そこに潜む日常

とーふ

ごく普通にどこにでもある日常の1ページ

昼過ぎの気だるい時間。


僕はベッドの上でゴロゴロとしながら、惰眠を貪っていた。


カーテンの向こうから差し込む光は、その僅かな灯りだけで部屋の温度を上げており、外に出るなんて絶対にしたくない。


だから、こうしてクーラーのよく効いた部屋でゴロゴロするのが最適解なのだ。


「やぁ」


「……」


「あ。もうゲーム始めたんだ。ちょい借りるよ」


「……なぁ」


「ん? どうしたの」


「どうしたじゃないんだが? 何勝手に入ってんだよっ」


「……」


「無視すんなっ」


僕は部屋の主である僕を無視してゲームを始めた不届き者の背中をえいっと蹴りつけた。


しかし、カオルは何も気にせず、ゲームを続けていた。


その姿にイラっとしながら、僕はカオルが買ってきたであろう袋の中からアイスを一つ取り出して袋を開ける。


「ガリガリ、ガーリガリ。あっ、溶けてる、汚れたー。ていてい」


「人の服で汚れた手を拭わないの」


「溶けたアイスを買ってきた奴が悪い。それで手が汚れたんだぞ? 何ならこっちが被害者まである」


「何無茶苦茶言ってんだろうね。このキッズは。この暑い中誰がアイス買って来てやったと思ってるんだか」


「そりゃ夏はアイス食べるもんじゃん?」


「まぁ、確かに」


「よーし。じゃあカオルが食べるアイスは僕が選んでやるよっ!」


「そう言うと思って、既に対策済みだよ」


「んだよー。二つしか買ってないじゃん! しかも同じ奴! 面白くない! 面白くない! 面白くなーい!!」


「要らん事で面白がらないの」


「ぶー。んー。っ! そうだ!」


僕はベッドから飛び降りると、素足のままペタペタと廊下の上を歩く。


「スリッパくらい履きなさい」


「めんどくせー」


相変わらず細かい奴だと心の中で文句を言いながら、冷凍庫まで急ぎ、袋のアイスを全て袋のまま突っ込む。


そして、冷凍庫の中からとっておきのアイスを取り出すと、それを持って部屋に走って戻った。


「お待たせ!!」


「別に待ってないけどね」


「ほら! コレ! コレ、カオルのアイスな! 食べて食べて!」


「はぁー?」


僕は袋を開けて、アイスをカオルの口に突っ込んだ。


次の瞬間、カオルは酷く嫌そうな顔をしながらアイスの棒を握りつつ、先端をかみ砕く。


「なんだ。これ。歯磨き粉じゃない」


「ミント。な?」


「うっさ。なに? いつ用意したのさ」


「ふっふっふ。この為に、昨日の夜頑張って出かけたんだ」


「……」


「あれ? どうした? なぁカオル。怒ってんの?」


「別に怒ってないよ」


「ごめんって。ほら。僕が貰うから。ちょーだい」


「ん」


僕はカオルからアイスを貰い、代わりに僕のアイスをカオルの口に突っ込んだ。


もぐもぐ。


こんなに美味しいのに、何で嫌いなんだろうなぁ。


「んー! おいしぃー!」


「そりゃ良かった」


カオルは会話もそこそこに、またゲームを始めた。


それをジッと見ながらアイスを食べる。


しかし、カオルはこっちを少しも見ないで、ゲームをやり続けていた。


お も し ろ く な い !!


「カオル」


「んー?」


アイスを食べながら、視線をこっちに欠片も向けずゲームをする非道な行いをするカオルに、僕は肩を掴んで激しく揺らした。


「カーオール!」


「おー、揺れる。揺れる」


「ひーまー!」


「おー。ゆれ、ゆれ……あ。ミスった」


僕は急いでカオルの持っているゲームの画面を見て、ゲームオーバーの文字に嬉しさがこみ上げてきた。


実に愉快である。


これでカオルは僕の相手を大人しくするだろう。


「さて」


「フンフンフーン」


「コンティニューしよ」


「なんでさっ!!」


僕はカオルの背中をドスドスと突きながら、失敗しろ、失敗しろと念じたが、無駄に器用なカオルはスイスイと難所を抜けてゆく。


昨日僕が失敗した場所も一気に抜けていく姿を見て、僕はさらに面白くない気持ちになった。


「僕に構えー!!!」


「うっさ。耳元で叫ぶなって教わらなかったの?」


「教わったよ。昔。カオルに」


「なら守りなさい」


「ヤダ。ヤダ!!」


「はぁー。しょうがない。じゃあ相手をしてあげましょうかね」


「おー。良いね良いね」


カオルはゲームのスイッチを切ると、元あった場所に置いた。


アイツは後で隠しておこうと思いながら、椅子に座るカオルを目で追った。


そして、僕はベッドの上でゴロゴロしながらカオルが何をするのか楽しみに待った。


きっと楽しい事だろうと。


しかし……。


「アスカはさ。呪いって信じてる?」


「のーろーい? こうやってズバババって手を動かして、えい! ってやる奴?」


「まぁ、そうだね。そういうのもそうかな」


「なら、まぁ別に信じては無いね」


「そっか。じゃあこれから話す話はちょっとキツイ話になるかもね」


カオルはそう言うと、フッと目線を僕から外して窓の方へ向けた。


そして、少し細めてそこに何かを見た後に、僕へ視線を戻す。


ん?


