第7話 カラオケ
そして二週間後。
私たちは見る見るうちに仲が良くなっていた。カップルと言うまでではないが、もう彼無しでは生きられない状態になってくる。
その影響か、だいぶ話せる人も増えてきた。鳩さんは当然として、もう一人の友達である、佶家雅人君とも話せるようになってきた。
その二人には結局私の家の事情はある程度は話した。私たちが付き合った理由とかも。
鳩さんはシンプルに私の頭をなでてくれた、「つらかったんだね」と、言ってくれて。私はその一撫でが嬉しかった。
もうこの時点で、私にとって鳩さんも大事な人に変わったのだ。
雅人君とは、茂君と鳩さんほどではないが、そこそこは話す。というのも、彼には沢山の友達がいるからだ。
それに彼は私の彼氏となっている茂くんに配慮してか、わたしとはあまり話さないし。
茂くんはそんなこと気にしないと思うけど。
鳩さんもそうじゃないかと思うかもしれないが、鳩さんは本当に私たちとばかり遊んでいる。
どうやら鳩さんは、他の友達よりも私たちを大事に思っているようだ。
「ねえ、愛香?」
「何?」
そんなことを考えてたら話しかけられた。
「昨日の勉強会どうだった?」
昨日も茂くんと勉強したからそのことなのだろう。別に、いつもと代わり映えはないけど。
「茂、なんか愛香に対してした?」
「したって?」
「なんかこう、イチャイチャよ」
「何だと思っているんですか? 私たちを」
あくまでも勉強会なのに。どこぞのバカップルでもないし、そんなこと勉強中にするわけがない。
「だって、何かしてないかなって」
「鳩さんって……」
「何よ」
「人の恋愛を楽しむの好きなんですか?」
だってこんなに口を出してくるし。
鳩さんはもうここ最近毎日、茂君に対する感想を聞いてくるのだ。
ま あ、もちろん嫌なわけではない。恋人として好きまでは行っていないかもしれないが。
「いいよ。そう言うの。自分で付き合うよりも楽しい」
「そう言えば、元カノでしたね」
「そうね。でも今の方が楽しいわ、二人とも楽しそうだし」
「お、俺の話か?」
仮家くんと話していた茂君が話に入ってきた。
「うん」
「ねえ、茂。昨日愛香に何かした?」
「え? 何かって、まあ一緒に勉強しただけだけど」
「もっと何かしなさいよ」
「そう言われても……」
一緒に勉強するだけでも楽しかったのに。
「もうここでキスしちゃったら」
「ええ????」
「馬鹿。鳩、もうおちょくるな」
そう、茂君が言い、鳩さんは「分かったわ」と言って黙った。
ああ、楽しい。やっぱりこの会話はいいな。楽しさが止まらない。学校は相変わらず好きなわけではないが、断然前よりも楽しい。
「愛香、顔」
「え?」
「いいな、その楽しそうな顔」
楽しそうな顔だったんだ。まあ、笑ってはいたけど。
「本当茂くんは私の楽しそうな顔を見るのが好きですね」
「だって、そりゃあ当たり前だろ」
「まあ、知っていますけど」
日に五回くらい顔見るの好きって言われるし。
「そうだ、今日カラオケ行かないか?」
「え?」
「そう言えば今まで勉強しかしてなかったからさ。それに鳩がイチャイチャをご所望だしな」
それに対して鳩さんが後ろの席で「そうよ。カラオケ行っちゃえ」と言っている。少しうるさい。
「でも、私お金ない」
「俺が出すに決まっているだろ」
「そうよ! お金なんてこいつに払わせとけばいいの」
「鳩、お前は黙ってろ」
その茂の言葉で鳩さんは「えー」とか言って今度こそ引き下がった。私も……あんな冗談言ったほうがいいのかな、どうせ私がお金出さなくても茂くんが出してくれるでしょ見たいな。まあでも、なんか上から目線になっちゃうか……
いや、でも毎日カフェオレをご馳走してもらってて今更なんだという話か。
「じゃあ……お願いします」
本当は何か面白い返事がしたかったが、結局面白い言葉は見つけられなかった私は、おとなしくシンプルな返事をした。
「よしついたな」
「うん」
今の時刻が四時。つまり一時間しか歌えない。
「そう言えば愛香は俺とのこと親に言ってたっけ」
「ううん。言ってない。だってどうせそんなこと言ったって」
「そうだったな。お前の母さんも早く離婚したらいいのに」
「うん。でもお金の問題とかあるし、実際あの人が稼いで来ているのも事実だから」
気まずい空気になってしまった。私の発言がいけなかったのだ。もっと気の利く言い方をしたらよかったのに……
「おい、愛香。俺は楽しいぞ。お前の話が聞けて。お前はやっぱり暗い顔になりがちなところを直さねえとな」
そう言って頭を撫でてくれる。嬉しい。
「うん」
「じゃあ歌おうぜ。一時間しかねえからな」
と、すぐに彼は曲を入れる。
「これ一緒に歌おうぜ」
「……ごめん。その曲知らない」
「……そうか。なら何なら歌えるんだ?」
「え? ええと」
そして私の知っている曲を探す。わかってはいたことだが、歌のレパートリーが少なすぎる。私は、そんなに歌を聴いたりするタイプではないのだ。
こんな状態でカラオケに行くことを了承したのがよくなかったのか……
仕方ないから、とりあえず歌えそうな曲をリストアップしてみて、それを茂くんに手渡した。
「なるほど。じゃあこれ歌おうぜ」
「うん。あの、」
「ん?」
「下手だったらごめんね」
「大丈夫だ。俺もそこまでうまくないからな」
そして、彼の言葉に励まされた私は緊張しながらマイクを持つ。
