第44話 職人と商人

「それで、帝国の新兵器とやらは一体なんなんだ?」


 ハマーは煙草を咥え即興で描いた設計図を眺めながらジェイに尋ねる。


「ん? 知るかそんなもの。仮にも国家機密の新兵器だ。俺らのような人間が知る余地はない」


「はあ? なんだその程度だったのか」


「だが、確実に今後数ヶ月以内に試作品を引っ提げてこの国へ来るぞ」


「いや、侵攻自体を疑っている訳ではない。ただ人間の技術力がどこまでのものが知れなくて残念だということだ。……お前のようなイレギュラーは別としてな」


 ハマーはどこまでも技術と知識に貪欲な男だった。こうして世間話をしている間にも彼は設計図に無数の線を加えていく。


「俺が実際にこの目で帝国を見ての感想にはなるが……あれはやばいな。帝国の軍隊は強い。一兵卒の持つ武器から制服に至るまでが洗練され、それを指揮する人間の練度も圧倒的なものだった。軍事研究も相当力を入れているだろうし、そんな帝国が誇るレベルの兵器となれば俺の想像を超えたものが出てきてもおかしくはない」


「そうか。お前さんがそこまで言うならそうなんだろう。……ドワーフも国に籠ってばかりいないで、外の世界で見聞を広める時代が来ちまったのかもしれねえな」


 ハマーは今までに書いた設計図全てに赤いインクでバツをつけ、新たな紙に一から描き始めた。


「ドワーフは長寿故に一生を掛けて新たな技術を生み出し、その技術を確実に次の世代へと受け継ぎ今の国を作った。確かそうだったな?」


 ジェイは旅の途中でタイヴァーから聞いた話をそのまま受け売りで話していた。


「ああ。俺が若い頃──ほんの三百年前までは人間なんてまともな国家を持たず、魔物から逃げるように集落を移動し続けてなんとか生きているような生活をしていた。それが今では大国を成し、我々ドワーフを脅かすような存在になるとは。――まあ、同じ人間同士で争い続けているのは変わらないがな」


「そういうもんだ。人間ってのはな。こっちからすればあんたらドワーフみたいに同族全てが仲良く一つの国に収まっている方が不思議に映る」


「ははは! そうか。そうだろうな」


 ハマーは新しく描いた設計図には満足したようで、それを書き写したものを複数作り始めた。


「……まあ、ドワーフが外に行き見聞を広める件についても、良かったら考えておいてくれ」


「……? 何を言っている? そんなことそっちで勝手にすればいい。契約にないことは俺たちは口を出さん」


「そうか。……それと、これを持っていけ」


 そう言ってハマーが差し出したのは美しいプラチナのリングに虹色に輝く宝石があしらわれた指輪だった。


「なんだこれは。この契約に金銭での報酬は求めていないし、俺は装飾品は好きじゃないぞ」


「違う。これを身につけておけば何時でもドワーフの国に入れる。裏に俺の名前が刻印されているからな。……人間はすぐに老けて死んでいく。一々顔を覚えてもいられないもんでな。お前さんは見た目は若いが、それもいつまでもつか分からん。用があれば今度からその指輪を見せて門を通れ」


「そういうことか。難儀なもんだな。寿命の違いというのも」


 ジェイは指輪を自分の指にはめてみたがあまりの似合わなさに苦笑し、紐を通して首から掛けることにした。


「宝石ってのは変わらない価値があるから価値があるのだ。さながらこの指輪は永遠の誓いの象徴だな」


「永遠の誓いの象徴か……」


 前世では生涯伴侶を持たなかったジェイだったが、一瞬そのことが頭をよぎっていた。


「まあ数千年を生きるエルフから見れば我々ドワーフも人間も似たようなものだろう」


「エルフも国が?」


「知らん。エルフとドワーフは太古より仲が悪い。ドワーフは大陸の西端付近にこうして国を作っているが、エルフは東端に作っているとの噂はあった。嫌いあって離れられるだけ離れたとな。まあ、それも二千年も前の話だ。今はどうしているかは知らん。たまにいるエルフの旅人とは言葉を交わすこともないのでな」


「そうか」


 新たな情報を手に入れられるかと期待したジェイだったが、結局掴みどころのない話で肩透かしを食らった。







 それからもジェイとハマーは雑談という名の情報交換を続けた。

 そして話が終わったのはハマーが数百枚の紙束を書き上げた時だった。


「──よし! とりあえず基本設計が完成した。これから俺は他の腕利きと製造方法やらの相談に行ってくる。半月時間をくれ。何とか形にして見せよう」


「ああ。それは構わない。だが半月となると往復で終わってしまうのでこの国に滞在したいが大丈夫か?」


「もちろんだ! こちらもお前さんの知識も借りたい。泊まる場所も食事も用意させよう。すぐ案内の者を呼ぶ」


「よし、契約成立だな」


 二人は立ち上がり、再び握手を交わした。二人の手は似たように分厚く、傷だらけだった。笑みは冷徹で、それでいてどこか温かみがあった。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


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次話2024/05/18 07:30頃更新予定!

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