沈黙を好むコワモテ聖騎士様の予定表に『(私の作った)ケーキを食べる日。たのしみ!』と書いてある

だぶんぐる

沈黙を好むコワモテ聖騎士様の予定表に『(私の作った)ケーキを食べる日。たのしみ!』と書いてある

「………」


 その人が入ってくるだけで、昼の騒がしい食堂が静まり返る。


 誰よりも大きな身体、鍛え抜かれた筋肉、そして、死線を乗り越えた男の勲章と言える大きな傷跡。その傷は、長ければきらきらと輝くであろう美しい金髪を短く刈り揃えたせいですっきりしている額から、鋭くも大きな碧眼の間を通り整った鼻筋から左の口の端まで残っている。


 クルス第一聖騎士団長。


 男も女も騎士を目指す正しく騎士の国、ニーベル最強の騎士。

 訓練を終えた直後に汗を流してきたであろう少し濡れた身体を見て、女騎士は勿論、一部の男騎士も生唾を呑みこんでいる。誰もが彼の強さ、佇まい、全てに魅了されている。

 勤勉であり真面目な彼は予定表通りに行動することで有名だ。だから、クルス聖騎士団長の予定をチェックし、食堂で待ち構え、彼と縁を結ぶ機会をうかがう人間は後を絶たない。


 今日もまた勇気ある女騎士がクルス聖騎士団長の元へ向かう。


「クルス聖騎士団長、おつかれさまです! あの、よければ私が聖騎士団長の食事をお持ちしましょ、う……?」


 今日の為に整えたのであろう赤髪をこれでもかとキラキラ反射させながら近づいた女騎士の言葉が言い終わる前に、クルス聖騎士団長が手で制す。

大きくて傷だらけの手。

 それを前に出しただけで誰もが黙り込む。その手が彼の凄みを物語っている。


「……」


 首をゆっくりと左右に振ったクルス聖騎士団長はそのままこちらにやってくる。


「あ、どうも。きょ、今日は何にされますか?」

「……」


 裏返った間抜けな声で尋ねた私。そう、私はただの食堂の料理番。一時は騎士だったが、騎士時代も変わらず間抜けだった為に怪我で引退し今は食堂で働いている。

 そんな間抜けな私を真っ直ぐ射貫くように見てクルス聖騎士団長は料理を指さしていく。


「あ、はい! えーと、ワイルドボアのステーキに、揚げ火吹き鳥、海藻のサラダと……」


 注文する時もクルス聖騎士団長は喋らない。食べたい料理をゆっくりと伝わるように指さしていく。私は何を指さしたのか正確に理解しみんなに指示を出していく役割。食堂のみんなも漏れなくクルス聖騎士団長のファンなのだが、本人を目の前にして冷静でいられる自信がない、そして、注文を間違えたら自害したくなるという理由で、一番平気そうという理由で私が注文受付担当になってしまっている。他のみんなは自分がついだ料理をクルス聖騎士団長にと私の後ろで盛り付け戦争中。


 納得がいかない。そもそも私は料理番なのだ。しかも……


「……。……」

「ん?」


 一瞬、クルス聖騎士団長の視線と指が止まった。クルス聖騎士団長はいつも躊躇いなくメニューを選んでいくのだが、一瞬、ほんの一瞬だけ珍しく迷いが見えた。

 その視線の先にあったものは……


「んん?」


 苺を花びらに見立てた美しいケーキ。

 私の自信作だ。

 そう、私は料理番の中でも甘味担当。元々甘いものは好きだったし、女騎士団も多くある為需要もあり、求めるクオリティも高い。それに応えられるのが私ということで担当なのだが……。


 クルス聖騎士団長が、お花のケーキ?


