第4話
「最近、学校の近くで不審者…えーと、変な人を見かけるみたいなので皆さんは必ず家の人に迎えに来てもらうか、2人以上で帰るようにしてくださいね」
普段は少しおちゃらけた雰囲気のある先生が真面目な顔をしてクラスのみんなに言う。
今は帰りの会の最中で明日は何をするか、宿題をしっかり忘れずに…という事を伝えて「さようなら」の一言で締めくくって帰る…筈の1日の終わりの会だ。
高校生で言うならHRだな、通ってる小学校では帰りの会と言われてる。
6年である兄のクラスでも恐らく同じような事を伝えられているだろう。
兄さんはいつも学校の終わりには必ず俺のクラスまで迎えに来る。
いつもより騒がしいクラスでいつものように兄さんを待っていると、いつも以上に煩い女子たちの声が聞こえて来て少しうんざりする。
「照史くぅーん、変な人が学校の近くにいるんだってぇ」
「私こわぁい!照史くぅん、一緒に帰ろー」
「あたしも照史くんと一緒に帰りたいなぁ!」
恐らく6年生であろう女子5、6人が兄さんの周りを付き纏っている。
4年の女子もソワソワしている奴がいる事から更に人数が増えるであろう事は予想がつく。
優しい優しい兄さんのことだ、断ることなく女子を引き連れて帰る事になるだろう…そして俺はその女子達に嫌味を言われながら帰る事になる…と。
そんな「嫉妬」を増やすような時間、絶対に過ごしたくない。
ゲンナリしながら静かに立ち上がり、ランドセルを持って教室から出ようとすると隣の席の岡部が声をかけてくる。
「七海、兄ちゃんと帰んねーの?もう来んだろ」
「あんな女たちに囲まれながら嫌味のオンパレードの中帰るのは絶対に嫌だね」
「いや…でも、不審者のこともあるしさぁ…」
「こんな平凡顔、誰も襲わねーだろって。じゃ」
岡部の止める声を後に俺はこっそりと教室を出て早足で廊下を歩いた。
兄さんに見つからないよう早々に学校を後にした俺はいつもの道を歩く。
いつもは兄さん+αと一緒で静かに歩いて帰るってことがなかったけど、この道ってこんなにしずかだったんだな。
確かに、この辺りはご老人が多く家にいたとしても外まで聞こえてくるような話し声や物音などは何も聞こえてこない。
そもそも、仕事に行く家族が爺ちゃんや婆ちゃんを施設の車に乗るのを見送ってるところを何度か見ているからほとんどの家の中は誰も居ないのかもしれない。
普段ゆっくり見ていないからか、まるで初めて通ったかのような感覚になりほんの少しだがワクワクと心が躍る。
「こんな所に道があったんだな…次にでもここを通って帰ってみようかな」
いつも通る道でも新しい発見が多く、ボソッと独り言を漏らしながら辺りをゆっくり見渡しつつ歩いていると進行方向の道から1人の男がこちらを見ている事に気が付く。
まぁ、お互い向かい合って歩いてるわけだから見られてても不思議ではない。
先生から話は聞いているものの、ここは学校から少し離れてる所だし…と特に気にせずに歩いていけばこちらを見ていた男は俺の目の前で止まる。
道を通せんぼされている状態故に自然と足が止まる。
チラッと男を見上げてみると、ソイツはどこにでもいるような普通のおっさん。
年齢は…40…半ばくらいか…?
「ぼく、このあたりの子かな?おじさんちょっと道に迷っちゃってさ、ぼくちょっとそこまで連れて行ってくれないかな?」
人当たりの良さそうな笑顔を見せながらこちらに手を差し出してくる男。
変質者、不審者のテンプレのような言葉に思わず足を一歩後ろに下げる。
いやいやいやいや、待て。
1人だとしても俺はかなりの平凡顔であり、兄さんのような天使か?と思われる程の魅力なんてない。
何故、この不審者は俺を選んで俺に声をかけた。
1人だからなのか?そうなのか?
