気づけば、インクを取り換える時だった

上月祈 かみづきいのり

1.これまで

 僕が小説を描き始めたのは2015年の12月だった。創作に無縁の人間で、しかしながら憧れを持っていた。

 無謀にも賞に応募したり、基礎工事のつもりで通信添削の小説講座を受けたり、その類の本を借りて読んでみたり買ってみたりした。

 それから今に至るまで、線は細くも太くも筆を執り続けている。振り返れば初期の頃に思い描いたような真っ直ぐな線は引かず、曲がりくねった線を書いてばかりいるように思える。それは描写の話で、シンプルな描写を心がけつつも、婉曲表現に走りすぎているからだ。この自覚があるものの曲線を描くのが楽しくなってしまう。コントロールしなければならない、と改めて思う。


 創作に興味があったと書いた。

 しかし、かつてそれは、マンガやアニメーションのようなものに対してだった。文学にではない。

 だが、絵の経験の乏しさから実現しなかった。

 絵を描かなかったのは幼稚園の頃に端を発している。指を差されて笑われることが極めて多かったからだ。

 絵を描くのは嫌いだった。

 絵は嫌いだったくせに、それを用いて上記のマンガ等の作品を作ることに憧れを持っていた。

 あきらに、ひずみだった。

 そして、初めて笑われてから20と幾年が過ぎた。もう、絵を描くということが見たこともない宮中行事のように思えた。手の届かないところにあった。


 友人に小説を書いている奴がいた。もちろん娯楽で、だ。そいつに創作に関しての話をしてみた。加えて、なんとなくだが、

「書いてみたい気もする」

 と言った。小説を、だ。心情に迷いがあったから、この曖昧なセリフで間違いない。

「書いてみれば?」

 とあいつは言った。シンプルだ。シンプルだった。

 その言葉を受けて処女作を書いた。読んでくれると約束してくれたからだ。


 小説を書こうと思った理由の一つに、

『文章なら活字にされてしまうから、絵ほど視覚的な形の技術は要らない。内容と、文としての性質に注力すればいい』

 と思ったからだ。

 今だから言うがこれは全くの誤りであり、絵ではなくても文章力など様々な技術的要素が存在する。視覚的というのは並びや段落のことだがこれも明らかに技量であり、無視できない。

 それでも、何か絵を書くよりは文書を作成する機会の方が多かったからその結論に至ったのだ。

 学生レポートなども、文書作成のひとつだった。作文も昔から嫌いだったが、絵よりははるかにマシだった。


 絵の方が憧れはあった。

 でも、希薄ながらにも谷川流先生の『涼宮ハルヒ』シリーズのような語り口調にも憧れがあった。

 僕は特性というか、小説よりも実用書みたいな文章の方がゆっくり読めるところがあったから結局ハルヒなどのラノベはちゃんと読むことは出来なかった。

 それほどに、じっと読むにはあまりにも、ワクワクしすぎてしまった。


 僕は理系の人間だから、文章力はないと思っていた。

 加えて文章のセンスなら自分の姉妹(とはいうものの1人)の方があると思っていた。彼女が文系なのもある。

 だが、彼女のセンスはフレーズのセンス。選択に表現としての的確さと、好みや性分として発揮される古めかしさが絶妙にマッチしていた。

 聞いたこともない鏑矢かぶらやの音を聴かせ、扇の的が射られて舞って波に揉まれるまでを見たこともないのに映す。

 それが出来るセンスの人だった。

 それでも彼女が好むのは絵を描くことであり、きっと今も液タブに描き続けているだろう。これはなかなかに皮肉である。だが僕は、特段強い羨望を抱いているわけでもない。よくあることだし、彼女のフレーズセンスもきっと後天的に獲得したものだからだ。僕も獲得すればいいと思った。

 自分の特色を見失ってはならない。


 閑話休題。

 さて、出来上がった処女作を例の友人に見せた。データをLINEで送って読んでもらった。Wordで書いた気がする。

 感想は概略すると、

『初めてであるが故につたない部分は確かにあるが、表現にセンスを感じた』

 というものだった。文言自体は伏せるのだが、賛辞を送ってくれた。

 それは僕にとって喜ばしいことだった。

 

 有名な一文を借りれば「夜の底が白くなった」に違いない。

 あれから、8年が経った。お陰様で、8年経った。

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