なんだ? 今、何したんだ?


僕はカオルから目を逸らして窓の方を見るが、特に何もない。普通だ。


「さて」


「っ!」


ずっと黙ってたのに、急に話し出すから僕は一瞬ビックリして体を震えさせてしまったが、それを隠しながらカオルの方へと視線を向ける。


「今日話すのは呪いの話」


「……」


「しかも人の命を奪う呪いの話なんだ」


ねっとりと、じっとりと微かな笑みを浮かべながらそう語るカオルに僕はゴクリと息をのんだ。


「アスカ。人はどうやったら死ぬと思う?」


「どうやったら……?」


「うん。そう」


「えっと、その、包丁とかで、刺す、とか? 後は、首絞めるとか」


「そうだね。確かにそういう手段もあるね。でも、それだけじゃないんだよ。人はね。想像だけで自分を殺せるんだよ」


「……そうぞう」


「そう。想像。イメージ」


僕はカオルに言われた言葉を頭の中に思い浮かべるが、なんともよく分からない。


首を傾げながらまたカオルに視線を向けた。


「これはある実際に行われた実験の話なんだけどね。昔、ある実験が行われたんだ。人は三分の一の血液が失われたら命を落とすと被験者に伝え、被験者の目を塞いで体を傷つけた。そして、被験者はずっと水滴がバケツに落ちる音を聞き続け、かなりの時間が経ってから、被験者に『お前の体から三分の一の血液が抜けたぞ』と伝えたんだ。すると……被験者は死んでしまったんだよ」


「ふ、ふぅーん。そうなんだ」


「ただね。この話はちょっと奇妙な話なんだ」


「奇妙?」


「うん。だって、この被験者の体はほんの少し傷つけられただけで、血なんてすぐに止まってたんだから」


「……え?」


「水の音はバケツの上に一定の間隔で水滴が落ちる様にしていただけ。だから被験者が死ぬ要因なんて何も無かったんだよ」


「……」


「ただ、一点。被験者の想像。という点を除いては、ね」


僕はカオルから意識を逸らす様に目を閉じて、何か楽しい事を考えようとした。


しかしそれは上手くいかず、頭の中には先ほど聞いた実験場を想像していた。


実験場は暗い手術室の様な場所で、そこでは僕がカオルに縛り付けられて、目を塞がれていた。


そして、手のひらを切られて、水が溜まっていく音を聞かされる。


……。


そして、そして、その水がバケツ一杯になった時に、カオルが……。


「アスカ?」


「ひゃああ!!?」


「うわっ、びっくりした」


急に話しかけてきたカオルにビックリして、飛び跳ねたらケラケラと笑ったカオルが僕の傍から離れ、再び椅子に座った。


そして、チラッと窓の方へ視線を送り、目を細めた。


……。


なんだろう。


凄く嫌な予感がする。


「そ、そう言えばさ。今日はカオル。泊っていくの?」


「いや。今日は帰るかな」


「そ、そうなんだ」


「あぁ。そう言えば、一つ言い忘れていたよ」


「……聞きたくない」


僕は布団を被って、目を耳を塞いだ。


しかし、布団の上からカオルが手を付けて、笑う。


「人が幽霊に呪い殺されるのはね。その姿に恐怖するからだって思うんだ」


「聞きたくない!!!」


「ふふ。最近、この近くで強盗殺人が起こってね。被害者の女性は犯人を探して、近くの家を一軒一軒見て回っている様だよ。窓からジッと、部屋の中を見ているそうだ」


僕は布団の中で震えながら、それでも、先ほどからずっとカオルがやっていた行動に違和感を覚えて、布団を僅かにあげる。


そして、そっと窓の方へ視線を向けて……見た。


空いている。


窓が、空いている!!!?


さっきまで確かに閉まっていたのに!!


「じゃ、そろそろ帰るよ。またね」


「まっ!! 待って! 待って!!!」


僕は必死に布団から飛び出てカオルの手を掴んだ。


そしてそのまま無理矢理引っ張って、窓を閉めると、布団の傍まで引っ張って、ガクガクと震えるのだった。


こ、怖い。


いや、怖くない。


大丈夫! 呪いなんて無い!!


「きょ、今日は泊っていきなよ!!」


「えー? でもやる事無いしな」


「ゲームやってて良いから!! 漫画? 漫画も色々あるよ!?」


「そんなに居て欲しいの?」


僕はカオルの手に掴まりながら何度も頷く。


もう恥も外聞もない。


今ここでカオルに帰られたら明日には死体だ。


「ふ、ふふ。そっか。じゃあしょうがないな。今日だけだよ」


「うん!!!」


こうして僕は今日一日の安らぎを得たのだった。

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