ここで初めて1人で帰る選択をした事を後悔していると、ジリジリと後ろに下がろうとしている事に気付いた男が力任せに俺の腕を掴む。
……かなり痛い。
「…っいたい!」
「ぁあ、ごめんね!でもおじさん本当に困ってるんだ…助けてくれないか?」
ギリリッと力任せに掴んでくるものだから腕が痛くて痛くてまともに頭が働かない。
痛みにより自然と出てくる涙を鬱陶しく感じながらもそれを拭う余裕すらない。
「嫌だ!はなせ…、はなせって!」
「そんな大声出さないの、ご近所さんに迷惑でしょ?さ、大丈夫だから道を教えてよ。そうだな…そこの公園入ろうか」
抵抗しても抵抗してもビクともせず、引き摺られながらせめて声だけでもと大声を出すがそれすらも男の手で塞がれてしまう。
いよいよ終わりなのか…と、諦めて力を抜こうとした時
「唯兎…っ!!!」
俺の名前を呼ぶ声が聞こえたと同時に男がその場に蹲る。
その際に緩んだ腕から逃れ、距離を取ると先の声の主にギュッと抱きしめられた。
「…兄さん」
男に連れて行かれそうになった俺を助けたのは、予想通り兄さんだった。
兄さんの手にはその辺で拾ったであろう太めの木の棒。
蹲る男が股間を押さえてるところを見ると、その棒で股間を殴ったってことか。
可愛らしい顔をしてなかなかやる…なんて呑気にふるふる震えながら抱きしめて来る兄さんをそのままに自信の涙を拭いていると近くを通りかかったコンビニ帰りであろう近所のおじさんに警察を呼んでもらった。
「唯兎…怪我は…!?痛いところとか…気持ち悪いところとか…!」
警察に事情を説明し、親は今海外にいるため迎えには来れない為パトカーで送ってもらい無事に帰宅となる。
警察署でも怪我の手当や具合が悪くないのかという確認をされてるにも関わらず、兄さんは俺の身体をペタペタと触りながら再度無事を確認する。
「兄さん、大丈夫。少し腕が痛いだけ」
「あざのところだよね…」
男に掴まれていた腕は見事にあざになっていた。
軽く触ったり撫でられるくらいなら痛くはないが、動かしたり押したりした時に軽く痛みを感じる。
あざの箇所を優しく撫でながら兄さんは今にも泣きそうな顔でいる。
「唯兎、なんで1人で帰ったの…岡部くんから聞いた、先に帰ったって…急いで追いかけたのに」
「…別に、特に理由があるわけじゃ…」
嘘。
あの場にいた女子達と帰って嫌を沢山言われて「嫉妬」を増やすのが嫌だったからだ。
そんな事兄さんに言うわけにもいかず、ただ目を逸らして「別に」と答えることしか出来ない。
そんな俺に思うところはあるだろうに、兄さんも「そっか…」と俯いてしまう。
「…唯兎、今日は一緒にお風呂入ろう。腕痛いでしょ、洗ってあげる」
「い、いいよ…1人で入れるから」
いいからいいから、とにこやかにあざのない方の腕を優しく引いて風呂場へと連れて行かれる。
風呂場につけば「パジャマ持ってくるから服脱いで待っててね」とパタパタと走り去っていく。
そんな兄さんを見送ってあざのある腕を少し庇いながら服を脱いでいく。
洗面台の鏡にうつる自分に気が付きチラッと見てみると腕には大きめのあざ。
顔は泣いたためか、目元が赤く染まり情けない顔をしている。
こんな顔をしてたら兄さんも放ってはおけないだろう。
だから俺に構おうと一緒に風呂に入ろうと提案してきたんだ。
正直、有難いとは思った。
腕が痛いとかではなく、1人で風呂に入ったり寝たりしたら多分…あの出来事を思い出して1人で泣いてた。
「唯兎、お待たせ」
パジャマとタオルを準備して服を脱いだ兄さんと風呂に入り、身体や頭を洗ってもらって湯船へ。
ある程度身体を温めたら身体を拭いてもらい、風呂上がりの牛乳を貰う。
至れり尽くせりだ。
兄さんも風呂上がりの水を飲んで俺の髪を乾かしてくれている。
優しく優しく、ひたすらに優しく頭を、髪を撫でてくれている兄さんに少し涙が出そうになる。
「はい、出来た」
「…ありがと」
泣きそうになってるのを隠すためにその場から動かず、体育座りの状態のまま顔を隠す。
すると、勘違いしたのか兄さんが後ろからギュッと抱きしめてユラユラと揺れる。
まるで子供をあやす母のように。
「唯兎、約束する」
「…やく、そく…」
「次は、こんなことはない。必ず守る」
いつもの優しい兄さん声ではなく、芯のある力の強い声で俺を安心させるために
決意するかのように
俺を抱きしめる
更に出てきそうな涙を隠すように兄さんに自分から抱き付き
「兄さん、今日一緒に寝よ」
精一杯のわがままを兄さんへ
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