「私の作ったケーキを?」

「…………!」


 申し訳ないが似合わない。人間を喰らう魔物、キラーフラワーを食べている方がよっぽど似合うとは思う。


「ちょっと! あなた! クルス聖騎士団長をいつまで待たせる気!?」


 甲高い怒声でハッと意識を取り戻す私。振り返ると、クルス聖騎士団長の隣でこちらを睨みつけている茶髪の女騎士。


「まったく。相変わらずとろくさい女ね。そんなだから足を喰われるのよ」


 私が所属していた女騎士団の同僚。とにかく四六時中自慢か誰かへ嫌味を言わないと死んでしまうらしい口女だ。


「ちょっと! 聞いてるの!? クルス聖騎士団長、が……!」


 キンキンと響く頭だけでなく、なくなった方の足まで痛みがはしりそうなキンキン声の発生源である茶髪女騎士の口の前に大きな手が現れ音を防いでくれる。クルス聖騎士団長だ。


「………」

「ク、クルス聖騎士団長……!」


 クルス聖騎士団長はゆっくりと首を振り、また料理を指さしていく。


「あ。ま、豆のスープに、黒パン!」


 再び注文を指示していく私。茶髪女騎士もクルス聖騎士団長の邪魔は出来ないのだろう黙り込んでこっちを睨んでいた。

 結局ケーキはただ気になっただけなのか、指をさすことなく他のメニューを指示し、お盆一杯に料理を乗せクルス聖騎士団長は食堂のテーブルへと向かった。


「……はぁ~、いやあ、怖い怖い」


 お昼のピークを乗り越え、漸く休憩に入れた私は、食堂の隅のテーブルにつきコップの水をあおる。喉を通りお腹まで届いた水がじんわりと広がり潤っていく。


「それにしても……」


 私は珍しく一個売れ残った花のケーキを見る。大体毎回売り切れるケーキだけど、何かの呪いかというくらいあれだけは残り続けた。あのケーキ……あのケーキをクルス聖騎士団長は見つめていた、はず。もしかして……食べたかったのだろうか。

正直イメージとは違う。あの歴戦の戦士顔に食べられていく花のケーキが想像しがたい。

 売れ残った可哀そうな花のケーキ。花の部分のフルーツがもうだいぶ乾いている。


「お前も食べて欲しかっただろうに。よしよし、私がおいしく食べてあげるからね」


 私はキッチンに足を引きずりながら戻ると、乾いた苺を一度外し、潰してソースに。そして、それをケーキにかけるとルビーのような赤い輝く宝石ケーキの完成。誰もいない調理場で私は一人甘酸っぱい宝石ケーキを堪能する。ケーキをフォークで割って刺して口に運んで……。

 我ながらよく出来たと足をばたばたさせると、痛みが奔る。


「我ながらよくがんばったよ……」


 このケーキのようなキラキラした赤ではなくドロドロの汚い血が私の足から流れていたあの時を思い出す。熱くて痛くて苦しくて……。

 戦場は私に向いていなかった。怒りや憎しみに満ち溢れた戦場はドロドロしていた。戦場は鉄と泥の味しかしなかった。騎士の国で生まれた私だが、騎士には本当に向いていなかったと思う。

 だから、正直料理番になれたのはありがたかった。ここでは、キラキラの笑顔がたくさん見ることが出来るから。


(そういえば……)


 私は、最後の一切れにフォークを刺した瞬間、ふと気づく。


 クルス聖騎士団長が笑ったところを見たことがない。同じものを食べることもよくあるので料理自体も悪くはないと思うけれど、おいしそうに食べる様子を見たことがない。

 いつも静かに無表情で黙々と食べている。


「……はむ。~~~!」


 最後のひときれまでうまい! 天才か! 私は!

