凍える雪花は春に触れ【1:1】35分程度

嵩祢茅英(かさねちえ)

凍える雪花は春に触れ

凍える雪花せっかは春に触れ


男1人、女1人

8,300文字、35分程度


2024.4 投稿


花井 真(はない まこと)

美術学校に通っている大学生。

バイトで絵画教室のスタッフをしている。

19歳


九条 壱菫(くじょう いつき)

真のバイト先のオーナー。

週に数度、教室の様子を見にくる。

32歳


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「凍える雪花は春に触れ」

作:嵩祢茅英(@chie_kasane)

花井 真♀:

九条 壱菫♂:

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絵画教室の事務所


真M「その人は私がバイトしている絵画教室のオーナーで穏やかな人だった」


真「九条さんは、絵描かれないんですか?」


壱菫「あー…僕、美術はさっぱりなんです」


真「そうなんですか?絵画教室のオーナーなのに?」


壱菫「元々ここは、画家だった僕の母が開いた教室なんですよ。

母が亡くなった後は父がオーナーとして、

そして父が亡くなった後、僕が継いだんです」


真「そう、だったんですね…」


壱菫「入ってきてすぐのところに花の絵があるでしょう?

あれ、母が描いたものなんです」


真「あぁ!あの絵、私好きです。

とても温かみがあって、優しい絵だなぁって」


壱菫「そう言ってくれたら母も喜びます」


真「あの絵って、すみれですか?」


壱菫「ええ。よく分かりましたね」


真「好きなんです」


壱菫「すみれが?」


真「はい。小さくて、可愛らしくて」


壱菫「(微笑む)すみれって漢字でどう書くか、知っていますか?」


真「いえ」


壱菫「(名刺を差し出す)こう、書くんです」


真「え?」


壱菫「僕の名前。いつきの、「き」の部分」


真「…この字、すみれって読むんですか?」


壱菫「はい。僕、春生まれで。

母も、すみれが好きだったんです」


真「そうなんですね。私と同じ」


壱菫「(微笑む)はい。

真さんも、将来は画家に?」


真「あ、いえ、絵は…難しいです。

描くのは好きですけど、それで食べてはいけないから」


壱菫「そうなんですか…僕、真さんの絵好きですよ」


真「…ありがとうございます」


壱菫「人を惹きつける絵が描けるのは、才能だと思います」


真「…惹きつけますか?」


壱菫「うん。僕は目を惹かれました」


真「嬉しいです」


壱菫「僕は芸術とか分からないけれど、真さんの絵は明るい色なのに、どこか寂しげで…」


真「寂しげ…」


壱菫「美しい絵だと思います」


真「…」


壱菫「絵はね、特に。母さんの絵を見ていたからかな。

描いた人の人間性が伝わってくんるですよ」


真「私…寂しそうに見えます?