「僕から見た君はいつから特別になって行ったんだろう。僕はそのタイミングが分からず、ずっと君のことを遠目で見ていたんだ……」
そして歌い終わった。
「下手でごめん」
私の第一声がそれだ。実際私の歌は思ったよりも音痴だった。音程を合わせるのにも苦労し、リズムを合わせるのにも苦労した。茂くんがサポートしてくれてなかったら全然だめだっただろう。私はそんな自分が嫌になる。本当、なんで歌が上手くないんだって。
「そうかな。俺は良かったと思うよ」
でも彼はそう言ってくれた。その言葉がうれしかった。私のすべてを肯定してくれる感じがして。
「何泣きそうな顔してんだよ」
「だって、うれしくて。こんなダメダメな歌なのに評価してくれてるって思って」
「当たり前だろ。それに駄目駄目じゃなかったよ」
「茂くんはなんでも私の子と評価してくれるね」
「恋は盲目だよ。いい部分しか見えなくなってしまうんだよ。好きになると」
彼は「そんなこと言ったら愛香に悪いところがあるみたいだけど」と言って笑った。と言うことはもし、茂君が私のことを好きじゃなくなったら、私のことを一直線に嫌いになるのだろうか。その言葉を聞いて急に怖くなった。私はもう彼無しでは生きられない体になってしまっているのだ。
「茂くん!!」
そう思い、茂くんに思い切って抱き着いてみた。
「なんだ? 急に」などと茂くんは言うが、そんなの構わないという気持ちでさらに強く抱きしめる。
「大好き」
そう初めて彼に告げた。
「ありがとう……俺も好きだよ」
と二人で抱き着いた。
「これってなんかいちゃついてるみたいだな」
「みたいじゃないじゃん」
「カラオケって抱き合うってカップルみたいだな」
「みたいじゃなくてそうなんだよ」
まあ鳩さんの思惑通りになってしまったかもしれないけど。
「だな。てか歌わねえと」
「そうだった!」
私たちは今カラオケに居るんだった、とすぐにカラオケ機器に曲を入れる。
「今度は愛香のソロか?」
「え? え?」
ソロのつもりじゃなかったのに。でも歌うしかない。
「う、歌いまーす」
と、流れる曲に合わせて歌を歌う。無理だあ、やっぱり全然上手く歌えないよ。今度は茂くんがいないから音程の酷さが顕著に出ている。
「いいぞ愛香」
とはいえ、私の酷い曲を聴いて、いいぞと言ってくれる人がいる。それだけで歌う気力が出てくる。
「ハアハア」
何とか歌い切った。点数は?
見ると、点数は78.732だった。
「うう、ひどい」
「大丈夫。俺はうまいと思ったよ」
「ありがとう」
恋は盲目とは言うけれど、軽く盲目過ぎるだろと言いたい。まあ私はそのほうが嬉しいんだけど。
「次は」
と、彼が立ち上がり、
「俺が歌うわ」
と、マイクを持った。
そして茂くんの口から美声が流れていく。低音と高音を兼ね備えたしっかりとした声。これを世間一般ではイケボ?
と言うのだろう。最初のデュエットの時も思ったが、素晴らしい声だ。私なんかの歌とは違う、ちゃんと上手い歌だ。
音程を見てみても、ほとんど当たっている。むしろ音程が外れることの方が珍しい。とにかく素晴らしい歌だ。これを聴くと、さっきは私結構邪魔してたなと思い、少しだけ恥ずかしくなる。
「すごかった。上手かった」
語彙力のない感想だが、私にはこれぐらいの人並みの感想しか言えない。もっと褒めたいのに、言葉が出てこない自分を責めたい。
だが、私のくそみたいな誉め言葉に対しても彼は「ありがとう」とほほ笑んでくれた。
そしてその後もいくつかの曲を歌って、カラオケを出た。
「楽しかった」
そう、自分の正直な気持ちを彼に伝えた。楽しかったのは事実だ。私は歌なんてほぼ歌ったことなかったから、歌うのがこんなにも気持ちいいことなんて知らなかった。
私は昔から歌うことを禁止されていた。大声で歌えば、父さんに怒られるからだ。お父さんがいないときでもお母さんの逆燐に触れ、理不尽に怒られる可能性がある。そんな日々を過ごしたせいで歌うという行為を私の中で封印していたのだ。
「はあ、楽しかったー」
もう一度言った。今度は自分にも言い聞かせるように。
「良かった。本当に誘って」
「うん。ありがとう」
「どういたしまして」
そして、次の瞬間私に恐怖が巻き起こる。またあそこに帰らなきゃならないという恐怖が。楽しい瞬間の後ならなおさら恐怖は大きくなる。帰りたくない。
それに今日は金曜日だ。明日から土日だし、本格的に家に閉じ込められる。
「ねえ、楽しかった」
「何回言うんだよ。嬉しいけどさ」
「だからさ、怖いの。家に帰るのが」
今までもそう思っていた。でも、今日は特別そう思う。今日は勉強会じゃなく、カラオケだったからかもしれない。この幸せな時間を終わらせて、地獄の家に帰るとなるとなんとなく暗い気持ちになってしまう。
「……そうか。本当は俺の家に泊まってほしいけど」
「たぶん許されないと思う。お母さんもお父さんも」
「……俺には何もできないことがつらいよ」
「私は大丈夫だから。うん」
そう言いながら泣きそうになる。先週もきつかった。これこそまさに希望を与えられると絶望が大きくなるいい例だ。
「大好きだよ」
「ああ」
「大好きだよ」
「ああ」
こんなに私にやさしくしてくれる人。今ならはっきりと言える、私は茂くんに依存していると。
「じゃあまた月曜日……」
「ああ」
そうして私は家に帰った。あの地獄へと。
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