第12話 だるまさんが転んだ
「はあ、楽しかった」
お風呂に入りながら一人で呟く。今日体験したことすべてが私にとっては初めてで愛おしい。今までは何だったのだろう。こんなに楽しい一日を送れるとは。
学校は楽しいけど、それは茂君たちと一緒にいるときだけだ。授業もそこまでは楽しくはないので、一日中ではない。
ただ、今日は休日でありながらこんなにも楽しい。休日万歳!! と叫びたい気分だ。このままこの家で暮らせたらどんなに幸せなのだろう。
でも、あの両親がいるからいつかは連れ戻される……現実に、あの家に。それが恐ろしく怖い。
幸せが絶望に変わる。それが一番の地獄だ。変に希望を持ってしまうから、地獄がより苦しくなるのだ。
これは所詮仮初めの希望。ただの地獄の間の刹那の休憩。ただ、それが嬉しいと共に苦しい。はあ、もうだめかもしれない。
はあ、もう茂君の家の養子になりたい。
……楽しいからこそ苦しいのだ。楽しいからこそ変な気持ちになるのだ。
だけど、そんな気持ちになるのがつらいので、今は楽しむべきじゃないのか? と、内なる私に言い聞かせる。
そうだ、今を楽しめばいいのだ。そう思い、今は家のことは忘れ、茂君の家のお風呂を楽しんだ。
そして三十分後、流石に体が熱くなってきたので、お風呂から出た。
「どうだった? うちのお風呂は」
「最高」
「良かったー」
茂君の裏で美智子さんが喜ぶそぶりを見せる。
「もう……ここで暮らしたい気分です」
「うれしいこと言うわね」
「でも本当の事ですから」
そして、今日は茂君と共に寝ることになった。美智子さんが気を聞かせてくれたのだ。
ベッドに寝ころび、茂くんに一言、「私帰りたくない」と、言う。
思い出してしまった。
迷惑かなと思いつつ、茂君に愚痴を言う。
「もう明日の心配か? 今を楽しもうぜ」
「違うの。そうじゃなくて」
「わかってるって、もうすぐお前を楽にしてやるから今は我慢しとけ。……ただ、俺もお前を返したくはない気分だよ」
「茂くん!!」
強く抱きしめた。
「明日もさ、色々なことしようね」
「ああ、そうだな」
そしてあっさりと私たちは眠りについた。
翌日。
「おはよう……ん?」
隣には誰も寝ていなかった。布団がもうすでにたたまれていたのだった。慌ててスマホを見る。
「嘘……」
すると今はもう朝十一時……いつもの四時間以上寝てた。
「やばいやばいやばいやばい」
慌てて下に降りた。だって八時には必ず起きなきゃいけないんだも……ん?
そこには茂くんと美智子さんがいた。そう言えばそうだった。今日は茂くんの家にいるんだった。
「大丈夫かあ?」
茂君に心の底から心配されている。
そしてそのまま朝ごはんを食べた。どうやら二人とも私を待っていてくれていたみたいで、茂君が、「愛香が来ないから、餓死してしまうところだったよ」などという冗談を言ってきた。別に私は寝たくて十一時まで寝ていたわけではないのに。
「それで、うちの朝ごはんはどうだ?」
「すごくおいしい」
「だってよ母さん」
「良かったわー」
その美味しさと言えば、私の食欲をかき立たせてくれる。雰囲気がいいだけじゃなくて、美智子さんが料理上手いからもあるんだろう。
本当に私の人生と茂くんの人生は違うなあ。
「それで今日は何をする?」
「えーどうしようかな?」
「もったいぶらずに早く決めろよ」
「待ってよ。私にとっては少ない時間だから丁寧に決めさせてよ」
「それを言ったら俺も時間ないんだが」
そして二人で考えた結果、『だるまさんを転んだ』をやることになった。普通に地味で、高校生ならまず遊ばないような遊びだが、実のところ私にはこのゲームに対する興味があった。
親に遊んでと頼ることもできず、友達もいない私にはこういう形でしかできないのだ。茂くんに「あいつらも読んでやろうか?」と聞かれたが、「二人がいい!」と断った。人数が多い方が楽しいだろうけど、今は茂くんを占領したいという気持ちが強い。
ルールはみんな知っているような単純な物だ。「だるまさんが転んだ」と言われる間に動き、鬼にタッチしたら勝ちというものだ。その代わり振り向いた時に動いてしまったら負けになるのだが。
「じゃあ……だーるーまさーんがーーーー」
その間にできるだけ近づこうとする。
「転んだ!!」
茂くんのその言葉で急ストップする。
危なかった、あと少しで負けるところだった。
「惜しいなあ」
「そう簡単に負けないから」
「喋ったから負けじゃね?」
「小学生じゃん!!」
次は心臓が動いているから負けとか言うんだろうか。まあ。これを含めて面白いゲームなんだろうけど。
そして次また茂君が「だるまさんがこーろーんだ!」
と、今度は語尾を速くして勝とうとしたようだが、ギリギリで止まることができた。
だが、問題はその次。今までの感じでいけばタッチができる。だが、その状況で何も手を打たないわけがない。茂君も色々と考えるはずだ。そうなったら初心者の私にはきつい。だからできるだけ、慎重に近づこう。
そして慎重に近づいていき、あとほんの少しの距離でタッチできる距離まで来た。後は茂くんをタッチするだけだ。
「だるまさんが……」
「はい勝ち!」
私は優しく茂君の背中を触る。なんか背中を触ること自体あまり無かったから、いけないことをしているみたいだ。茂君の背中はがっちりとしていていい背中だった。
「悔しいなあ」
「じゃあ、次頑張って!!」
そのまま何回かゲームをしたところで、
「そろそろ帰って来なさい」
とメールが来た。今の時刻は三時。まだ早いじゃんと思うけど、従わないと怖い。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「え? もうか?」
「うん。怒らせるわけには行かないもん」
「そうか……これからってところだったんだけどな」
「うん。私もあと六〇時間くらい茂君と遊びたい」
「ああ、今度は夜にこっそり抜け出すか?」
「いいね! それ」
「ああ、だろ」
「じゃあまた今度ね」
「おう」
そして綿五社家に帰る。嫌だったが、満足感があるので、いつもよりは嫌悪感がなかった。
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