可哀想に見えますか?」


壱菫「可哀想ってのは、ちょっと違うかな。

雪花せっかのような人だって思ったのが最初でした」


真「雪花せっか?」


壱菫「花に見立てた雪のことをそう言うんですよ。

綺麗で、華やかで。でも儚げで。

思わず触れたくなってしまう。

けれど、手を伸ばしたら溶けて消えてしまいそうで。

…触れてもいいんだろうかって、少し不安になる」


真「そんな綺麗なものじゃあ、ないです」


壱菫「…ふ」


真「?、なんですか?」


壱菫「綺麗ですよ、真さんは」


真「え?」


壱菫「僕には、そう見えています」


真「…」


壱菫「不服ですか?」


真「…違いますから。綺麗な人間じゃないんです」


壱菫「はは、真さんは頑固ですねぇ」


真「…すみません」


壱菫「謝ることではないですよ」


真「…素直にありがとうございます、って言える方が可愛げがあるのは分かってるんですけど…苦手なんです」


壱菫「苦手、ですか」


真「はい」


壱菫「まぁ、無理をする必要はないです。

それに真さんは、可愛げあると思いますよ」


真「…ええ?」


壱菫「(にこにこしている)」


真「…九条さん、子供好きそうですもんね(嫌味)」


壱菫「ええ?どういう意味ですか、それ」


真「九条さんは大人ですし?私なんて子供に見えてるんでしょう?」


壱菫「(思わず笑う)、それで拗ねているんですか?」


真「別に、拗ねてません」


壱菫「機嫌直してください、真さん。よしよし」


真「からかわないでください!」


壱菫「ふふっ、調子に乗りました。すみません」


真「…もう。ふふっ」


真M「穏やかで、大人で、…優しくて。

そんな人、初めてだったから。

だから、惹かれたんだと思う」



----------



何冊ものスケッチブックと本をヨロヨロしながら運んでいる真


真「よいしょ、と…あっ…!」


壱菫「おっと!」


真「!、九条さん!ごめんなさい!」


壱菫「いいえ。大丈夫ですか?

言ってくれれば僕が運ぶのに」


真「いえ、オーナーに手伝って貰うわけには…」


壱菫「こんな重たいものを女の子に運ばせる、人でなしに見えますか?」


真「そう言うわけじゃ…!」


壱菫「ふ、冗談ですよ。

これ、どこに運ぶんですか?」


真「あ、教室の後ろに」


壱菫「よいしょ……すごい量ですね」


真「高校の時に描いたものを持ってきたんです。

みんなの参考になるかなって。あと本も」


教室の後ろの棚の上にスケッチブックを置く壱菫


壱菫「ん、しょ…と。

スケッチブックの中、見てもいいですか?」


真「どうぞ」


壱菫「(パラパラしている)…んー、やっぱり彫刻のデッサンってするんですね」


真「そうですね。形の把握とか、基礎的なものですから」


壱菫「デッサンって退屈じゃないですか?」


真「退屈ですよ。でも、退屈なものでも描き始めると時間も忘れて描いてしまいます。終わる頃には手が真っ黒」


壱菫「石膏像、ここにもあるんですけどね」


真「そうなんですか?一度も見た事なかったです」


壱菫「奥にしまってあるんですよ。

うちは小さい生徒さんが多いですから、危ないでしょう?

