第2話 冒険者ギルド
俺は十数年振りに王都の冒険者ギルドの建物を訪れた。
内装は殆ど変わってはいなかったが、子供の頃あれだけ広く感じた内部はずっと小さく感じられ、全体的にどことなく記憶より古びていた。
「当ギルドへ何かご用でしょうか?」
俺が何気なく中を見回していると、受付の中にいる若い小柄な女性──というより、十代半ばの少女に声をかけられた。
受付カウンターの前に座っているのは彼女一人だけで、以前、俺の対応をしてくれたおじさんは居なかった。
「冒険者登録をしたいんだが」
そう申し出た俺に受付の少女はすぐに一枚の用紙を取り出した。
「ではこちらにお名前とお持ちのスキルを記入してください。文字を書けないようであればおっしゃってくださいね。代筆も出来ますので」
一応、一通りの読み書きは父と母に教わっている。
書くこと自体は問題ないが、渡された紙を眺めてみると冒険者登録名と持っているスキルを記入する書類のようだった。
俺は素直に自分の持っているスキルを全て記入した。
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<冒険者登録依頼書>
【名前】 ノール
<所持スキル申告欄>
【剣士】系統 ── パリイ
【戦士】系統 ── 筋力強化
【狩人】系統 ── 投石
【盗賊】系統 ── しのびあし
【魔術師】系統 ― プチファイア
【僧侶】系統 ── ローヒール
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各系統、もっとも初歩の最低位スキルが1つずつ。
合計で6つのスキル。
これが今の俺の全てだった。
「これでいいか?」
「はい、ありがとうございます。確認させていただきますので、少々お時間を…………えっ?」
受付の少女は俺が渡した用紙を確認しながら、カウンターの上に置かれた分厚い『スキル性能評価辞典』という本を片手に、何かに戸惑っているようだった。
しばらくすると、少し言いづらそうな様子で俺に質問をした。
「あの、本当にこれでお間違いないでしょうか? もし、書き洩らしなどあれば──」
「それで全部だ」
「…………えっ?」
俺の簡素な返答に、少女の表情が困惑から焦りに変わり、慌てて手元の手帳のような小冊子のページをめくりはじめた。どうやら、対応マニュアルらしきものを眺めているようだった。
「し、失礼しました……! で、では……王都の『養成所』の制度はご存知ですか? ここ王都では誰でも優れた教官から六系統の基本職の訓練を受けられ、新たなスキルを──」
「それはもう知っている。全部受けたからな」
「──えっ……!?」
受付の少女は今度は小さく驚きの声を上げた。
が、すぐに「失礼しました、しょ、少々お待ちください」と、また、手元のマニュアルらしきもののページを何度もめくり、しばらく確認した後で申し訳なさそうに俺を見上げてきた。
「あ、あの……それですと……非常に申し上げにくいんですが」
「やはり、冒険者登録はできないのか?」
「……はい。ギルドが定める冒険者登録基準の『最低要件』に達していないので……本当にすみません」
「いや、君が謝ることじゃない」
俺のスキル構成では、冒険者の登録はできない──それは分かっていた。
俺の言葉に少女は少しホッとしているようだったが、次の一言でまた顔色が変わった。
「だが、それでも冒険者登録したいんだ。どうにかならないか?」
「………………えっ…………???」
俺の質問に少女のマニュアルを持つ手が震え、目はあたふたと俺の顔とマニュアルを往復している。
ほぼ半泣きの顔は真っ赤になっていた。
……そんなに、困らせてしまっているのだろうか。
「やはり、ダメなのか?」
「あ、ううう……で、でも……!! ……しょ、少々お待ちください……!!」
俺もだんだん彼女に可哀相なことをしているような気分になってきたところで、
受付の少女は席を立ち、
「マ、マスタぁ〜!」と声を上げながらギルドの奥へと走っていった。
「なんだ……どうした、そんな真っ赤な顔して……?」
「あの……! ──あの方が──!」
何やら、俺のことをマスターと呼ばれた誰かに説明しているようだった。
そうして奥からのそりと出てきたのは大柄で、強面の男だった。
俺はこの人物を知っている。
