第3話

 眠たげな目を擦りながらベッド脇のランプの灯りをつける。

まだ微かに残るお風呂上がりの熱が冷めないようにともう一枚上着を羽織った。

落ち着いて。

ベッド上に次のコンクールの課題曲の楽譜を広げ、心の中で一曲を通して完成させてみる。

うん、いい感じ。

音楽は面白い。その時考えている気持ちが細かいところまで演奏に染み込む。その瞬間だけの気持ちを込めて、その瞬間だけの音を鳴らすことができる。誰にも真似できない、私だけの音がそこにはある。

「やっぱりピアノは楽しいな。」

自然とこぼれた笑みは私に考えようとするきっかけを与えた。

あの日からずっと悩んでいた、来年のこと。

私にはもう一度伴奏者としてみんなの前で演奏する資格はあるのだろうか。また自分で自分を傷つけてしまうだけなのではないだろうか。

あの日に触れようとする度、いつも「まだ無理だ。」と後ずさってきた。

広げていた楽譜を大切にしまって、あの頃向き合っていた楽譜を広げてみる。

ただ読むだけでも時間がかかる程にめいいっぱいに書き込まれたポイントやアドバイスの数々を指で懐かしむようになぞってみる。

「こんなにたくさん。」

あの頃の私はこれをすべて演奏している間に読み切って、自分だけの音楽にへと変身させていたのだろうか。

ページを捲る度、どれだけこの曲に懸けていたのか気づく。

もしかしたら、あの日出し切れなかった力はまだ私の手に残っているのかもしれない。

正直、まだ怖い。私の音楽はみんなに迎えられるのだろうか。

でも。それでも。音楽は、哀しい時も心が躍るようなあの時にだっていつも私に寄り添ってくれた。

たとえ負けてしまっても、またやり直すチャンスをくれた。

「私にはきっと音楽が必要なんだ。」

大丈夫。まだ音楽は私を受け入れてくれる。

三年生は受験優先だから合唱コンクールはない。つまり残されたチャンスは今年しかないということ。

やっぱり私は自分ともあなたとも戦いたい。そして戦うのなら絶対に負けたくない。じゃないと私を応援してくれているピアノの先生や家族に向ける顔がない。

私にはもう勝つしかないんだ。

何度目かの揺るがないであろう決意を胸に抱くと、枕のタグを握る手にぎゅっと力が加わる。

もうあんな思い二度とするもんか。

時計の針は二と八を指していた。あなたのことを考える夜はやけに寝付きが悪い。

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