俺は全てを【パリイ】する 〜逆勘違いの世界最強は冒険者になりたい〜
鍋敷
第1話 才能無しの少年
俺は母と二人、小さな山小屋でささやかな畑を耕しながら育った。
俺がまだ幼い頃に体の弱かった父が死に、それからはしばらくは母との平穏な生活が続いたが、俺が12歳になった時に母も病に倒れた。
俺は必死に床に伏せる母の看病をしたが、
母の身体は日に日にやせ衰えていき、
ある日、
「何もしてあげられなくてごめんなさい。
せめて、あなたの望む生き方をして」
そう言って、幾らかのお金の入った革袋を俺に手渡した。
それが母の最後の言葉だった。
次の日の朝には母は冷たくなっていた。
────そうして、俺一人が残された。
俺は父の墓の隣に母の墓を新たに作り終えると、山を降りて街に行くことを決意した。
きっと、今のまま一人でも生活はできるだろう。
ここは医者も呼べないような田舎だが良い畑もあるし、家畜もいる。森に入れば食べられる木の実も豊富にあるし、野ウサギのような獲物だっている。
食べるには何も困らない。でも……。
俺はその住み慣れた小さな我が家を離れることにした。
どうしても、やりたいことがあったのだ。
俺は『冒険者』になりたかった。
幼い頃、父からよく聞かされていた英雄譚の主人公のような冒険者に。
────仲間と共に巨大な竜を倒し、財宝を得てさらなる冒険に挑む。
老魔術師に魔法を教わり、森にかけられた呪いを解き、精霊の王から万病を癒す霊薬を手に入れる。
そんな心躍らせるような冒険の数々を父は枕元で何度も何度も話してくれた。
────『万病を癒す霊薬』。
仮にそんなものが本当にあったなら、父も母も死なずに済んだかもしれない。
そんな風に想像を巡らせたりもした。
でも、そんなものが実際にある保証はどこにもない。
全ては幼かった俺を楽しませるためだけの父の作り話かもしれない。
確かめたかった。
父の話のどこまでが真実で、どこまでが御伽話だったのかを。
いや、本当は事実などどうでもよかったのかもしれない。
俺は単に物語の登場人物に憧れていたのだ。
父の話す物語の『主人公』。
どんな困難があっても仲間のため、弱者のために剣を振るい、最後には必ず勝って物語をハッピーエンドへ導く。
そんな風になりたかった。
俺はただ、そんな単純な
「父さん、母さん。行ってくる」
そして俺は家を出てから数日かけて山を降りると、近くの大きな街にあるという『冒険者ギルド』を目指した。
そこに行けば「『冒険者』になれる」と聞いていたからだ。
街に辿り着くまでが長い道のりだったが、街に着いてからギルドの建物に行くのはすぐだった。衛兵のお兄さんに場所を聞いたら、すぐに案内してくれたからだ。
そう、行くのは簡単だった。
でも俺が冒険者ギルドに入った途端、強面のおじさんが出てきてこう言った。
「ここは子供の来るところじゃねえよ。家に帰りな」
家に帰ったところでもう家族がいるわけでもない、と俺がなんとか自分の事情を説明すると、
「なんだ、親なしか……仕方ねえな。それなら、お前、【
顔面に幾つもの傷がある強面のおじさんはボサボサの頭を掻きながら、そんな風に話を始めた。
この街、クレイス王国の王都の『冒険者ギルド』への登録志願者は、王立の養成所でいくつかの【
新人冒険者の死亡事故を防ぐために今の王が法律で決めたのだそうだが、なんと誰でも無料で受けられるらしい。
それだけでなく、期間中は衣食住が保証される。費用は全額国から出してくれるのだそうだ。
当時稼ぐあてのない子供だった俺にとっては当然、願ってもない話だった。
俺はその話に飛びついた。
「本気で冒険者になりたけりゃ、養成所に行って、まずは何でもいいから【スキル】を身につけて来い」
その時の俺には何のことだかよくわからなかったが、ギルド職員のおじさんはそう言った。
────【スキル】。
この時、俺は初めてその存在を知った。
それが世間で言うところの強さや有能さの証らしい。
ギルドのおじさんの話だとどんな人間でも必ず一つや二つは秀でた【スキル】の才能を宿しているらしい。