それに怖がると思って」


真「あぁ、確かに割れたら大変ですもんね…

でも、いいモチーフですよ?しまっておくの、勿体無いです」


壱菫「そうですね。真さんが言うなら。

美大生の意見は、大切にしないといけませんし」


真「あ、いや…なんか偉そうに、すみません」


壱菫「いいえ、なんでも言ってください。

それに僕、真さんと話すの結構楽しみにしているんです」


真「え?」


壱菫「ふふっ」


真M「なんの他意もない言葉にドキッとしてしまう」


壱菫「…さ、もう暗くなってしまいます」


真「そっ、そうですね!すぐ帰ります!」


帰り支度をする真


壱菫「あ、そうだ。

真さんが次来るのって来週の火曜日でしたっけ?」


真「そうです」


壱菫「僕もその日、来る予定なので」


真「そうなんですね」


壱菫「石膏像、出しておきますから。

配置とか一緒に考えてくれますか?」


真「はい。分かりました」


壱菫「頼りにしてます。

それじゃ、また来週。

気を付けて帰ってくださいね」


真「また来週。お疲れ様でした!」



----------



真、何かから逃げるように走ってくる


真「はあっ、はぁっ、はぁっ…!」


真、絵画教室のドアを勢いよく開けて入ってくる


真「っ、はぁっ、はぁっ」


壱菫「あれ、早いですね…って…

どうしたんですか、その顔!」


真「…九条さん…」


壱菫「腫れてるじゃないですか…傷も…何があったんですか?」


真「ごめんなさい、こんな顔じゃ子供たち、ビックリしちゃいますよね…!」


壱菫「…今日は他のスタッフもいますから心配しないで。

冷やした方がいいかな…座って」


真「…はい」


壱菫「(探している)消毒と…冷やすもの…」


真「…ごめんなさい」


壱菫「え?」


真「こんな顔じゃ仕事もできないのに…

でも、どこに行けばいいのか、分からなくて…」


壱菫「何が、あったんですか?」


真「…私、親が、離婚していて、その…母に、ネグレクトされてたから、私…」


壱菫「…」


真「ずっと母親とは会ってなかったんですけど、さっき街で会って…

学校から、尾けてきてたみたいで…」


壱菫「…」


真「お金を、貸して欲しいって…」


真「再婚したい人がいるからって、知らない男の人といて…」


真「もう祖父母には借りれないから、私のところに…

バイトしてるんだからあるだろって…」


壱菫「真さん…」


真「断ったんです私…うち、元々裕福じゃないし、それに学費だってかかる」


真「だから、貸せるようなお金はないって…」


真「それで…」


壱菫、真を抱きしめる


真「っ、」


壱菫「怖かったね…」


真「…っ、」


壱菫「辛い時は辛いって言っていいんですよ」


真「…ぅ…」


壱菫「泣きたい時は、泣けばいい」


真「うぅ…っ」


壱菫「一人でなんでも抱え込まないで。

心が壊れてしまう。

もっと僕を頼ってください」


真「っ、そんなの、だめです」


壱菫「どうして?」


真「九条さんに、迷惑かけちゃうから…」


壱菫「迷惑じゃない。僕は真さんに頼って欲しいんです」


壱菫「ずっと一人で頑張ってきたんですね」


真、涙が止まらない


壱菫「よしよし」


壱菫、真を強く抱きしめる


真「…うっ…うぅ…」


真、壱菫の胸でしばらく泣く


(間)


