第14章
膨らむ桜のつぼみの下で今日、私たちの卒業式は執り行われる。
仲間はずれに宙を舞う一枚の花びらを手に取り、この場所で過ごした日々を懐かしんでいた。
今日を最後に、みんなはいなくなってしまう。
明日の今頃、いつものように自転車を全速力で漕いでここに向かったとしても、もうみんなの姿は見えないだろう。
すごく悲しい。けれどしょうがないのかもしれない。
私もいなくなるうちの一人だ。
だからこれが最後のチャンス。
「ねぇ藍」
こうしてあなたに話しかけるのもこれで最後なのだろうか。
「なに?」
「もし私が藍のことを好きだって言ったらどうする?」
自分でも馬鹿みたいに真っ直ぐな告白だと思う。
でもどうか、どうか。
「え?そんなの俺も好きだよ。」
好き?
私の胸いっぱいに埋め尽くされた期待。
でもあなたはそれ以上のことを言おうとはしてくれない。
焦る私は
「もし私が彼女になったら嬉しい?」
そう聞いてしまった。
「彼女?笑」
気にならないぐらいの沈黙。
「でも俺はやっぱりピアノに集中したいんだよね。」
え
「付き合うとかは正直考えたことなかったごめん笑」
「え」
あなたは止まらない。
「俺珈那のこと好きだよ?でもそれは友達としてで、良き仲間としてで・・・」
「何言ってんの冗談だよ!笑」
だから私が遮った。もうこれ以上聞けない。
「さっきのは忘れて?笑」
「あぁうん。」
あなたは申し訳なさそうに俯く。
「私も付き合うとか考えてないし笑」
せっかくの卒業式、晴れ舞台だ。
今の私には冗談と言ってあなたを安心させることしかできなかった。
「なんだよーびっくりさせんなよ笑」
あなたもそれを分かってくれたのだろう。
「ごめんごめん笑今日で最後なんだしみんなで最高に盛り上がろうね!」
無理して笑顔を作る。あなたに見せたかったのはこんな作り笑いではないはずなのに。
「だな!」
あぁこれが失恋か。
結局、好きの気持ちは一度もあなたに届かなかったんだ。
「ちょっとふたりで何してるのー!?」
遠くから菫の声がする。藍との会話をずっと聞いていたのだろうか。私を助けに来てくれたのだろうか。
「藍も珈那もこっち来いよ!」
優しい笑顔をこちらに向けて透空もそれに続く。
「私に菫と透空がいて本当に良かった。」
聞こえないように呟いた感謝はいつかふたりに届くだろう。
離ればなれになる寂しさと卒業式という特別感で交差した心。いつもよりほんの少し騒がしい様子のみんなとともに入場する。
まずは、校歌斉唱。
誰もが今までで一番気合いの入った声で歌っていた。周りを見渡すと優しそうに笑う仲間がいる。毎日馬鹿なことして笑い合ってきたはずなのに、今日の笑顔はやっぱり特別だ。
次は、卒業証書授与。
一人一人が壇上へ上がり、嬉しそうに証書を見つめている。これを受け取れば、受け取ってしまえばいよいよ卒業だ。リハーサルでは緊張していたみんなが今日は自信で満ち溢れていた。そこには確かに、それぞれがこの三年間で得たものがあった。
そして、在校生からの送辞が終わり、次は、答辞。
答辞を読むのはクラスの学級委員長であり前生徒会長の菫だ。
いつもはすぐそばにいるのに、いざ舞台に上がってしまえばちょっぴり遠い存在のように感じてしまう。暗記した完璧な文章をハキハキとミスなく読み上げる菫はかっこ良くて眩しかった。このまま遠い存在になってしまうのは嫌だ。ずっと同じところにいたい、そう思った。
最後は、ここまで育ててくれた親やお世話になった先生方、そして今日まで毎日をともにした仲間へ向けて歌う合唱だ。伴奏は私が二年の頃の副担任、彼女は音楽の先生でもある。彼女は一音目を鳴らす直前、私の方を見た。
一年前、私は先生に藍と同じクラスにしてほしいと頼んだ。あの時は困った表情をしていた先生。
「今のあなたならもう大丈夫だね。」
そう言ってくれているような気がした。
大好きな人たちに向けて、私は精一杯の歌声を響かせる。そしてあなたに届くように歌う。ラストのソプラノのロングトーンが終わり伴奏に入ると、みんなは"終わった"と言わんばかりに安心して気が抜けてゆく。
私と藍だけだった。最後まで張り詰めた様子で伴奏を聴いていたのは。
これは自分が伴奏を弾く側だからこそ分かる感覚だろう。
最後の和音が鳴り、私たちは落ち着いた様子で何かを懐かしむようにどこか一点を見つめる。けれど表情は何故か清々しかった。
各クラス、担任の合図のもと一人ずつ退場門をくぐってゆく。
すべてが終わってしまった。
体育館の前では卒業した生徒たちが最後に写真撮影をしていた。
藍に目を向けると相変わらず無邪気なくしゃったとした笑顔でみんなと話している。
あの後、本当は先を伝えて告白なんかしてみたかった。
もし付き合えたら、これからもずっと藍のそばにいられるのだから。
でも、好きだからこそ言えなかった。偽りと本心の間を彷徨う身勝手な気持ちをあなたに伝えられるはずがなかった。
今、あの時の天罰が私に下っているのだろう。
始まりは、あなたの気持ちなんてどうだっていい、すべては私が傷つかないため、そんな自分勝手な自己防衛。
私はあなたを愛することで苦しみから逃れようとした。そんな私に続きを言う資格なんてない。
でも、それでも、まだあなたと・・・。
僅かな期待を込めてそっとあなたを見る。
「これで最後。」
その誓ったその時だった。
あなたの目がたった一人の少女に釘付けになっている。明らかにあなたの瞳は恋の色で染まっていた。
あぁどうして今まで気がつかなかったのかだろう。こんなに近くにいたのに。
あなたの目線の先にいたのは、答辞を読んだ桜のように綺麗なあの子。
菫だった。
あぁなんだ、そういうことか。
ずっとあなたを見てきた私だからあなたのことは誰よりも分かる。あなたが菫に想いを寄せているのは一目瞭然だった。
もうやめよう。
「じゃあね、藍。」
あなたに気づかれないようにそっと別れの言葉を告げる。
またねでも、ばいばいでもなくてじゃあねだった。もう会えないかもしれない、けれどもしかしたら、そんな気持ちで放った。
きっと私たちの曖昧な関係にはこれが一番似合う。
直後、あなたからのまっすぐな視線を感じた。
あなたは最後のお別れを私に告げようとしている様子だった。あーあ、どこまでも鈍感。
振り返ってはいけないと言い聞かせるほどあなたが気になって仕方ない。
振り返ったらあなたとの日々が戻ってくるような気がしたから。
我慢して、我慢して、結局もう二度とあなたを見なかった。
でも、やっぱり後悔した。
幸せだった、守り抜けなかった、耐えられなかった。そんな日々を私は今、手放そうとしている。
私はどうなってしまうのだろうか、怖い。
でも大丈夫。
あなたとのことは綺麗な思い出として、心の奥に大切に仕舞っておくから。
どこかの世界では今も、私たちはきっと幸せなのだろうから。
甘酸っぱい雰囲気とともに、いくつかの桜が蕾から花へと成長していた。それはまるで私を安心させるためであるかのように。
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