その【スキル】の才能を見極める為にあるのが養成所だという。
この国には基本となる六系統の
誰でも、望めば好きな
だから俺は冒険者ギルドのおじさんのアドバイスに従って、いくつか訓練を受けることにした。
ギルドの受付のおじさんに場所を教えてもらうとお礼を言って、俺は真っ先にある
────【
ずっと俺の憧れだった職業だ。
大好きだった冒険譚の英雄は、一振りの剣で山のように大きな竜を薙ぎ払っていた。
自分もいつかそんな風になりたいと思っていた。
そんなの物語の中のことだとはわかってはいるが、もしかしたら、俺もそんな風になれるかもしれない。
いや、絶対になってやる。
そう思って訓練所の門を叩いた。
でも────
数ヶ月の間、訓練教官に指導されて分かったこと。
俺には剣の才能は無いらしかった。
それも絶望的なほどに。
剣士の役割はとにかく攻撃役で徹底した殲滅力──つまり、攻撃に適した【スキル】が何よりも求められる。
だが、俺は養成期間の限度いっぱいに訓練しても、攻撃に有効なスキルが全く芽生えなかったのだ。
それどころか普通にやっていれば身につく程度のスキルが、なにも身につかない。
そのまま決められた訓練期間が何事もなく終わりそうになり、諦めきれなかった俺は教官に訓練期間の延長を申し出た。
でも、「スキルもなく、ただ剣を振るだけでは剣士としては全く仲間の役に立たない。君の時間を無駄にするだけだ」と言われてしまい、俺は落胆しながらも、次の
俺が【
【
これも剣士ほどではないが、俺の思い描いていた冒険者像に近い。
どうやら、俺に剣の才能はないらしい。
それなら別に剣でなくてもいいだろう。
なんでもいいから冒険者として生きられるだけの強さが欲しい。
そう思った俺は戦士の訓練所に入り込み、屈強な大人たちに混じって血を吐くような思いをして数ヶ月間を過ごした。
でも、必死に訓練についていって訓練期間の終わり頃にようやく芽生えたのは、身体能力を少し上げるだけという、誰でも使えるようになるごくごく基礎のスキルだった。
それでは一人前の【
どうやら俺には戦士の才能もないらしかった。
訓練教官は親身になって俺の相手をしてくれたが「このまま無理に続けても、お前はすぐに命を落とすことになる」と他の職業に就くことを勧められた。
俺はさらに落ち込みながら、尚も次へと希望を繋ぎ、違う職に就くための養成所に入った。
次に向かったのは【
近接職が駄目なら、弓で戦うのも悪くないと思ったのだ。
それに狩りだったら山での経験がある。
罠を仕掛けたり、石を投げて鳥を落としたりするぐらいは出来ていた。
それなら、俺にだって見込みはあるかもしれない、そう思って訓練を始めた。
でも────
これも駄目だった。
俺がいくら必死に努力しても【投石】という本当に誰でも習得できる、子供でも使えるようなスキルしか芽生えなかった。
それどころか、肝心の弓すらまともに扱えないまま訓練期間が終わった。
教官曰く「繊細な道具を扱うセンスが絶望的にない」ということだった。
狩人の養成所を出た後、俺はとても落ち込んだ。
思い描いていた冒険譚の主人公のようになることは、自分にはできないらしい。
武器を持って華々しく戦う職業には全く適性がない。
それならば……と俺は考えを変えることにした。
冒険についていけるのなら、なんでもいい。
主人公じゃなくても補助で役に立てるのならいいと思うことにした。
冒険譚の英雄らしくなくてもいい。
なんだってやってやろう。
そんな感じで半分ヤケになりながら俺は【
もしかしたら、ここでなら俺も活躍できるかもしれない、と淡い期待を持ちながら。
だが────
結局、それも考えが甘かった。
俺に芽生えたのは足音をすこし軽減する程度のスキルだけだった。
訓練の教官を担当してくれた盗賊職の男はこういった。
「罠のかかった宝箱の開錠もできない、気配察知スキルももたない
全く才能はないから違う職を探せ、とはっきりと言われた。
俺はここが最後の頼みの綱だと思っていたので必死に粘ったが、結局追い出された。
俺は途方にくれた。
本当にそこが最後だったのだ。