真、泣き疲れて寝てしまう


壱菫「…」


壱菫「…真さん?」


壱菫「寝ちゃった、かな…?」


真をソファに寝かせる


壱菫「よいしょ…と」


しゃがんで真の顔を見る


壱菫「あなたに優しくする事しか出来ない臆病な僕を、どうか許してください」


壱菫、真の額にそっとキスをする


真M「…夢が現かはっきりしない微睡まどろみの中で、九条さんが私に優しくキスをする。

そんな夢を、見た」



----------



壱菫、真のいる部屋に入ってくる


壱菫「真さん、起きてますか?」


真「ごめんなさい、私寝ちゃったんですね…」


壱菫「寝てる間に手当てさせてもらったんですけど、まだどこか痛みますか?」


真「大丈夫です!ご迷惑をかけてしまってごめんなさい」


壱菫「いいんですよ。

さ、もう遅いので車で送って行きます」


真「いえ、一人で帰れます!」


壱菫「送らせてください。

心配なんです、キミが」


真「っ、…はい」


壱菫「じゃあ行きましょうか」


真M「さっき見た夢を思い出して、変に意識してしまう」


壱菫「怪我のこと、ご家族には僕から話しましょうか?」


真「大丈夫です、祖父も祖母も分かってくれていますし、私にはとても優しいですから…」


壱菫「そう?」


真「はい」


壱菫「分かりました。でもね、真さん」


真「?、はい」


壱菫「何かあれば、僕を頼ってください。

キミを守れるくらいの大人であるつもりです」


真「え。でも」


壱菫「でも、じゃなく」


真「…はい」


壱菫「ん。いい子」


真「…」


壱菫「真さんは…」


真「…え?」


壱菫「どうして絵を描いているんですか?」


真「…私、小さい頃から一人でいることが多くて。

いっつも一人で絵を描いていたんです。

だから…」


真「でも、絵の学校ってお金がかかるじゃないですか。

大学に入る前も、予備校とか行くのが当たり前で…」


真「だから、諦めようと思っていたんです。

祖父母にも迷惑をかけてしまうし」


真「でも…」


真「絵を辞めたら、私は、何を支えに生きればいいんだろうって」


真「…本当に、目の前が真っ暗になりました」


真「それで、祖父母にお願いしたんです」


真「一回だけ、美大を受験させて欲しい。

落ちたら諦めるし、奨学金と、あとバイトして学費を稼ぐ、自分でなんとかするからって」


真「祖父母は笑って、いいよって言ってくれました。

学費も心配するなって言われたけど、でもやっぱり申し訳ないから、バイトして少しずつ返してるんです」


壱菫「いい方たちですね」


真「はい。とても感謝しています」


壱菫「…さ、着きましたよ」


真「今日は本当に、ありがとうございました。

…私ばっかり話してしまってごめんなさい」


壱菫「なんでも話してください」


真「…え?」


壱菫「真さんのことを知れるのは嬉しいですから」


真「…それって」


壱菫「さ、ご家族がきっと心配しています。

また何かあれば連絡してください。

それじゃ、おやすみなさい」


真「…おやすみなさい」


真M「それは、ただの優しさなのかも知れない。

大人の余裕なのかも知れない。

近付いては離れていく、波のような振る舞いが、どうしようもなく私の心を掴んでいた」



----------



絵画教室のドアノブを掴んで深呼吸する真

意を決してドアを開ける


真「おはようございます!」


シーンとしている


真「あ、あれ?九条さん、いないんですか?」


奥からバタバタと壱菫が出てくる


壱菫「真さん、ごめんなさい!」


真「珍しいですね、九条さんが慌ててるの…何かありました?」


壱菫「あ…いえ、何も。

おはようございます」


真「おはよう、ございます」


壱菫「ご家族とは、話せましたか?」


真「あ、はい。この間は、大変お世話になりました」


壱菫「いいえ、お気になさらず。

…うん、腫れも引いたようで良かった。

じゃあ、そうだな…準備、しましょうか」


真M「何か、いつもと違う。そう感じた。

教室の準備をしている時も…」


ボーっとしている壱菫


真「九条さん?」


壱菫「…」


真「九条さん」


壱菫「…っ、すみません。

なんでしょうか?」


真「どこか具合、悪いんですか?」


壱菫「…いえ。大丈夫です」


真「…嘘」


壱菫「え?」


真「大丈夫じゃないですよ。いつもと違います」


壱菫「…心配をかけてしまいましたね。

でも、本当に大丈夫ですから」


真「…私には言えませんか?」


壱菫「…」


真「この前、九条さんに色々話して…話を聞いてもらって。

私とても気持ちが軽くなったんです」


壱菫「…」


真「だからって私にも話してください、なんて傲慢だと思います。

けど…私だって、九条さんの力になりたいんです!」


壱菫「…」


真「…ぁ…すみません。いきなりこんな事言われても困りますよね」


壱菫「あ、いえ…」


真「忘れてください」


壱菫「…」


真「…じゃ、私、看板出してきます(壱菫に背を向ける)」


壱菫「…真さん!」


真「(振り向く)…はい」


壱菫「今日、教室が終わったら…」


真「…」


壱菫「…いや、」


真「約束してください」


壱菫「…え」


真「私に、話してくれるってことですよね

朝までだって付き合います、明日でも、明後日でも!」


壱菫「…ふ(下を向いて笑ってしまう)」


真「…九条さん?」


壱菫「(顔を上げる)今日。教室が終わったら、お願いします」


真「…はい!」



----------



教室が終わり、事務所で真を待つ壱菫


壱菫「(ため息)はぁ〜〜〜〜〜…」


真が部屋に入ってくる


真「お疲れ様です」


壱菫「っ、お疲れ様です…」


真、壱菫の向かいの椅子に座る


真「…お待たせしました。なんでもどうぞ」


壱菫「(言い渋っている)」


真「…」


壱菫「…最初に、まず言わせてください」


真「はい」


壱菫「…カッコ悪いですね、僕」


真「…」


壱菫「いい大人が、女の子に気を遣わせてしまいました」


真「そんな。私こそ、無理言ってごめんなさい」


壱菫「…ありがとう」


真「それで、何があったんですか?

