第32話 運び屋

  領地境の紛争から一ヶ月、またオフィジェンからの依頼は来なかった。

 その間、ヴァルカンは拠点拡張に熱意を注いでいた。


「そのソファは向こうの居住区画に。椅子と長机は本部の方だ」


「ジェイ様、門なんですが、改めて測距してみたら若干傾斜がかかっていまして、勝手に閉まってしまう可能性がありそうです」


「整地するならいくらだ?」


「そうですねぇ、今回は工事とセットですので金貨15枚でどうでしょうか」


「ならいい。勝手に開くのは問題だが、閉まる分にはいい。代わりにストッパー的なやつを作ってくれ」


「へい。それならお安くできます」


 あまり武器や訓練の様子を外に見せたくないジェイの意向により、工事は急ピッチで進められた。

 町大工への指示は基本的にアインたちへ待たせていたが、最終的にはジェイへ確認が来るので彼も休む暇がなかった。


 そもそも響き渡る建設音でとてもゆっくり休めるような状況ではなかったが。それでも訓練が休みになったドライとフィーアはここぞとばかりにすやすや眠っていた。


 そして最終的に工事は金貨365枚、期間にして一ヶ月半を要して新たな民間軍事会社ヴァルカンの拠点が出来上がった。


「あの掘っ建て小屋から随分立派になったものだな。よし、今日は竣工祝いとするか!」


「あの社長……大変申し上げにくいのですが……資金が底をついておりまして……」


「…………」


 一ヶ月半、まともに冒険者ギルドの方の依頼も出来なかったヴァルカンは工事費や生活費諸々で資金難に陥っていた。


「それは仕方ない……な。大人組には俺が隠し持っていた年代物の酒を振舞おう……。ズィーベンは子供たちのためにジュースでも買ってきてくれ……」


 結局、彼らが生きる道はこのような安全な拠点ではなく、死と隣り合わせの戦場しかないのだ。







 そしてそんなタイミングを見計らったかのように、ヴァルカンの元へオフィジェンからの依頼が来る。


「では今回の仕事について説明する。今回は輸送の護衛任務だ。機密保持のため行先は聞かされていないが期間は往復で二週間とのことらしい。報酬は一人頭金貨10枚の合計80枚」


 家具も新調され、生まれ変わった本部の会議室。眩いばかりに光り輝くランプのは対照的に、彼らの顔は濁っていた。


「そいつは……ちょっと割に合わない仕事じゃないでしょうかボス……。俺たちなら冒険者ギルドでもっと稼げますよ。今は金もないんだし……」


「いや、駄目だ。今はひたすら傭兵ギルドの名前と恩を売る場面だ。仕事を選んでいられない。──クソ、オフィジェンめ足元見やがって……!」


 ジェイは露骨に溜息を吐く。


「で、でも、並の護衛任務よりは若干報酬もいいですよ! ……二級冒険者ヴァルカンに頼むなら安すぎますけど……」


「俺としても断りたかったが、諸々の事情を鑑みて受けることにした。いずれにせよ、俺たちに来る依頼ということはそれなりに危険で、裏の事情がある仕事ということだ。それに、運び屋との繋がりというのは今後のビジネスにも繋がる」


「今後のビジネス、ですか……」


「ああ。将来的には武器の販売を主な商売にしたい。自分たちの命を売る仕事をいつまでもやっていられないからな」


 ジェイが将来を語った時、アインの中には僅かな不安が生まれていた。

 自分はジェイの手駒として買われ訓練を施された。では兵士が要らなくなった時、自分の居場所は変わらずにそこにあるのだろうか。


「まあ今ある武器には限りがある。増産の見込みもないのに武器販売を見越すのは取らぬ狸の皮算用だがな。──だがこの仕事が次の仕事に繋がる可能性が高いのは事実だ。報酬はしょぼいが気を抜かずに取り掛かるぞ」


「了解しました」


 全員が頷いたのを確認したジェイは机の上に紙を放り投げた。


「軍隊に求められるのは“自己完結”できることだ。その資料を参考に二週間分の物資を各々で準備するように。出発は明後日の明朝。それまでに各自取り掛かれ!」


「は!」


 ジェイの号令で一斉に本部を飛び出すヴァルカンメンバー。


 ジェイは任務に対する姿勢を訓戒したが、実際はそこまで心配していない。むしろ気がかりは一際幼いドライとフィーアが初の遠征任務に着いてこれるかということ一点だった。


「ま、なんとかなるか……」


 アインとズィーベンに付き添われ準備しているドライとフィーアの様子を見ていたジェイは心配もそこそこに、自身の準備をすべく街へ向かった。






◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み下さりありがとうございます!

次話2024/05/06 09:00頃更新予定!

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