第45話 鉄砲鍛冶
「──で? なんでお前がここにいるんだ」
「そりゃあ、俺がお前の世話係になったからだ」
「俺たちに負けて門番をクビになったのか、アクスト」
冗談にも本気の心配にも聞こえるジェイの言葉を、アクストは一笑に付した。
「馬鹿言え! 俺はお前たちの近くに入れば強くなれる方法があるんじゃないかと思い、自ら願い出たんだ。門番は別のに代わってもらっているだけだ」
「……そうか」
ジェイはなんとも言えない表情のまま、出された料理に口をつけた。
ドワーフの作る料理は人間のそれとは一風変わったものだったが、何かを作るということに対して妥協のない彼らの料理は非常に美味であった。
その証拠に普段は少食なドライとフィーアも進んでおかわりをしている。
「それにしても、半年も人間がドワーフの国に滞在するなんて、建国以来初の出来事じゃないか?」
「そうか。別に俺は歴史書に名前を残したい訳でも、誰かに認められたい訳でもないがな」
「そうやって謙虚なところが強さの秘密か?」
アクストはそう言って「ククク」と押し殺した笑い声を漏らす。
「悪いが、俺たちを見ていても強くはならんぞ。ドワーフと俺たちの戦い方はあまりに違いすぎるからな」
「まあそう言わず、気が向いたら銃の技術だけでなく戦闘技術も俺たちに教えてくれよな」
「……好きにしろ。俺は利益にならないことはやらないがな」
そんなことを言いつつも、銃の研究開発以外の時間はジェイたちが訓練の様子を見せ、終わったらアクストが国を案内するといった日々が続いた。
「──つまりドワーフの国はここのような谷間の街が他にいくつもあり、それが地下で繋がって出来ているんだな」
「その通りだ。ここら一帯の広大な山岳地帯全てか国であり、天然の要害となって俺たちを守ってくれている」
スイスみたいだな、とジェイは思った。山岳地帯の国であり、武力によって中立を守っている点は非常に似通っていた。
だからこそ、ジェイはそこに商機を見出した。
今度の帝国のように、武力による中立は簡単に崩れてしまうものだ。中立を守るためには軍備に対する熱心な取り組みが欠かせない。それを賄うのが民間軍事会社の役割であると自負していた。
「なあ、その銃ってのは難しいのか?」
「ん? まあ魔法のように生まれた時の才能によって身体強化魔法しか使えなかったり、ド派手な魔法が使えたりといった差別はない。そういう意味では難しいものではないな。誰でも訓練をすれば一定の練度へ達する。逆に、弓と違って大した訓練をしなくても撃つこと自体は可能だというメリットもある」
「使い勝手は良さそうだ」
「……少し触ってみるか?」
「いいのか!?」
ジェイの申し出にアクストは目を輝かせる。
「毎日そんなにジロジロ見られているのに、貸さないってのもなんとなく悪い気がしてな」
「そ、そうか……。悪いな、他人にこんな貴重なものを持たせるなんて」
「気にするな」
ジェイはスリングごとAR15をアクストに渡した。
アクストがそれを手に取るや否やアインとツヴァイが即座に銃口を向ける。その様子を見てドライとフィーアものそのそと銃を取り出す。
「おいおい、もう銃の強さを知ってからそれを向けられると怖くて仕方がないぞ」
「ははは! お前たち、やめておけ」
「は!」
アインはジェイの命令に従い、すぐ銃を下ろした。ツヴァイはしばらく狙いを外さなかったが、ジェイが黙って見てくるのでしぶしぶ安全措置を行った。
「安心しろ。アクストが引き金を引くより早くGLOCKで脳天をぶち抜く」
「おいおい! もっと怖いことを言うな!」
そう声を上げるものの、アクストの視線はその手に収まったAR15に向けられていた。
「教えるから撃ってみてもいいぞ」
「ありがたい」
ジェイはかつてアインたちにしたように、丁寧に銃の扱いを教える。
後ろから抱き抱えるように銃を保持する姿勢を教えている時はアインも膨れっ面だったが、流石に銃を向けるようなことはしなかった。
このように彼らは戦争が近づいていることも忘れるような時間を送っていた。
そして約束の半月後、ついに目的のものがジェイの眼前へ差し出された。
「試作品が完成した。右がステンガン、左がSKSだ……って、お前さんには説明する必要もないな」
「はは、そうだな」
口ではそう笑いながらも、ジェイは真剣な目つきでステンガンを手に取った。
「バリが多いな。これでは持つ時に手を切る。それにマガジンのかみ合わせも悪い。……まあ撃ってみるか」
ジェイは普段使わない銃にも関わらず、慣れた手つきでステンガンを構え、的に向かって一発発射する。
「……まあ精度はもとからこんなもんだ。──よし、次はSKSだな」
ジェイはウッドストックのSKSを手に取り、ボルトをガチャガチャと操作する。
「随分緩いな。ちゃんとボルトが閉鎖されなければクローズドボルトのメリットである精度が得られないばかりか、暴発の危険すらあるぞ」
危険だと言いつつもジェイは当たり前のようにクリップで弾薬を装填し、同じく的へ向けて数発射撃した。
「……うん、やっぱりな。漏れ出たガスで火傷するレベルだ。精度も全然出せていない」
ジェイの酷評の数々に、ハマーだけでなく彼が率いた特設職人チームの面々も表情が暗くなる。
「それじゃあやはりこれは……」
ハマーは机上のステンガンとSKSを雑に取り、廃棄の箱へ入れようとした。
「待て」
ジェイはハマーの太い腕を掴み静止する。
「こんな短期間で銃という概念を完璧に理解して試作まで持っていくとは、ドワーフの技術力を見直した。そればかりかこの弾薬なんかは完璧だ。威力も弾頭の精密さも問題ない。……これだけのことが出来るなら、銃にある些細な問題はすぐに直せるだろう」
「ということは……!」
「ああ! 合格だ! 来月に完成品を楽しみに待っているぞ」
「分かった! 約束しよう!」
こうして、ここにドワーフによる銃の供給と民間軍事会社ヴァルカンの正式な取引が成立したのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
お読み頂きありがとうございます!
次話2024/05/19 09:00頃更新予定!
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