何か、あったんですよね?」


壱菫「…僕ね、婚約者がいたんです」


真「…………え」


壱菫「昔の話なんですけどね

結婚式まであと数日って時に、居なくなってしまいました」


壱菫「後から、他の男性と駆け落ちしたって聞かされました」


真「…それで」


壱菫「…親が決めた相手でしたから。

逃げてくれて、ホッとしました。

その頃の僕には、人一人の人生を背負う覚悟がなかったんです」


真M「嘘だと思った。

ううん、九条さんは本気でそう思っているのかも知れない。

でも。

「逃げてくれてホッとした」だなんて、相手を非難しないための言葉に思えたから。

優しい嘘をく人なんだな、って。

それで苦しくなるのは、自分自身なのに…」


壱菫「その元婚約者から今日電話がありまして」


真「…相手は、なんて?」


壱菫「…もう一度やり直せないか、って」


真「(涙が溢れそうになり、下を向く)」


壱菫「勝手ですよね。一緒に駆け落ちした方は、まぁその…家に帰ってこないそうです」


壱菫「(ため息)…もうとっくに吹っ切れたと思っていたのに…十年も前の話ですよ?

ダメですね。動揺してしまって…」


壱菫「ははっ、それだけなんです。

つまらない話ですみません。

…笑ってやってください」


真「(涙がこぼれ落ちる)」


壱菫「…っ、な、」


真「ぅ…」


壱菫「…なんでキミが泣いてるんですか」


真「…だって…」


壱菫「ほら、泣かないで」


真の涙を拭く壱菫


真「っ、なんでそんなに優しいんですか…」


壱菫「…優しくなんて、ないんです。

弱いだけなんですよ、僕は」


真「九条さんはっ、優しいですっ」


真「優しくて、大人で、余裕があって…」


壱菫「ははっ…そう見えていたんですか?」


真「…(頷く)」


壱菫「それはね…カッコつけてただけなんです」


真「…私が子供だから?」


壱菫「違います」


壱菫「男はね、好きな人の前ではカッコつけたいものなんですよ」


真「!、…九条さん…それって」


壱菫「なんでこんな話、キミにしてしまったんだろう」


真「…」


壱菫「いや、キミだからしてしまったんだろうなぁ」


真「九条さん」


壱菫「…ダメです」


真「…どうして?」


壱菫「…僕は、人を愛する自信がない。

…それに歳だって離れている。

真さんには、もっといい人がいるはずです」


真「…九条さんじゃなきゃ、嫌なんです…」


壱菫「…」


真「好きなんです、九条さんが」


壱菫「…」


真「それに、あなたは愛情深い人です!

私はそう、思っています!