以前と比べて頭に白髪が混じってはいるが、何とも懐かしい、見覚えのある顔だった。
「おいおい、うちの新人をあんまり
向こうは俺のことを覚えていないらしい。
不審者とでも思ったのか鋭い目で睨みつけてくる。
だが、俺は久々に見る顔に嬉しくなって思わずその人物に声を掛けた。
「おじさん、久々だな」
「あ? なんだお前は? おれはお前なんか知らねえ──いや。ちょっと待て」
その男はあご髭に手をやりながら首をかしげていたが、俺の顔をじっくりと見つめると、何かに気がついたようだった。
「随分と背は高くなってるが…… お前。まさか、あの時の
「ああ、そうだ」
何とおじさんの方も俺を覚えていてくれたらしい。
それも、名前まで。
やりとりを見ていた受付の少女は不安げに俺たちを交互に見つめ、困惑の表情を浮かべた。
「あ、あの……マスター、お知り合いですか?」
「ああ、そんなようなもんだ。もういいぞ、アリア。コイツはおれが対応する。お前は他の仕事やっとけ」
「は、はい!」
少女が受付の席に座り、他の来客の対応を始めたのを眺めながら、ギルドのおじさんはさっきとはうって変わった態度で、嬉しそうに俺に話しかけてきた。
「悪かったな。こちとら来客の顔を覚えるのも商売の内だってのに、あんまり変わっちまったんで分からなかったぜ」
「無理もない。あれから十数年もたったんだからな。なのに、名前まで覚えててくれるとは」
「へっ、忘れたくっても忘れられねえよ。あの歳で、大人でだって一つでもキツい養成所の訓練を
「まあ、そうかもな」
「突然消えたっきり音沙汰ねえもんだから、てっきり死んだもんだと思ってたぜ……一体、どうしてたんだ? ああ、いや、詮索するわけじゃねんだがよ?」
おじさんは昔のように頭を掻きながら、俺が街を去ってからのことを聞いてきた。
別に隠すようなことでもないので俺は山の中の家に戻り、一人で訓練していたことを伝えた。
「まさか、十五年以上も自分一人でスキルを身に付ける為の訓練を続けてたってのか? そんなことする奴がいるなんて……いや、お前ならやりかねんな。……で、スキルは?」
「結局、スキルは何も身につかなかったよ」
少し聞きづらそうに聞いてきたおじさんだったが、俺はこれも正直に答えた。
結局、何も身につかなかったのだ。
教官たちに才能がない、と言われたのは本当のことだった。
「ま、だろうな。王立訓練所の訓練教官の奴らは伊達じゃねえ。冒険者の聖地と言われるここ王都でも一流どころが揃ってる。そうそう間違った判断なんてしねえよ。ヤツらがダメだっていうなら、まあ、そういうことなんだろうよ。……お前さんには悪いがな」
「ああ、その通りだった。自分なりに必死にやったつもりだったんだが、やっぱり駄目だった」
スキルは身につけた瞬間にとある特別な感覚があるという。
他人からは分からないが、本人からすると明らかに「何かが変わった」と思える感覚だ。
俺は訓練所に行って初歩スキルを身につけた時にその感覚を知った。
でも、王都を後にしてからは一度もその感覚が起こっていない。
ということはつまり、俺は何もスキルを身につけてないのだろう。
随分と努力したつもりだったのだが……。
「ま、気を落とすな。何事もそう都合よくはいかねえもんだ。冒険者以外にも生きる道なんかいくらでもある……いや、ちょっと待てよ。お前、それをわかってて、わざわざ『
……まさか、この机の上の冒険者の登録用紙はお前さんの……?」
「ああ、やっぱり俺は『冒険者』になりたいんだ。無茶を言っているのはわかっている。でも、何か方法はないか?」
「おいおい、本気かよ……?」
おじさんは顔をしかめながら俺をしばらく見つめていたが、諦めたように首を振る。
「仕方ねえな……俺も仕事だから、一から説明させてもらうけどよ」
白髪混じりの頭を掻きながら説明を始めた。
「まず、『冒険者』ってのは危険が付き物の
言ってみりゃ、冒険者なんてのは、ハイリスク・ハイリターンを望む、危険が大好きで物好きな奴ら、それか、よほど腕に自信のある奴らが好んでやる仕事だ。……ここまではいいか?」
「ああ、大丈夫だ」
その説明は確か、子供の時にも聞いた気がする。
「まあ、要するにだ。『冒険者』ってのはわざわざ危険に首を突っ込むのが仕事と言ってもいい。だからこそ人命保護の観点で、王都だけじゃなく世界の認定ギルド共通の『ランク』の基準が定められてる。少しでも無茶して死ぬ馬鹿を減らす目的でな」