俺に出来そうだと思ったものは。
────残るは、『魔法職』だけ。
でも最初にギルドのおじさんから話を聞いて、これは無理だと最初から諦めていた。
魔法は生まれ持った
魔法職に就くのは生易しいことではないのだ。
剣士や戦士などの職業よりもずっと難しいと言われている。
だから、自分でも無理だと思って選択肢から外していた。
────でも、もうやるしかない。
俺には他の道は残されていないから。
そう考えた俺はまだ見たこともない、絵本や童話で聞きかじった程度でしか知らない魔法の世界に足を踏み入れてみることにした。
無謀なことは俺だって分かっている。
でも、もしかすると、いわゆる隠れた才能というのもあるかもしれない。
そう思って【
結果から言うと────
どうにもならなかった。
全然ダメだった。
養成所の門を叩いて顔を出した老魔術師に「まあ、やるだけやってみなさい」と中に入れてもらえはしたが、結局、身についたのは指先にロウソクぐらいの火を灯すスキルだけ。
これはどんなに才能の無い者でも三日ほど手ほどきを受ければだいたい身につく、といったごくごく初歩のスキルで俺はその習得だけに全ての訓練期間を費やした。
一言でいえば、俺には全く魔法の才能がなかった。
指導してくれた老魔術師は、
「ここまで魔法の才に恵まれない者もめずらしい」
と、興味深そうにしながら俺の面倒を見てくれたが、やはり最後には、
「ここは君の居場所ではない。何か別の道を探すといい」
と、優しく諭された。
俺はもう何も言えず、その日、養成所を出て魔術師となる道をあきらめることになった。
そうして────
冒険者ギルドからの斡旋で試すことのできる職業はあと一つだけになってしまった。
さらに無謀な魔法職、【
僧侶は魔術師以上に誰でもなれるわけではない。
治療術は生来の神の恩寵を得た者が幼い時より長い修行を積んだ末に就くことになる職業だ。
ギルドのおじさんにも「【
俺もそれには納得していた。
でも──。
俺は剣士にも、戦士にも、狩人にも、魔術師にも。
盗賊にすら、なれなかった。
もう他に希望もない。
だから、最後の望みをかけて【
辿り着いたのは重厚な石造りの大きな神殿だった。
門を叩くと中から背の高い神官が出てきて俺が自分の希望を口にするとはっきりと「
それは俺だって分かっていた。
でも、諦めたくなかった。
門前払いを決め込む神官相手に「訓練を受けさせて貰えるまでは門の前から一歩も動かない」と伝え、実際にそうした。
それが一日経ち、二日経ち、三日目となったところで最後には根負けした神官が「手ほどきだけなら」と許してくれた。
そうして、俺は僧侶の修行をすることになった。
だが、訓練期間目一杯の血の滲むような鍛錬の末に身につけたのは【ローヒール】という、僧侶の最下級呪文【ヒール】のさらに劣化版のスキル。自分のかすり傷を気持ち癒す程度の、僧侶職としてはあってもなくてもいいようなスキルだ。散々努力して、それだけ。
つまり、ここでも俺に才能がないことが証明されたのだ。
訓練教官の神官は「幼少時の祝福なしでここまで出来るのはすごいことですよ」と言って慰めてくれたが、同年代の訓練生たちはもっとすごいスキルをいくつも身につけていて、成長速度が段違いだった。
俺が役立たずだということは明白だった。
────結局、全てダメだった。
そうして、俺は有用なスキルを身につけられず、全ての
「まともなスキルが一つも身につかなかった? それじゃあ、冒険者なんかやってもさっさと野垂れ死ぬことになるぞ。やめて大人しく山に帰りな。それとも、俺が他の就職先探してやろうか?」
ギルドのおじさんには当然、冒険者としての道を諦めるように言われた。
冒険者は危険な仕事だ。
それは俺だってわかっている。
おじさんの言うことはとても理にかなっていた。
でも、俺はあきらめきれなかった。
だから、黙って街を後にした。
────俺には、才能がない。
本当になんの才能もない。
それがはっきりした。
……でも、それなら。
才能がないのなら、その分、努力してもっともっと訓練すればいいのではないか?