だから…!」


壱菫「…っ、(泣いてしまう)」


真「九条さん…」


壱菫「(消え入りそうな声で)ありがとう、真さん…」



----------



その後、壱菫の車の中


真「すみません、今日も送ってもらっちゃって」


壱菫「いえ、僕のせいで遅くなってしまいましたから」


真「…あ、あの…」


壱菫「?、はい」


真「春に、観に行きたい展示があるんですけど、

良かったらその…一緒に観に行きませんか?」


壱菫「僕で良ければ、ぜひ」


真「よかった…」


壱菫「…真さんは、本当に絵が好きなんですね」


真「はい。絵はいつだって、私の側に居てくれたから」


壱菫「僕も、絵を見るのは好きです。

絵を見ている時は、現実を忘れられるから」


真「…」


壱菫「…すみません。

逃げるための道具にしちゃ、いけませんよね」


真「いいんですよ、逃げても」


壱菫「…」


真「『私は音楽のように心慰めるものを絵の中で表現したい』」


壱菫「それは…」


真「ゴッホの言葉です。

それに絵が、九条さんに会わせてくれたから」


壱菫「…ふ」


真「展示会、楽しみにしてますね」



----------



壱菫N「そして、展示会当日」


入り口横で待つ壱菫

遅れてやってくる真に手を振る壱菫


壱菫「真さん」


真「九条さん!お待たせしちゃってすみません!」


壱菫「いえ、私もさっき着いたところですから」


真「それじゃ、行きましょうか(チケットカウンターの方へ行こうとする)」


壱菫「真さん。チケットはもう取ってあります(チケットを見せる)」


真「うそ、お金、払います!」


壱菫「いいんです、初デートですから。払わせてください」


真「…ぇ…………あ、ありがとう、ございます…」


壱菫「ん。行きましょう」


入場し、展示物を観る二人


壱菫「真さんが観たいって言っていた展示って何ですか?」


真「…実は、私の作品も展示されているんです」


壱菫「それはすごい。何を描いたんですか?」


真「ふふ、当ててみてください」


(間)


しばらくすると一番目立つ場所に、大きな夜桜の絵が飾ってある


壱菫「この絵…」


真「…」


壱菫「…(真剣に観ている)」


真「…(壱菫を見ている)」


壱菫「…薄い夜空を何枚も重ねたような繊細な絵だけど、桜の力強さもある。

星の明るさとか、暖かい空気を感じるいい絵だと思います」


真「芸術には疎いんじゃなかったんですか?」


壱菫「素人の感想です。

思ったままを言葉で伝えてみたんですが、どうでしょうか」


真「…嬉しいです。

でも、これが私の絵だってよく分かりましたね」


壱菫「前に言ったでしょう?真さんの絵が好きだって」


真「…(嬉しい)」


壱菫「…雪花せっかは、溶け方を思い出したんですかね」


真「そうですね。春の陽気に触れて、思い出したようです」


壱菫「僕も…」


真「?」


壱菫「(呟くように)もう一度、信じてみてもいいのかな…」


真「…それ、違いますよ」


壱菫「え?」


真「私とは、これから始まるんです。

「もう一度」じゃないし、

そもそも私は、九条さんを裏切りません」


壱菫「…ははっ!(泣きそうになる)

…本当、真さんは強いなぁ…」


真「好きな人の前では、カッコつけたいものなんでしょう?」


壱菫「…そうですね」


二人、笑い合う


壱菫「真さん」


真「はい」


壱菫「幸せになりましょう、僕と一緒に。

幸せにしてみせます。僕の一生をかけて」


真「(微笑む)ずっと隣にいさせてくださいね、壱菫いつきさん」







十分な間をとって







展示会の帰り道


壱菫「そうだ。これ」


真「?、なんですか、この箱」


壱菫「展示会のご褒美です。

…って言うのは、ただの口実なんですけどね。

開けてみてください」


真「はい。…(箱を開ける)…!かわいい…ネックレス?」


壱菫「気に入ってくれました?」


真「はい。でもなんで…

知ってたんですか?私が絵を出してる事」


壱菫「高校生の頃から、毎年この展示会に絵を出していたでしょう?」


真「はい…って、え?!

雪花せっかのような…って、いつの絵の話ですか?!」


壱菫「秘密です」


真「〜〜〜っ!!…なんか恥ずかしい…」


壱菫「ふふふ」


真「…これ、今着けてもいいですか?」


壱菫「もちろん」


真「このチャーム…すみれ?」


壱菫「よく気が付きましたね。

悪い虫がつかない、お守りです」


真「(ネックレスを着ける)…似合いますか?」


壱菫「とても」


真「一生大事にしますね」


壱菫「そうしてください。

さ、帰りましょう(手を差し出す)」


真「はい!(差し出された手を握る)」

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