 と、痛む脚をバタバタさせたり、身もだえしたりするクルス聖騎士団長は見たこともなければ想像も出来ない。

 そう、ケーキを食べて嬉しそうにするクルス聖騎士団長なんて全然考えられない。


「そうそう、だから、気のせい気のせい……」


 そう思っていた時期が私にもあった。


「…………」


 一度気付くと人間そう思い込んでしまうようになっているのか実際そうなのか。

 クルス聖騎士団長が隙あらばケーキを見ている、気がする。


 一瞬だ。ほんの一瞬。


 私のケーキを見ている気がする。

 だが、何も言わないし、それを指さす事もない。

 だけど、気のせいでないならば、ほんとーにケーキを見ている気がして。

 いや、でも、食べたいとは言ってないし。

 でも、何故か一個だけ毎回ケーキが売れ残るし。私、それ食べ続けて太ってきてるし運動も始めたし。もとい、始めるし。今日から。


 本当に本当に気のせいかもしれない。


「…………」


 だけど、もし……食べたいのなら。


「……よし!」


 今日も調理場に残った私は明日から運動を始めると決め、また売れ残ったケーキを口に放り込み、作業の前倒しをすべく準備に入った。

 そして、翌日。


「あの……クルス聖騎士団長。こちら第一聖騎士団の皆さんでよければ食べて下さい。人数分はあるはずなので」

「…………」


 刺さるような視線を大雨のように浴びながら出来るだけ笑顔を作り、今日も大量の注文をたいらげたクルス聖騎士団長にケーキの箱を差し出す。中には、大量の小さいケーキ。


 正直、私は出来るだけ平和に生きていたい。だが……!


(なんか気になるからスッキリしたい!)


 もし、クルス聖騎士団長がケーキ好きなら何か変化が起きるかもしれない。起きないかもしれない。ただ、このままではよくないと思った。ケーキ売れ残るし私太るし運動したくないし!


「………」


 クルス聖騎士団長はやはり無言のまま。だけどしっかり頷いて、ケーキの箱を持って帰った。

 そして、私は刺さる視線から逃げ出した。早退の希望を出しておいてよかった!


 次の日。まだ多少の視線の矢が飛んできているが昨日の雨霰に比べればマシになっていた。

 そんな中で、クルス聖騎士団長のところでいつも一番乗りでやってくる青髪の男の子が私のところにやってくる。警戒はしたが、矢はとんできそうにない。ほ。


「おおー、ケーキの姉さん、昨日はありがとうな。ケーキすごくおいしかったよ!」

「団員の皆さんには行き渡りました?」

「え? ああ、丁度の数だったんで助かったよ」

「そうですか」

「ああ、そうそうクルス聖騎士団長からのお使いを頼まれたんだった。これを」


 渡されたのは封筒。その中には丁寧な字で。


『明日も同じ数のケーキを。私が預かる』


 と、書かれていた。


「おい、その手紙ってもしかして」

「ああ、ケーキのご注文ですね。同じ数を準備して欲しいと。くす……クルス聖騎士団長は団員思いですね」

「な、なんだ、そういうことか……やった。また明日もケーキがたべられるなんて最高だ。じゃあ、俺が取りに……」

「いえ、クルス聖騎士団長が取りに来ると……そこは信用されてないんじゃないですか~?」

「ちぇ。まあ、いいか。他の奴らだと盗み喰いしそうだし、団長なら安心か」


 青髪の騎士が口を尖らせながら料理の品定めを始めると私は手紙と封筒をポケットに入れ、やってくる客の対応に追われ始める。

 だが、頭の中は別のことでいっぱいだった。


 ケーキは26個作っていた。

 クルス聖騎士団長の隊はクルス聖騎士団長を入れれば24人。つまり。

 私は2個多めに作っていた。

 もし、団員が一個ずつ食べただけであれば、3個足りない。


 誰か来客があったのだろうか。それとも、誰かがクルス聖騎士団長の目を盗んで盗み喰いを?

 というより、何故、数を指定したのか。


 そんな事を考えていると、食堂がざわつき始める。クルス聖騎士団長のおでましだ。


「ん……?」


 気のせいだろうか。少し血色がいいように見える。


「…………」


 クルス聖騎士団長は一瞬足を止めたが、結局無言のまま指をさし始め私は指示を出していく。ここではケーキは注文されなかった。食べなかった。


 翌日。


「クククククククルス聖騎士団長、どじょ!」


 噛み噛みの後輩がクルス聖騎士団長にケーキの箱を渡す。

 クルス聖騎士団長は無言で受け取り、去っていく。ウチの後輩は刺さる視線をものともせずきゃーきゃーと喜んでいた。任せてよかった。これからは交代制でお渡し係をやっていこう。