そんな考えが頭をよぎった。
俺はどうしてもあきらめきれなかったのだ。
なぜなら『剣士』の訓練教官があるとき、「身につけたスキルをとても長い間鍛錬すれば、新たなスキルを身につけることが、極稀にだがある」と教えてくれたから──。
そうだ、それしかない。
当時の俺はその言葉に縋りついた。
その言葉は俺にとっての本当に最後の希望だった。
きっと、俺にとっては見極めの期間が短か過ぎたのだ。
もっと鍛錬すれば、俺にだって。
必ずいいスキルが芽生え、冒険者にだってなれるはず。
よし、ならば特訓だ。
山に帰ったら、徹底的に自分を鍛える訓練をしよう。
そうして、やはり剣士になりたかった俺は家に帰るとまず即席の木剣を作り、家の周りの木々から縄でぶら下げた木の棒を叩く訓練を始めた。
ひたすら、弾く。
ただひたすら、宙で揺れる木の棒を木剣で叩いて弾く。
それだけの鍛錬を。
「パリイ」
────俺が【
俺は寝食も忘れ、朝から晩までひたすら木の棒を弾いた。
────そうして、一年後。
「パリイ」
俺はついに一息で木の枝を十本同時に弾くこともできるようにまでなった。
自分でも成長が分かる。
だが、まだ次のスキルを身につけられる気配はない。
いつになったら次のスキルを身につけることができるのだろう。
……でもきっと、いつかは。
こうして努力さえ続けていれば。
新たなスキルを身につけて一人前の冒険者になれるかもしれない。
自分の冒険はそこから始まるのだ。
そう思うと胸が高鳴る。
未来への希望を胸に、毎日が楽しみで仕方がなかった。
────そうして、それから三年の月日が流れた。
俺は生活に必要な畑仕事と狩りの時間以外、ずっと朝から晩、疲れ果てて眠るまで鍛錬を続けていた。
吊るす木の棒はだいぶ前に自作の木剣に変えた。
その方が練習になる気がしたからだ。
そうして、ひたすら弾く。
宙に舞う無数の木剣を弾き、鍛錬する。その繰り返し。
そして──。
「パリイ」
今では一息で百の木剣を弾くことすらできるようになった。
もう目を瞑っていても余裕だ。
でも、次のスキルを身につける気配は、まだない。
まだまだ、鍛錬が足りないんだと感じる。
自分としては少しは強くなった気もするが、前に山を降りてこの世界ではスキルというものが全てだということを教えられた。
そして、未だに俺はあれからスキルを手にしていない。
今のままでは駆け出し冒険者の域にも達していないのだ。
「────こんな調子では、冒険に出るなど夢のまた夢だな」
俺はそう思い、さらに厳しい鍛錬を己に課すことを決意した。
────それから、更に十年の歳月が流れた。
俺は変わらずに1日も欠かさず厳しい鍛錬を続けていた。
日毎に宙を舞う木剣の数は増え、数年前に千を超えたあたりからは数えていない。
とにかく、弾く。
ひたすら宙にぶら下げた木剣を弾く、鍛錬。
それだけをひたすら、無心に繰り返してきた。
「パリイ」
今や俺は剣を振るわずして千の木剣を弾くことすらできるようになった。
でも、次のスキルを身につける気配はまだない。
「……世の中の冒険者は皆、一体どれほどの鍛錬をしているんだろう────?」
────もはや、想像すらできない。
今ではもう、『冒険者』という存在が雲の上の存在にすら思えるようになってしまった。
俺には才能がない。
才能の欠片もない。そんなことは分かっている。
だからこそ、それを補うつもりでここまでやってきたのだが。
ついに己の限界というものを感じ始めた。
俺は二十七になった。
もう、若くもない。
冒険者になるにはまずスキルを身につけろとは言われたが、結局あれからスキルは一つも身に付かなかった。
どれほど足掻いても俺には「普通の冒険者」として必要なスキルには手が届かないらしい。
────でも、まだ俺には夢がある。
冒険者になって、広い世界を見て回るという夢が。
「……無謀な夢、か」
自分でもそれはわかっているつもりだった。
もうそろそろ違う生き方を探す頃合いなのかもしれない。
それでも俺は諦めきれず。
再び山を降り、王都の『冒険者ギルド』の門を叩いたのだった。
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