったお方だ」という顔をしている。
珍しく表情を変えたなと思ったら、これか。私の堪忍袋にまたしても怒りが蓄積する。
「庶民は困惑しているのですよ。お嬢様がいくら本を愛しているとはいえ、どの家庭でも必ず三十分の読書時間を設けるのには無理があったのでございます。失礼ですが、お嬢様は庶民の暮らしぶりをご存知でありますか?」
「——特にこれといった不自由なく生活できているんじゃないの」
「全然分かっておられませんね。勘違いも甚だしい」
側近は冷酷に、しかも間髪入れずに答えた。
庶民の暮らしぶり?勘違い?確かに一軒一軒にまで気を配ったことはないが、とりわけ悪い噂は聞かない。
「わたくしの口から説明させていただくとしましょう。お嬢様。ご自分が好きだからといって、他の人全員が同様の気持ちとは限りません。よって条例を出して、はい終了とはいかないのです。今や、庶民は生活に苦しんでおります。裕福さを実感できているのは実際、ここ王室を含めたごく一部にすぎません」
「え・・・」
思わず私は呆然としてしまった。そんな事実、一切知らされていなかったからだ。
「ではお嬢様、本は何でできていますか」
「・・・紙」
「そうです。紙です。紙なくして本は成り立たない」
「だったら?」
側近の言いたいことが見えてこない。私は聞き返す。
「王室育ちのお嬢様は知る由もないかもしれませんが、紙は非常に高価で大変重宝されているものなのであります。そんな紙の集合体である本を一家に一冊置いておくなど、庶民からしたら夢のまた夢。ですので、本を読もうにも本自体に手が届かないのです」
「そうだったの・・・」
てっきり本は、身近にありふれたものとして存在しているとばかり思っていた。側近の言う通りだ。勘違いも甚だしい。
「いやはやお待ちください、お嬢様・・・お忘れなのですか?そもそも無理があるうえに、条例を破った場合に罰則を課したことを」
「罰則⁉なにそれ⁉知らないし聞いてないよ!罰則なんて作った覚えもない!」
変な言いがかりは止めてほしい!——私は続けてそう叫びたかった。
いくらなんでも濡れ衣を着せられるのだけは、ごめんだ。
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