そう言って、おじさんはギルドの机から『ランク認定表』を取り出し、俺に見せた。
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<冒険者ランク 認定基準>
ランク S -【
ランク A -【
ランク B -【
ランク C -【
ランク D -【
ランク E -【
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「冒険者のランクは基本的に「A」から「E」の五つだ。
例外としてSランク『
大抵、やった仕事の実績に応じて能力が評価されてランクが上がっていくもんだが……まずは規定の通り、「冒険者としての最低限の技能」を持ってると認められなきゃならねえ。それで初めてランク『E』の冒険者、【
おじさんは説明しながら認定表の脇に小さく描かれたピラミッドの一番下の部分をトン、と指で叩いた。
「で、最低ランクの『E』の認定条件は【有用スキル】が【一つ以上】だ。本来、かなり緩い基準のはずなんだが……お前さんにとっちゃ、それが壁になっちまってる」
言いながら、おじさんは申し訳なさそうにあご髭を掻いた。
「でも、これはギルド間の協定で決まってるもんでな。どうにかしてやりたくても、おれがどうこう出来る話じゃねえんだ。……すまねえがな」
「そうか、それなら仕方がないだろうな」
やはり俺も諦めて、大人になる時なのだろう。理性ではわかっているつもりだ……とはいえ、ショックも大きい。
俺はずっと冒険者になるために生きてきたようなものだったから。
無理だとわかったからといって急に気持ちが切り替えられるわけでもない。
でも……。
「……やはり諦めるしか、ないんだな」
思わず肩を落とし、ため息をついてしまう。
「……まあ、とはいえ。冒険者になりたいって
しばらく無言で俺の姿を眺めていたギルドマスターのおじさんが、また頭を掻きながらそんなことを言った。
その言葉に俺は思わず顔を上げた。
「あるのか?」
「あるとは言わねえ。でも、ないわけじゃない」
「聞かせてくれ」
おじさんはゆっくりと話し始めた。
「……厳密には『E』よりも下の基準のランクが存在する。あまり関係者にも知られてねえが、
「そ、それなら──!」
俺は思わず、ギルドの受付カウンターに身を乗り出した。
希望が出てきたのだ。
「だが、まあ、ちょっと落ち着いて聞け。ここから先の話が重要なんだ。そのランクが実質上「無いもの」と見做されてるのには理由がある。『
「……条件?」
「一切の『討伐系依頼』と街の
「街中の雑務クエスト、か」
「ああ、だがそんな雑用の依頼を受けるためにわざわざ冒険者になるような馬鹿はいねえだろ? 仕事を斡旋したギルドに仲介マージン持ってかれちまうし、そんなことするんなら普通に仕事についた方がよっぽどいい。元は、昔は街の物乞いやってるような連中に無理矢理、仕事を与えるために使ってたらしいが……まあ、古い法律にたまたま残ってる抜け穴みたいな制度で、実際にやる価値はまるでねぇ──」
「それでいい。登録してくれ」
「……お前、俺の話聞いてたか?」
「ああ。討伐依頼と採集依頼……要は街の外に出るような依頼は受けられないんだろう? それでいい。登録してくれ」
俺の反応におじさんは再び、頭を搔いた。
「お前なあ……。 いや、一度言い出したら他人の言うことを素直にきくような奴じゃなかったか」
「すまないが、頼む」
「いいか? 一応、登録証は発行してやる。だが、やめたくなったらすぐに言えよ。絶対に普通に就職した方が得なんだからな? 職場なんざ俺がいつでも紹介してやる……いいな、分かったか?」
そう言いながら冒険者ギルドのおじさんは奥の部屋から埃をかぶった小さな箱を引っ張り出し、その中から取り出した『黒いカード』にサインをして俺に差し出した。
「分かったら、これを受け取れ」
「これは──?」
「これがFランクの登録証、一応『冒険者ライセンス』だ。さっき言った通り制限付きだがな。あんまり他人に見せびらかすなよ? 大して自慢できるもんでもねえからな」
「ああ、ありがとう──恩にきるよ、おじさん!」
そうして俺は念願の夢への第一歩。
Fランク『
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