 それが平和だ。なによりだ。


 多分、大丈夫。

 これから何回でも渡すことになる。私はクルス聖騎士団長の後姿を見て予感していた。

 そして、その予感は当たる。


「おーい、ケーキの姉さん。また、クルス聖騎士団長から」


 青髪のおつかいの子から手紙を受け取る。


『明日もケーキを頼む。一個追加で』


 私は丁寧に書かれたその文字を見て笑いをかみ殺すとケーキの段取りと次のお渡し係を誰にしようか考え始めた。


 それから、クルス聖騎士団長のところへのケーキは恒例となった。ただ、少しずつ少しずつケーキの数は増えて行った。団員は増えていないのに。不思議だ。じつにふしぎだー。


「姉さん、ほい」

「ほい、毎度」

「次はさ、なんかちょっと濃い味のケーキも作ってよ、よろしく~」


 大分馴れ馴れしくなった青髪を見送り、数が増えてないか確認する。


「んん? おや?」


 見ると、それはいつもの手紙ではなかった。

 ちょっと可愛らしい丸みのある字。

 一週間の予定のようだ。公式行事や訓練、魔物討伐と吐き気のしそうな大変そうな用事でびっしりのその予定の中のひとつが目に入った。


『ケーキを食べる日。たのしみ!』


 とてつもなくかわいくてキラキラが見えそうな文章に思わず吹き出しそうになる。

私は見なかったことにしようと封筒へ戻している時だった。


「…………!」


 早歩きで来たのか少し汗ばんだクルス聖騎士団長が手に紙を握りしめていたのが入り口で見えた。大分慌てて来たようで後ろから取り巻き組が何事かと血相を変えて追いかけてきている。


「あー……クルス聖騎士団長、何か御用ですか? 先ほど頂いた注文書は『今から目を通す』ところですが」


 封筒から手紙を取り出す動きをする私の言葉にクルス聖騎士団長は目を小さく見開き、私の元にやってくると手に持っていた紙を渡してくる。どうやらそっちが入れ間違える予定のなかった注文書らしい。


「ああ、もしかして、こちらが注文書ですか? じゃあ、こっちは団長の別の何かですかね。読む前でよかったですよ」


 そう言って、私は封筒にスケジュールを入れなおし、クルス聖騎士団長に渡す。


「………」


 クルス聖騎士団長はこほんと咳払いをすると、いつも通り無言で料理を指さし始め、私は盛り付け戦争組に指示を出す。そこからはいつも通りの大忙しだった。


 クルス聖騎士団長早歩き登場事件によりいつもと流れと違った食堂。急にぽっかりと騎士達がはけてしまい、私は早めの休憩となり食堂の隅で食事をすませる。ケーキも確保。運動は、時々している。


「あ」


 私はポケットにつっこんでいたクルス聖騎士団長の注文書を思い出し取り出す。数が増えているならば材料を買い足しにいかないといけないかもしれない。

 紙を開くと、数は一個やはり増えていた。

 そして、


『いつもおいしいケーキをありがとう』


 そんな文言が増えていた。丁寧に男らしく書かれた文字で。


「……走り書きはかわいらしい文字なのに」


 ざわざわと集団が去っていく。その中心は静かな沈黙を愛する騎士。

 その騎士の背中が遠ざかっていく。


「…………」


 ちらりとこちらを見た気がした。

 その顔は気のせいかもしれないけどちょっと赤い気がした。

 そして、これも気のせいかもしれないけれど私の顔もちょっと赤い気がした。


 明日、彼はたくさんのケーキの中からどれをいくつ選んでどんな顔でどんな声を漏らして喜んでくれているのだろうか。想像の中の彼もやはり静かだったけど、キラキラしていた。それはきっと気のせいじゃない。

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沈黙を好むコワモテ聖騎士様の予定表に『(私の作った)ケーキを食べる日。たのしみ!』と書いてある だぶんぐる @drugon444

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